孤高の鉄剣士はグルメの為に冒険する
七倉八城
一品目:オークカツ定食(前編)
冒険者。
それは剣一本で地位や名誉、富を手に入れることが出来る職業。
誰もが英雄になるチャンスを求め、狂暴なモンスターと戦い、難攻不落のダンジョンを攻略する。しかし、己の力量を見誤り命を落とす者も多くない。
毎日、誰かが死んでいく中、
その名は【オスカー・アンダルク】。
彼も他の冒険者同様、地位や名誉の為にモンスターと戦っているのか…………あるいは…………
アトクラム大樹海。
センブロム王国とダジャル帝国の国境にある樹海で狂暴なモンスターが多数住み着いており、王国と帝国を行き来する場合は迂回しなければならない程の危険区域である。
狂暴なモンスターのせいで樹海の中はほとんど調査されておらず、未知のダンジョンが眠っていると噂されている。
怖いもの知らずの冒険者がアトクラム大樹海に挑み、無事に戻ってくる確率は三割以下と言われている。
そんな狂暴なモンスターが住み着くアトクラム大樹海に一人の冒険者が訪れていた。
その男は薄汚れた鉄の鎧を身に纏い、フルフェイスで素顔を隠していた。背にはバスタードソードを背負い、腰には革製のポーチを身に着けていた。
獣道を黙々と一人で歩く。暫くすると男の目の前の茂みが大きく揺らぐ、異変に気が付いた男は背のバスタードソードを抜き、両手で持って構える。
目の前の木々がなぎ倒され、巨大な影が迫ってきた。
巨大な影は
男とオークの目が合う。その瞬間、オークが咆哮を上げる。オークの咆哮が樹海中に響き渡り、空気が振動し、周辺の木々が揺れる。
オークは右手に持っていたこん棒を掲げ上げながら襲い掛かってくる。男もオークに向かって走り出し、スライディングしながらオークの股下に滑り込んだ。
滑り込んだ男はそのままオークの背後を取り、オークの右足の腱に向けってバスタードソードを振るう。バスタードソードはオークの腱を正確に断ち切り、傷口から血しぶきが上がる。
腱を切られたオークはバランスを崩し、倒れ込む。巨体が倒れたことにより、地響きと土煙が立ち上る。男は後退し、オークと距離を取りながら様子を窺う。
右足の腱を切られたオークは上手く起き上がることができず、もがき苦しんでいた。男はオークに近づき、バスタードソードを薙ぎ払う。その一振りでオークの首を切る。オークの首が転げ落ち、切断面から鮮血が滴り落ちる。首を失ったオークはピタリと動きが止まった。
オークの絶命を確認した男はバスタードソードに付着したオークの血を払い、鞘に戻した。男は力尽きたオークに近づき、腰のポーチから一枚の紙を取り出した。その紙は冒険者ギルドからの依頼書だった。依頼書には『アトクラム大樹海のオーク1体の討伐』と記載されていた。
男は依頼書を確認するとポーチに戻し、今度はナイフと大きな麻袋を取り出した。麻袋を置き、ナイフを持つと倒したオークにナイフを突き刺す。
手際よくナイフを滑らせ、皮に切れ込みを入れ、オークの皮を剝いでいく。皮を全て剝ぎ取ると、今度はオークを解体していく。腹を裂き、内臓を取り出し、部位ごとに仕分け行く。
さっきまで生きていたため、腐敗臭などはしないがオークは元々体臭が臭う為、むせ返るような強烈な臭いが樹海に漂う。しかし、男は臭いを気にするそぶりを見せず、淡々とオークを解体させていく。丁寧に肉をこそぎ落とし、オークは皮、内臓、肉、骨、目玉や牙などのその他に綺麗に解体された。
解体を終えた男はオークの皮や肉などを麻袋に詰め、袋の口を縛る。オークの肉でパンパンになった麻袋を背負い、歩き始める。
今まで無言でオークと戦い、淡々と解体していた男は一言、ボソッと呟いた。
「…………腹が減った……」
センブロム王国
大陸で一二を争う領土を持つセンブロム王国。多くの商人や冒険者が往来する巨大都市である。このセンブロム王国で唯一の冒険者ギルド【翼竜の鉤爪】。
他の国と冒険者ギルドとは比べられないほどの冒険者がギルドに登録しており、昼夜問わずギルド内は賑わっている。
「いやー……今回のモンスターは手強かったな」
「本当よ。今日はリーダーの驕りで祝勝会しましょう」
「おいおい! ……ったく……仕方ないな」
「ポーションは持ったか?」
「やっべ! 買い忘れた!」
「さっさと勝ってこい!」
ギルド内は依頼を終え、駄弁っている者。これから依頼に挑む者。ただ、酒を飲んでいる者と人でごったがえっていた。
皆がワイワイしているとギルドの扉が開く、そこには鉄の鎧にフルフェイスの男が大きな麻袋を持っていた。先程まで騒いでいた冒険者たちは一瞬で静まり返り、入ってきた男に視線を向ける。
鉄の鎧の男は皆の視線に目もくれず、真っ直ぐギルドの受付カウンターに向かう。
「おい……あれって」
「あぁ、【
騒いでいた冒険者たちは小声で話し出す。新人だと思われる若い冒険者の少年は他の冒険者の様子に困惑していた。
「【孤高の鉄剣士】って?」
「覚えておけよ、新入り」
少年の疑問にスキンヘッドのベテラン冒険者が答える。
「【孤高の鉄剣士】。アイツは誰ともパーティーを組まず、高難易度の依頼を攻略していく
「えぇっ!?
「あぁ、ヤツのランクはBランク」
Bランクという言葉で少年を一つ疑問が浮かび上がった。
冒険者はギルドからの依頼達成率や功績によってランク分けされている。E→D→C→B→A→Sとランクが上がっていくごとに依頼の難易度も上がっていく。その分、報酬も高額になっていくため冒険者たちは皆、高ランクを目指してギルドからの依頼を受けていく。
「Bランクですか……皆が騒いでいるので、てっきりAやSランクかと」
「アホ。AやSランクの依頼は超高難易度でとても一人で依頼達成できる難易度ではない。だからこそ、ある程度のランクになると皆、パーティーを組んで依頼を受けるんだ。実際にギルドも個人ではなく1パーティーにAまたはSランクを付けることがほとんどだ」
「ってことは……実質、
「あぁ。だが、ここにいる熟練冒険者たちはヤツがBランクだとは思っていない」
スキンヘッドの冒険者の言葉に少年は驚愕した。
「それって……つまり……」
「【孤高の鉄剣士】はAランク……いや、下手をすればSランクの領域にいる」
「……ッ」
少年は思わず固唾を飲んだ。
【孤高の鉄剣士】と呼ばれた男は受付カウンターにたどり着くと、一人の受付嬢の前に麻袋を置いた。それに気が付いた受付嬢は男に満面の笑みを向けた。
「あ、オスカーさん! おかえりなさい!」
「…………依頼完了だ」
「えぇ!! もうアトクラム大樹海の依頼を終わらせたのですか!?」
受付嬢の言葉にギルド内の冒険者たちは一斉に驚愕していた。
「アトクラム大樹海って……」
「あぁ、Aランクパーティーが攻略しても帰ってこれるか分からない高難易度の危険区域だ」
「確か、アトクラム大樹海のオークはただのオークとは強さが桁違いとか」
「それを一人でって……やっぱりただモノじゃねぇな、【孤高の鉄剣士】は」
【孤高の鉄剣士】と呼ばれた男の名は【オスカー・アンダルク】。
冒険者たちの声を無視しながらオスカーは麻袋の口を開いた。受付嬢は麻袋の中を確認するため、覗き込む。袋の中から強烈な臭いが漂ってくる。受付嬢は慌てて鼻を摘まみ、後退りした。
「あ、あはは……た、確かにオークですね。確認しました。今、報酬を用意しますね!」
受付嬢はそのまま裏へ消え去ってしまった。一人取り残されたオスカーは黙って突っ立っていると白銀の鎧を身に纏った青年が近づいてきた。
「オスカーさん。お疲れ様です」
白銀の鎧の青年は爽やかな笑みで挨拶をした。
「…………レオンか」
「一人でアトクラム大樹海での依頼ですか。声を掛けて頂ければ一緒に行きましたのに」
「…………パーティーは……性に合わない……」
「それは残念です」
レオンと呼ばれた青年は肩をくすめ残念そうな表情を浮かべていた。
白銀の鎧の青年の名は【レオン・ブリジット】。最高ランクであるSランクパーティー【
「では、一緒に夕食でもどうでしょうか? パーティーの皆もオスカーさんの話を聞きたがって――」
「お待たせしました! こちらが報酬になります!」
裏に行ってしまった受付嬢が慌てて戻ってきた。その両手には大量の硬貨が入った袋が抱きかかえられていた。
「あれ? レオンさん! お疲れ様です!」
「やぁ、リベットちゃん」
受付嬢改め【リベット・クラリス】は硬貨が入った袋をオスカーの近くに置くと、先ほどまでオスカーが持っていた麻袋も一緒に置いた。パンパンだった袋は少し余裕があるように見えた。
「いつも通り、お肉以外は全て買い取らせて頂きました! オークの素材の買取金額も一緒に入っていますので、後で確認しておいてください!」
「助かる」
オスカーはリベットから報酬の袋と自身の袋を受け取り、立ち去ろとしていた。その姿を見てレオンは慌ててオスカーを呼び止める。
「オ、オスカーさん! 食事は?」
「…………先約がある」
オスカーはそう言い残すとギルドを出てってしまった。
食事を断れたレオンは酷く落ち込んでいた。
「元気を出してください、レオンさん」
「リベットちゃん……」
「オスカーさんが誰かと食事をした所は見たことありませんし、報告が終わるとお肉を持って一目散に帰ってしまいますし」
「オークの肉を持って……何をするつもりなんだろう……?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます