第2話 いっしょにあそぼ

 お空はオレンジ色に染まっていた。

 お友達はもうほとんどママのお迎えで帰ってしまっている。

「ゆめちゃん、ママまだ迎えに来ないの?」

 ななちゃんとお山を作って遊んでいると、ななちゃんママが心配そうに話しかけてくれた。

「おしごといそがしいんだって」

「そう……」

 みんなのお家はパパがいるけど、わたしのお家にはママしかいないから、しょうがないんだって。

 保育園の時計を見ると、みじかい針は6と7のまん中くらいだった。ななちゃんママは時々こうして、わたしのお迎えが来るまでななちゃんと遊んでいいって言ってくれる。

 でも今日はもうおしまい。ななちゃんパパが帰ってくる時間だから。

「それじゃあ……また明日ね、ゆめちゃん」

「ばいばいゆめちゃん」

 ななちゃんとななちゃんママに手を振ってさよならする。ななちゃんママは先生と少し話してから帰っていった。

 辺りはもう真っ暗。いつの間にか、園のお庭にはわたし一人だけしかいなかった。


 砂を集め、水で固めて、ぺたぺたと山を高くしていく。今日のお山はなかなか力作だ。ななちゃんが帰った後もコツコツ作り続けた結果、わたしのおなかくらいの高さにまでなっていた。

 そろそろトンネルに取り掛かる。山が崩れないように慎重に、水で補強しながら手で掘り進める。

 半分くらいまで掘ったところで、指先が冷やっとした何かに触れた。

 びっくりしてちょっと手を引っ込める。お山の向こうを見ると、女の子が座っていた。

 肩よりちょっと長いさらさらの髪。真っ暗な中で一際浮いて見える真っ白な肌。目元は前髪で隠れてよく見えないけれど、鼻も唇も綺麗な形でうらやましい。知っている子だったので安心する。

「また来たんだ」

 女の子は応えず、黙々とトンネルを掘り続ける。いつものことなので、気にせずわたしも作業を続けた。

 時計を見る。みじかい針は、7と8の間。

 いつも通りの時間。彼女はいつの間にかそこにいる。そして遊び相手になってくれる。

 話しかけても喋らないので、名前は知らない。園の中で彼女を見たこともない。

 しばらく二人とも黙ったまま、トンネルを掘り続けた。砂をかき出し、水で補強し、また砂をかき出す。

 そうしているうちに、トンネルは満足のいく大きさになった。

 心地良い疲労感と達成感。ふうっと息を吐いて服の袖で額を拭う。

「いいのができたね」

 顔を上げると、彼女の後ろに、大きな男の人が立っていた。

 真っ暗な中でもよく見える彼女の顔とは対照的に、その人の姿はゆらゆらとぼやけてうまく判別できない。シルエットで男の人だとわかるけど、どんな顔をしているのかはわからなかった。

 彼女のお迎えだ。

「こんばんは」

 一応挨拶をするけれど、返事が返ってこないのは知っている。この人はちょっと不気味で、あまり好きじゃない。

 男が女の子に手を伸ばす。女の子はぴくりとも動かず、じっとわたしの方を向いていた。わたしのことを見ているかはわからない。

 男の人が腕を掴み、女の子を引っ張り上げる。操り人形のように立ち上がると、力の入っていない手足が壊れたようにぷらぷら揺れた。

 男の人がぼやけた顔をこちらに向ける。にやりと笑った、ような気がした。

 男の人は踵を返し、女の子を引きずるようにして、園の出口とは別の方向に歩いていく。

 やがて二人の姿は、暗闇の中に消えていった。

「ゆめ!遅くなってごめんね!」

 ママだ。

 わたしもお迎えが来たみたい。

 時計を見る。

 みじかい針は、ちょうど8で止まっていた。



 次の日も、ママのお迎えは遅かった。

 辺りはもう真っ暗で、ななちゃんもななちゃんママもとっくに帰ってしまった。わたしはいつものようにお砂場で遊ぶ。

 今日は双子のお山にしよう。山と山の間に水を流して川も作るんだ。

 いつの間にか、あの女の子もいた。双子山の片方を水と砂で固めて大きくしている。わたしも負けじと砂を集めて、ぺたぺたと山を補強する。

 そうしているうちに、山と川が完成した。今日もなかなかの力作だ。

「いいのができたね」

 そう言って顔を上げると、女の子の後ろに、あの男の人が立っていた。お迎えだ。

「こんばんは」

 一応挨拶をする。

「こんばんは」

 驚いた。

 男の人が挨拶を返して来ることは、今まで一度もなかったのに。

 靄がかかったような、電話越しみたいな、なんだか聞き取りずらい声で、顔も声ももやもやで、とにかく不気味だった。

 女の子は相変わらず、男の人が来るとぴくりとも動かない。

「いっしょにあそぼ」

 もやもやの声で男の人が言う。

 時計の針は、ちょうど8で止まっている。

 ママのお迎えは、まだ来ない。


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