69匹目 強敵との再会

 ――戦いが始まった。


 ――魔族領・魔王城近くの平原。

 何千もの騎兵が一気に波となって魔族陣営に向けて走り出す。


 しかし――


「まだ動くなよ」


 デュラハンは突撃しようとする部下を制止させる。


 その間にも、帝国軍の騎兵は迫っていた。剣や槍を高く掲げ、部隊全体の士気を煽る。

 猛スピードで魔王軍と接触しようとしていた、そのとき――


「ぐぁっ!?」

「な、何だ、この液体は!?」


 平原のあちこちに撒かれたエクスキマイラの潤滑液。

 それが次々と騎兵を転ばせた。馬が足を滑らせ、騎手は潤滑液だらけの地面へ叩き付けられる。


 そして――


「と、止まれぇ!」

「来るなァ、ぐはぁ!」


 地面に落ちた騎士は後続の馬に次々と踏み付けられる。自分の仲間が凶器となり、こちらが手を下さずとも自滅していく。後続で走ってきた騎兵も潤滑液で足を滑らせ、また仲間の死体につまずき、転ぶ。そして踏み付けられた仲間と同じ運命を辿った。

 潤滑液の沼に沈み動けなくなった帝国兵に、魔王軍は次々と矢や魔術を放っていく。何の抵抗もできない騎兵たちは、その過酷な運命を受け入れるしかなかった。


 それでも何人かの騎兵は仲間の死体を乗り越えて魔王軍の本隊に迫る。


「さぁ、我々も突撃するぞ!」

「おおおおおお!」


 デュラハンが大剣を高く掲げ、部下に突撃命令を下す。

 魔王軍だけしか知らない、潤滑液の撒かれていないルート。それに沿って魔王軍も反撃を開始する。帝国軍の陣形が崩れてところへ一気に畳みかけた。

 戦闘用ダーク・ユニコーンで先陣を切るデュラハン。彼の持つ大剣で騎兵を馬ごと切断する。魔王軍幹部討伐という手柄ほしさに現れる勇猛果敢な敵兵を次々と餌食としていった。

 豚鬼オークの族長も自慢の槍を振るう。次々と甲冑の隙間に突き刺し、確実に仕留める。


 そして、僕も――


「ニルニィ! 援護を頼む!」

「分かりました、先輩!」


 魔導弓マスティマで後方から敵を撃ちまくる。マスティマだけができる矢の高速装填。それによって、迫ってくる騎兵はバタバタと矢を食らって落ちていった。

 ニルニィは僕らに邪魔が入らぬよう、矢で排除しきれなかった敵を消していく。短剣、レイピア、敵から奪った槍――様々な刃物をオールマイティに使える彼女はその技術で敵兵を血の海に沈める。その華奢な体で戦場を駆け、仲間を援護した。


 そして――


「行け、エクスキマイラ!」

「イッテキマス! オトウサン!」


 迫り来る兵士の大部隊に向けて、エクスキマイラが突撃を開始する。


「な、何だこいつは!?」

「でかい! 化け物だ!」


 その触手だらけの巨躯の急接近に、彼らの馬も驚きを隠せない。騎兵部隊の勢いは減衰する。エクスキマイラは長い触手を伸ばし、一度に多くの敵を薙ぎ払った。触手で掴んだ敵兵を高く空へ放り投げ、別の敵兵や地面へ叩き付ける。

 また、興奮成分の含まれた潤滑液を分泌し、敵兵の動きを鈍らせる。性的に興奮した男性に訪れる激しい動きへの独特の不快感。身に纏う甲冑に男性器が押し潰され、動きが制限された。彼らに魔王軍は徹底的に攻撃を行う。


 こうして僕ら魔王軍は敵の能力を落とし、確実に敵を仕留めていった。

 これはデュラハンが築いた計画だ。現状、順調にことは進んでいる。


 しかし、敵はまだまだ多い。相手はこちらの何倍もいるのだ。油断は全くできない状態にある。


 そして、エクスキマイラにもピンチが訪れようとしていた――。







     * * *


 戦闘開始から数時間が経過し、その場にいる戦士たちに疲れが出始めた頃――。


「魔術師隊! 前へ!」


 エクスキマイラを脅威と見た帝国軍指揮官が魔術師部隊をヤツに向かわせたのだ。

 彼らの外套に描かれている紋章エンブレムからして、帝国内で選りすぐられた高官直属の最強部隊だろう。

 彼らは触手だらけの巨体に向けて高威力の魔術を放つ。巨大な火球、氷柱、電撃――そうした攻撃がエクスキマイラを襲った。どの攻撃も当たれば瀕死に追い込まれるほど強力な魔術だ。


「エクスキマイラ! 逃げろ!」


 その状況を遠くから見ていた僕は、ヤツに向かって叫んだ。

 しかしエクスキマイラはそれらを必死に避けようとするも、敵の騎兵が進行方向に立ち塞がって思うように動けない。敵も死ぬ気で攻撃を当てに来ているのだ。


 もう少しでエクスキマイラに魔術が直撃する。


 そのとき――


「な、何だ……あれは?」


 エクスキマイラに迫っていた魔術攻撃が粒子状になり、次々と消えていく。まるで、何かに吸い込まれたかのように。

 その光景に呆然とする敵の魔術師たち。


 そして、魔術が消えていった先には――


「ディア……ボルス?」


 エクスキマイラの背後には巨大な漆黒の甲冑が立っていた。紫の水晶が埋め込まれた盾に魔術が吸い込まれている。目のような赤い光が、帝国の魔術師たちを睨んでいた。


 ヤツは間違いなくギルダが操作していた《ディアボルス・ゴーレム》。

 どうしてここに――?


「あらぁ、カジ? 生き残ってた?」

「ルーシー姐さん?」

「驚いたかしら? ディアボルスちゃんがここにいることに」


 気が付けば、僕の背後に彼女が立っている。


「あのディアボルスちゃんだけど、ついさっき修理完了したのよ?」

「え? もしかして姐さんが修理したんですか?」

「まぁね。アタシ、『元々は軍人で、魔導兵器をたくさん扱ってた』ってカジに言ってたでしょ? 忘れちゃった?」


 姐さんはウインクした。

 現在、ディアボルスの両腕は完全に復活している。あれも彼女が直したのだろうか。


「でもね、もうちょっと壊れてたら修理できなかったかも。今、こうしてディアボルスちゃんを動かせているのは、あの触手ちゃんの身動きを取れなくする戦法のおかげかしら。それと、カジが修理のための時間稼ぎをしてくれたのも大きいわね」

「もうエクスキマイラに攻撃とかはしませんよね?」

「もちろん。今、ディアボルスちゃんはアタシの奴隷よ? そんなことさせないように魔導部品を調整したから大丈夫。傀儡の術なしで動くよう魔術プログラムを組むのは大変だったんだからぁ」


 僕は再び漆黒の甲冑に視線を向けた。


 魔力転換盾。

 ディアボルスは魔術師隊から吸収した魔力を盾に溜め込み、放出の照準を敵兵に合わせる。


 そして――


 キュィィイイイイイイイン!


 長さ何百メートルにもなるビーム状の魔力が放出された。紫の閃光は敵兵を次々と炭に変えていき、攻撃は敵の指揮官である貴族が待機しているエリアにまで到達する。


「な、何だ、この光は――」

「お逃げください、将ぐ――」


 帝国貴族の内、数人がこの光の餌食となる。彼らはディアボルスの放つ魔術によって焦がされ、人型の炭と化した。

 さらにこのビームは横へ薙ぎ払われ、扇状に被害が拡大していく。一気に数十万を越える騎兵や魔術師が消え、帝国軍の戦力を大きく削る。ようやくビームが消えたとき、そこは帝国兵の死体によって地面が覆い尽くされていた。


 この事態に、自分たちの圧倒的戦力差優位でこの戦闘を楽観視していた帝国貴族にも衝撃が走る。


「バ、バカな、ありえない……」

「ここは危険です! 撤退しましょう!」

「し、しかし、我々はこの戦いのためにありったけの資源を費やしているのだぞ!? それに、ここで逃げ帰ったら我が一族は帝国内の笑い者だ! 今更引き返す訳には――」


 指揮官である貴族たちが逡巡とする。地位、プライド、名誉――そうした欲望が彼らの頭を離れず、部下を戦場に向かわせた。


 そんな中、ディアボルスとエクスキマイラを脅威と感じた騎兵たちが彼らを取り囲む。


 ディアボルスとエクスキマイラは互いに背中を合わせた。


「イッショニ、タタカイマショウ! ディアボルス!」

「……」


 ディアボルスは何も喋らない。

 しかし、その赤く光る瞳は目の前にいる共通の敵を静かに睨んでいた。


 そして、駆ける。

 二体同時に。

 自分たちを取り囲む敵、獲物に向かって。


 かつての強敵との共闘が今、開始された。

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