70匹目 触手たちの戦場
「さぁ、やっちゃいなさい、ディアボルスちゃん!」
帝国軍と魔王軍が入り乱れる戦場。
僕の隣でルーシー姐さんが叫ぶ。その声に応じたのか、
「な、何だこのでかい騎士は!?」
「ヤツを止めるんだ! このままじゃ俺たちの本丸に……!」
ディアボルスの巨剣が目の前にいる帝国兵を蹴散らす。騎兵を馬ごと切り裂き、防衛部隊が構える厚い盾など薄い紙に等しかった。盾を構えて壁を構築していた帝国兵たちは、その剣の一振りで上下に両断される。ヤツに向けて大砲や
「ま、魔術師隊! ヤツを止めるんだ! こっちに向かって来ているぞ!?」
「し、しかし、先程の魔術攻撃は吸収されて……」
「だが、剣や矢が効かないんじゃどうしようもないだろ!?」
ディアボルスの向かう先には帝国貴族の一人、黄金の甲冑の身を包んだ中年がいた。
彼の指令を受けて、周囲で待ち構えていた魔術師たちが一斉に魔術を放つ。
しかし――
「攻撃が、消えただと……?」
ディアボルスの装備する魔力転換盾。
他者が放った魔術攻撃を吸収し、自らの魔力とする最新魔導兵器だ。
魔術師らの波状攻撃は盾の中心に埋め込まれている紫の水晶に吸い込まれ、怪しく光を放つ。
そして――
キュイイイイイイン!
再度、ビーム攻撃が行われた。それは貴族を囲む兵士の壁を消し去り、黄金の鎧を纏っていた指揮官すらも焼き焦がす。
こうしてまた一人、帝国軍の指揮官である貴族が消えた。同時に数十万の帝国兵も戦死し、魔王軍と帝国軍の戦力差は大きく変動する。
* * *
一方、エクスキマイラも敵の指揮官に向かって進撃を続けていた。迫り来る帝国兵を太い触手で薙ぎ払い、友軍の活路を開く。
それでも敵兵数は多く、次から次へと湧き出て来る。数だけは余裕があるのだろう。
「――もう十分成長しただろ、パラサイト・ニードル」
だから、最後の切り札を僕は使うことにした。
「出て来い! お前ら!」
僕は天に向かって叫んだ。
そして――
ブジャアアアアッ!
「ピギィィイイイッ!」
迫り来る数百人という敵兵の腹から、一斉にパラサイト・ニードルが飛び出す。先端が針のようになっている触手が内側から皮膚を切り裂き、甲冑の隙間からその姿を現した。
「うわああああ!? 何だこいつは!?」
「ひぃっ! 腹が……腹が!」
仲間の腹から飛び出す血まみれの触手。信じがたい光景だろう。エクスキマイラに加え、パラサイト・ニードルという新たな触手の恐怖が帝国軍を襲う。敵兵の武器を振るう手が止まり、足が震えた。腰を抜かしてその場にへたり込む。
パラサイト・ニードルは宿主の体を捨てると、別の敵に跳びかかった。鎧の隙間に触手の針を突き刺していく。仲間が敵を生み出すという前代未聞の事態に敵兵は戸惑い、その手に握る武器を振ることすらできないまま絶命した。
「イッショニ、タタカイマショウ、ミンナ!」
「ピギィィイイッ!」
エクスキマイラがパラサイト・ニードルに号令をかける。ニードルはエクスキマイラを取り囲むように集まっていき、まるで大将を守るかのように陣形を構築していく。そのニードルの黒い甲殻が集合した様子は、蠢く黒い絨毯のようだった。彼らは触手を器用に動かし、クモに似た高速の動きで敵に迫る。
大砲などの大型兵器を操作していた兵士からもニードルが生まれ、兵器の威力を発揮することなく帝国兵の死体に埋もれた。
「こ、こっちに来るなぁ!」
触手たちが向かう先は、指揮官である別の帝国貴族が陣取っているエリア。立ち塞がる敵にニードルが跳びかかり、行動を封じる。その間にエクスキマイラは潤滑液の上を氷上のソリのように移動し、一気に指揮官との距離を詰めた。
「コレデオワリデス」
「ひぇっ!?」
エクスキマイラは白馬に乗った貴族を触手で拘束すると、彼を宙に振り上げる。
「サヨナラ」
その触手を勢いよく下ろし、彼の頭を地面へ叩き付けた。
――グキッ!
首の骨が折れたのだろう。
高貴な軍服を着た彼が、二度と動くことはなかった。
* * *
「撤退! 撤退だぁ!」
指揮官である貴族を失った帝国兵の指揮系統は大混乱していた。仕えていた
貴族だけでなく、戦闘員の犠牲も多い。あれだけ戦力差で優位に立っていたにも関わらず、甚大な被害を出してしまっている。気が付けば兵士の数は魔王軍の方が大きくなり、持ち込んだ大砲や
もう帝国軍が魔王軍に勝てる見込みはない。ここから帝国兵が生き残るためにできることは、捕虜になるか、逃げるかだった。重い装備を捨てて敗走する。
「やった……ヤツら逃げていくぞ」
「勝った! 俺たち勝ったんだよ!」
次々と自分たちに背を向ける敵兵を見て、魔族たちは歓喜の声を上げていく。
「勝った……のか?」
仲間が腕を大きく振り上げて喜ぶ一方、僕は数時間戦い続けた疲労で目眩がしていた。元々貧血気味な体を無理矢理動かして敵を何百人も狙撃していたのだ。そうなるのも当然だろう。
「先輩、やりましたよ、敵は撤退していきましたよ!」
「そっか……」
「先輩!?」
「……」
僕は目眩に耐え切れなくなり、その場に倒れそうになる。その瞬間、ニルニィが僕を抱き締めて支えてくれた。温かい。何か、すごくホッとさせられる。
「ごめん、ニルニィ……」
「いいんです。先輩は休んでください」
僕の意識が朦朧とする中、ニルニィは呟いた。
「この勝利は先輩が頑張ってくれたおかげです。ありがとうございます、先輩」
こうして僕の意識は闇の中に溶けていった。
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