63匹目 エクスキマイラ

『そんな醜い触手など、このディアボルスで滅してくれる!』


 戦闘で椅子や講壇が乱れた聖堂。

 巨大な甲冑――ディアボルス・ゴーレムがエクスキマイラに剣を向ける。

 おそらく、ギルダはこのゴーレムを内側から操っているのだろう。


「おい、何なんだヤツは!?」

「あのデカいのを撃てぇ!」


 周辺にいたクーデター軍が漆黒の騎士に向けて矢を放つ。しかし、カキンカキンと矢尻を跳ね返し、矢はポロポロと床に落ちていく。全く効果を発揮できていない。


『雑兵どもめ! そんな貧弱な攻撃がディアボルスに通じるものか!』

「矢はダメだ! 魔術で攻撃するんだ!」


 弓矢を構えていた部隊が後方へ下がり、魔術師の部隊が前面に出てくる。炎や氷柱、雷など、様々な魔術がディアボルスへと襲いかかった。

 しかし――


『魔術など、このディアボルスには無意味であることを教えてやる!』


 放たれる魔術に反応したのか、ディアボルスが動く。

 ディアボルスは黒く巨大な盾を魔術師隊に向けて構えると、自分へと放たれた魔術を打ち消した。盾の中央に埋め込まれている紫の水晶。そこに魔術攻撃が粒子状に転換され、吸い込まれていく。


「な、何なんだ、あの盾は!?」

「まさか、あの盾は――」


 魔力転換盾。

 近年、極秘裏に開発が進んでいたとされる最新型の魔導兵器だ。魔王軍幹部である僕ですら実物は初めて見る。まさか、完成していたとは……。

 この盾の大きな特徴は、他者から放たれた魔力を吸収するところにある。そして、その吸収された魔力エネルギーは――


『消えろ、私に刃向かう反逆者どもよ!』


 自身の魔力エネルギーとして放出される。

 ギルダはクーデター軍の魔術師たちに、その盾に施されている水晶を向けた。紫色の発光が強まり、吸収した魔力の放出準備が完了する。


『死ねぇぇぇぇッ!』

「ソレハ、サセナイ!」


 魔力の高まりを感知したエクスキマイラは、ディアボルスに跳びかかっていく。その巨躯による猛烈な体当たりは漆黒の甲冑の姿勢を崩し、それに伴って盾は天井へ向けられる。


 キュィイイイイイイン!


 ビーム状の強烈な魔術攻撃。

 友軍の魔術師らに照準を合わせられていたそれは、エクスキマイラによって放出される方角を大きく変えさせられた。その紫色のビームは聖堂の天井を突き破り、どこまでも高く伸びていく。エクスキマイラはディアボルスの全身に触手を巻き付け、その動きを封じた。


「今のうちに、族長たちは部隊を引き連れて退避してください! 僕とエクスキマイラだけでこいつを仕留めます!」


 逡巡としている豚鬼オーク族長とルーシー姐さんに、僕は声を張り上げる。


「でも、こんなヤツにお前らだけじゃ……」

「こいつに魔術や普通の弓矢は効きません! 魔力転換盾でエネルギーを吸収されるので、逆にパワーを与えてしまいます! それなら魔術なしで対抗できそうなエクスキマイラに任せるのが最善策だと思うんです!」

「確かにカジの言うとおりね。こんな化け物が相手じゃ、アタシたちみたいのが何人いたって足止め程度にしかならないわ」

「でもよ、坊主たちだけじゃ……」

「ここはカジたちを信じましょう、ね、族長さん?」


 族長は僕を睨み、そして「フッ」と微笑む。


「分かった、ここは坊主に任せる! ただし、必ず勝つんだぞ、いいな!?」

「言われなくても、そのつもりです!」

「いい答えだ、坊主! 俺らは闘いに邪魔が入らないよう、外の敵を排除する。集中して戦え!」


 族長はそう言い放つと、自分の部隊とルーシー姐さんを連れて聖堂から退避していった。完全に退避する直前、姐さんは僕にウインクを残す。「頑張ってね」という、僕へのエールだと思う。僕はそれに微笑んで返した。


『くそぉ! 汚らしい触手風情がッ!』


 ディアボルスは巨剣を振り回し、自分の拘束する触手の何本かを切り裂いた。締め付けが緩み、その隙を突いてエクスキマイラから距離を取る。

 この攻撃によって触手を数本失ったが、それでもエクスキマイラにはまだ大量の触手が残されている。最強の触手モンスターがこれくらいで触手を全て失う訳がない。


『私も随分と舐められたものだな! そんな醜い触手と貴様だけで私を倒そうなどと――』

「いいや、必ず倒すさ。そうだろ、エクスキマイラ?」

「ハイ! ゼッタイ、タオシマショウ、オトウサン!」


 僕らはみんなの期待を背負っている。負ける訳にはいかない。


『ハアアアッ!』


 エクスキマイラへ剣を振るうディアボルス。さらに数本の触手が切断されて聖堂の床に落ちる。その巨体からは想像できない素早い剣術に、エクスキマイラもダメージを覚悟せざるを得ない。

 しかし、その切られた触手は囮だ。剣が振るわれた直後、強靭な太い触手をディアボルスの腕へ巻き付ける。手の数ではエクスキマイラの方が圧倒的に有利なのだ。触手はそのまま甲冑の腕を勢いよく引っ張り、ディアボルスを聖堂の壁へ叩き付けた。


 ドォオオン!


『ぐあああっ!?』

「よし、離れろ、エクスキマイラ!」


 壁にめり込むディアボルスの腕の接合部分に向けて、僕はマスティマで爆裂矢を放つ。甲冑の隙間に入り込んだ矢は爆発し、盾を装備していた腕が崩れ落ちた。

 内部の魔導部品が露出し、ディアボルスの装甲の内側は魔導具で構成されていることが明らかになる。これが土のゴーレムよりも頑丈で機動力がある理由だろう。魔導具が怪力を生み出し、土で作られたものよりもろさが少ない。

 隻腕の状態となったディアボルスはようやく壁から脱出し、僕らに剣を構えた。


『ど、どうなっているんだ、ディアボルス!? こんなはずじゃないだろ!?』


 慌てふためくギルダの声を他所に、エクスキマイラはさらに攻撃を手を強める。

 ディアボルスの両足に触手を絡ませ、それを自分の元へ引っ張り上げた。床にはあちこちに先の戦闘で作られた潤滑液の水溜りができている。摩擦が軽減されて足が滑りやすくなったディアボルスは簡単に姿勢を崩し、床へ仰向けに倒れた。


『ああああっ! 貴様らああああッ!』


 残った腕で立ち上がろうとするディアボルスに、僕は再度爆裂矢を撃ち込んだ。脇の下の、厚い装甲を付けられない部分。その一点へ集中した攻撃によって腕の接合部分は爆破される。ゴトリと落ちる腕。漆黒の甲冑は両腕を失い、立ち上がるのは不可能な状態になった。


「ほら、降りて来いよ、ギルダ。ディアボルスそいつじゃ、もう戦えないだろ?」

『くそおおおおおッ!』


 ディアボルスとエクスキマイラの勝負はついていた。

 ディアボルスにはいくら機動力があるとはいえ、両腕なしでは戦えない。立ち上がることさえできなくなったディアボルスを、ギルダは捨てるしかなかった。

 甲冑の胸部が開き、顔面蒼白で這い出てくるギルダ。いつもの薄い笑みは完全に消え去り、顔は焦り一色に染まっていた。僕らから逃げ出そうとするが、潤滑液の水溜りに足を囚われて走ることができない。彼はディアボルスに傀儡の術をかけたせいで魔力が底を尽きているのだろう。四つん這いになり、赤ん坊のように逃げる。


 散々バカにしてきた触手に追い詰められている。哀れとしか言いようがない。


 僕は潤滑液の水溜りを避けてギルダに接近し、彼の上にダイブした。


「うがっ!?」

「もう終わりだ、ギルダ」


 馬乗り状態になった僕は、ギルダの顔をこちらに向かせる。


 そして殴った。

 ヤツの顔を。

 思いっ切り。

 何十発も。


「や、やめ……ぐふっ!?」

「……」


 ギルダも何度か殴り返してきたが、そんなの関係ない。これまでの恨みだ、クソったれ上司。

 殴る度に、鈍い音が聖堂に響く。周囲に血が飛び散る。

 聖堂に祀られている荘厳な石像。そのいかつい顔が僕らを見つめていた。まるで、その表情が僕の怒りとシンクロしているように――。







     * * *


 僕の拳とヤツの顔が赤く染まる頃、ようやく彼は気絶した。殴るのを止めると、聖堂内に静寂が訪れる。聞こえるのは僕の荒れた呼吸音だけ。


「終わったか、カジよ」

「ええ」


 いつの間にか、僕の背後にはデュラハンが立っていた。

 外にいたギルダの部隊を全員無力化させたのだろう。


「これからその男をどうする? 今すぐに処刑台に持ち運ぶか?」

「こいつには、やらせなきゃいけないことがあります。処するのは、その後です」


 僕はよろめきながら立ち上がると、自分の研究所に向かって歩き出した。

 ギルダには死ぬ前にやってもらうことがある。

 その準備を進めるために、僕は――。

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