62匹目 ディアボルス起動
「うおおおおおっ!」
「おらああっ!」
聖堂は混乱状態になっていた。
クーデター軍とギルダの部下による大乱闘。
その中に、異彩を放つようなモンスターがいた。うねうねと触手を動かし、接近する敵兵をそれで鞭のように薙ぎ払う。
「エクスキマイラ! あそこに潤滑液の球を撃て」
「ワカリマシタ、オトウサン」
――僕のエクスキマイラである。
エクスキマイラは聖堂内に固まるギルダの手下に向かって、口の中に溜め込んだベチャベチャとした潤滑液を発射する。
「ぐぁっ!?」
「く、く臭ぇ! 何だこりゃあ!?」
潤滑液が水塊となって敵に降り注ぎ、彼らを狼狽させる。その目的は威嚇だけではない。
「手が滑って……武器が」
「うぉ!? た、立てねぇ!」
潤滑液が武器の握りを不安定にする。手が滑り、槍を前方へ突き出せない。弓に矢をセットできず、落ちた矢がポロポロと粘液の水溜りへと浸っていく。
さらに足元が滑り、敵兵はバカみたいに次々と転ぶ。重装備の敵は一度転ぶと再度立つのには時間がかかり、生まれたての小鹿のように手足をバタバタさせた。こうしている間に、クーデター軍は彼らを取り囲む。立てなくなった敵兵に、僕らの仲間が槍や
「お前らに残された道は二つ。投降するか、その臭い粘液の中で死ぬか。どっちを選ぶ?」
「ひぃ! と、投降する……」
武器すらまともに持てない状態の彼らには、投降するしか道がない。追い詰められて武装を解除した敵に、仲間の魔術師が睡眠魔法をかけていく。さらに意識を失った敵を拘束具で動けなくさせ、完全に無力化した。
デュラハンに指示されたとおり、不要な殺生は避けている。
これもエクスキマイラの功績が大きいだろう。
それに、ルーシー姐さんの活躍も――。
「あらら? みんな精力がないわねぇ」
姐さんの周りには、精気を失った敵兵が山のように倒れている。サキュバス族特有の精力吸収攻撃。精力を吸収した姐さんの体はどんどん肌艶を増していった。それがサキュバス族が若々しさを保つ特性らしい。
そうした精力吸収攻撃は男性にしか効果がない。そして、ギルダの部下はほとんどが男性だ。
ギルダには男尊女卑の考え方が強い男であり、部下に女性を入れないことで有名だった。ジョシコウセイたちやクリスティーナの扱いを見れば明らかだろう。そんな偏見が仇となったのか、今や彼の部隊は為す術なくボコボコの状態にまで追い込まれてしまっている。
「ね、姐さん、強いですね」
「あら? これでもアタシ、酒場のマスターになる前は軍人やってたんだからぁ」
「え? そうなんですか?」
「ルーシー・グネルシャララ将軍って聞いたことない? 魔導兵器をたくさん作ってたんだけどぉ、アレはアタシなのよぉ」
「グネルシャララって、もしかして……マスティマの?」
僕が豚鬼族長から譲り渡された魔導兵器、超長距離射程用
あれの生産を指導した人物が、グネルシャララ元将軍である。
今から何百年も前、『魔族』という組織の規模がまだ小さい頃に活躍していたらしい。彼女が将軍としての地位を持っていたときに、多くの魔導兵器を誕生させた。当時、魔族は凄腕の剣士によって追い込まれ、彼女はその剣士に対抗するために魔導弓マスティマを作り上げる。
しかし、完成間近で先に将軍が倒されてしまい、その弓が使用されることはなかった。
将軍はそのときに死んだと思われていたのだが――
「あの……『グネルシャララ元将軍は亡くなった』と聞かされているんですが」
「当時は権力争いが今よりも忙しかったからねぇ。倒された直後に『死んだ』って噂を流されて、魔族を追い払われたの。それで軍関係の地位から追放になったけど、まあいいかな、って」
「え、それはどうして?」
「軍人やってるよりも、酒場とベッドを行き来しながら殿方と遊んでいる方が楽しいのよ?」
「……」
姐さんにはこういうところがある。本人曰く、経験人数は4桁を超えるらしい。
「それに――」
「それに?」
「そのおかげで、いい出会いもあったし」
そのとき――
「おーい、坊主!」
別の場所でギルダの部下を掃討していた豚鬼の族長が僕らに合流する。
「向こうは片付いた。後はギルダだけか?」
「はい。拘束した人数を合わせると、彼の部下の数とほぼ一致します。残るはギルダとユーリングだけと見て間違いないでしょう」
「そうか。で、肝心のギルダはどこにいった?」
「聖堂の地下にある、避難用のスペースに向かったのだと思われます。もうそこしか逃げ場はありませんから」
現在、忠臣であるユーリングは、聖堂を抜けた後に大臣邸宅前でニルニィによって倒されたという報告を受けている。
しかし、彼の
「それと、坊主。これを持ってきてやったぞ」
「ありがとうございます」
族長から渡されたのは、魔導弓マスティマ。それと、爆裂矢の入っているケース。クーデター開始後に持ってくるように頼んでいた。
ギルダもいよいよ追い詰められ、本気を出してくるだろう。ハッキリ言って、ヤツは何をしてくるか分からない。どんな戦術を隠しているのか不明だ。だからこそ、使えるものは全て使いたい。
待っていろ、ギルダ。今まで僕らにしてきた仕打ちの清算をしてやる。お前のいつも薄ら笑いを浮かべていた顔を絶望の色に染めてやる。
「行くぞ、エクスキマイラ」
「ワカリマシタ。オトウサン。コンドコソ、ギルダヲタオシマショウ」
そのとき――
ドォオオオオオオン!
突如、地下からの轟音。
聖堂周辺に地響きが広がっていく。椅子やランプがガタガタと揺れ、僕らも立っていられずに床へ跪いた。
「な、何だこりゃあ!?」
「まさか、ギルダが何かしたのか!?」
そして――
ドガァァアアアン!
聖堂の講壇が地下から高く吹き飛ばされる。土煙が舞い上がり、講壇があった場所には巨大な空洞が開いた。
その奥で赤く光る目のような何かが、ギラギラと輝く。
『カジ・グレイハーベストォォォッ!』
土煙の中からギルダの声。
やがて、土埃は聖堂の外壁に開いた穴から吹く風によって消えていき、その奥に隠されていたものの正体が明らかになる。あれは――
「何だ……こいつは?」
黒い巨人。
甲冑のような姿、黒い盾と剣。
ヤツは空洞の奥から一気に跳躍すると、僕の目の前に降り立った。その巨体からは想像できないほどのジャンプ力。そこから生み出される風圧に、僕の体が後方へ押される。周辺にいた兵士も、口を大きく開けて唖然としていた。
『貴様を、この《ディアボルス・ゴーレム》で地獄へ送ってやるぞ! カジ!』
「オトウサンハ、コロサセナイ」
漆黒の巨大甲冑――ディアボルス・ゴーレム。
その前に、エクスキマイラが僕を守るように立ち塞がる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます