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車を当てもなくとにかく道なりに走らせながら、真人は亀利谷に訊ねた。
「言われた通り、走り出したはいいけど。どこに行けば?」
「ちょっと待ってくれ。仙開でお互いに見たものを整理しようぜい。その間はどこでもいい、どこか走り続けてくれ」
「そういうのがいちばん悩むな…」
車は上神川沿いの例の道のほうに向かっている。
「まあ、分かった。しばらく川沿いに…なんとなく、蛇窪のほうに…」
「構わない。大切なのは止まらないことだ」
「安全運転でね、真人。もう、出来れば何も轢かないで」
「ふん、轢きたくて轢いたわけじゃないんだ」
「それだ、本多。車を襲ったのは、青い道着を来た怪人だった。間違いないかな?」
「ああ。暗くなってきててそこまではっきり見極めたわけじゃないけど、あれは確かに白琴会だと思う」
「ところが仙開の前で倒れていた―死んでいたんだが、それも白琴会だった。あの青い服が白琴会だろう?」
真人はうなずく。
「見たところ、あの八百屋の人達と同じ死に方、つまり力づくで襲われて死んだ、そんな塩梅だ。それから…内側、つまり仙開の建物のほうに向かってもな、死体が点々としていたよ。あの入り口ですぐに分かったのが、死臭だ。入り口すぐのエリアで、随分、死んでいるようだった。上の階の窓から飛び降りたらしいのもいたな。あれは…まるで地獄だ。俺は建物のほうから来た奴を一匹始末したけどなあ。まだまだ、いそうだ。あんな感じじゃあ、建物の中をお前らにまで見せたいとは思わない」
「どういうことだ。仙開にしろ白琴会にしろ。内輪揉めということなのか?」
「分からん。俺にも想像がつかないことが起きているとしか今は言えない。ただ、少なくともサテライトプランによって普通の人間が白琴会の怪人に変わった、そんな次元の話じゃないようだな。サテライトプランが発動したのだとしたら、理性はあるだろう。まともではない頭になったとしても。東京で相手した北澤達のように。しかしなあ、ここの連中はまるで人間離れしてる。獣そのものだよ。仙開でのあの遭遇だって、俺にはどうも獣じみたものを感じるな。仙開の建物がまるで巣になっててさ、そのエリアに一定の範囲まで侵入者が近付くと先発隊が攻撃に飛び出してくる、そんなイメージが思い浮かんだんだ」
「まるで、獣か…」
真人はフロントガラスに張り付いていた生き物の姿を思い返した。あの挙動は、確かに人間のものというよりは獣のもののようで。
まるで、獣…?
「何か分からないが妙な怪物が闊歩する村になってしまってなあ。急がないと日も暮れる。こりゃあ、外部から来た人間なんかもどんどんやられ続けて、ちょっと隔離された土地みたいになってるんじゃないのかなあ。さて、どこからどう攻めたものか…ううむ」
亀利谷の唸り声を耳にしながら、真人はしばらく運転から意識を離してハンドルを握っていた。
獣。
真人は、兄様の最期の様子を思い出していた。
ほぼ無意識に運転を続けながら、四つん這いで進んでいく兄様のことを考えていた。
「真人、どうしたの?」
しおりが細い声で訊ねてくる。
「いや…。兄様…。兄様の最期も、まるで獣じみてたなあと思ってな。とても人間とは思えないような動き方とかなあ…」
「兄様?」
亀利谷が身を乗り出してきた。
「量子テレポーテーションの装置に巻き込まれたってヤツか」
「そう。儀式の失敗で、まるでおかしくなって、そのまま地底湖に…」
「失敗…。儀式の失敗。失敗…。それはずっと引っかかってるんだよな。…そいつは、死んだとはっきりしたのか?」
「いや…。ただ、あれで生きているとは思えないけどなあ」
「確かめたわけではないんだな」
「地底湖に落ちたんだぜ。確かめようがない」
「よし、目的地が決まった。どうもその儀式の装置がずっと気になってたんだ。どうしてもこれは、確かめる必要がある。その装置のところへ案内できるか?」
「あそこへ? あれは、さっきの仙開に入らないと…」
「もう一つ、防空壕に入り口があるんだろ?」
「あ、あれは…大人の男でも通れるのかどうか…。それに、仙開であんなだったら、あの分校なんてもっと変な奴がウヨウヨしてそうだけど…」
「構わない。どうしても、その装置とやらをこの目で見たい。俺のヨミが当たっているなら、そこが最優先だ。今ここで何が起きてるのか、全力で突き止める必要がある」
「…分かったよ、そこまで言うなら。あんたの判断に任せるさ。このまま進めれば行き着くしな」
真人はそのまま上神川沿いに車を上流方面に走らせることにした。
どことなくモヤモヤしたものが胸にたまったままだった。
いつからか亀利谷がこのグループの行動の主導権を握っている。亀利谷の力が、あの怪人達と戦うために必要だということは分かるが。どうにも釈然としないのだ。
それに、しおり。おとなしく行動を共にしているが、本心では何を考えているのか分かったものではない女。
今、真人のそばには仲間と言える人間が二人いて、単身で阿賀流にやってきた最初の時に比べれば心強いはずだというのに、何とも言えない居心地の悪さがあるのだ。
自分の心、気持ちが今何を欲しているのかは良く分かっている。もう、決して得ることが出来ないものだということも。
真人は車を分校に向けてひたすらに走らせた。
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