佳澄が、まず、本多真人の上のほうに直線を伸ばし、そこから二本の線を分岐させて左右にそれぞれ描いた。先につながっている場所に、それぞれ名前を書いた付箋を貼る。


本多浩太

本多小百合


真人は、それぞれ名前の左側に×を書き足した。


×本多浩太

×本多小百合


「俺の両親だが…二人とも亡くなっている」

「お二人のことも覚えていないんですよね。お二人も、あの儀式の失敗で亡くなったと聞いていますが…」

「そこなんだよな。ちょっと引っかかる。兄様は儀式の失敗のことを言っていたけど、俺の両親の話なんて欠片も出てこなかっただろ?」

「そういえば…。美奈子さんと理沙子さんのことは言っていたのに。本多さんのご両親は、いくつぐらいのときに亡くなったんでしょう」

「それさえ分からないよ。本当に、名前しか知らないんだ」

「そうですか…。でも、前回の儀式に何らかの形で関わっていたんでしょうね。邪推するなら、白琴会と何かあったんじゃないかと考えてしまいますが…」

「そうさなあ…しかしこればかりは、考えてばかりでは何も進展しないな」


「ですね。じゃあ、疑問点として残しておきます。本多さんの両親はなぜ亡くなったのか、と」

「ああ」

「では…本多さんのご両親まで来ましたから、次は…」

佳澄は、すぐ次の線を引き始めた。

真人からまっすぐ上に出して、本多浩太と本多小百合よりも左のほうに少し飛び出したところまで折れ線を引く。そこに名前。


水谷美奈子


「本多さんの育ての親ですね」

「姉ちゃんは、もし今も生きていたとすれば、五十代かな。兄様より少し上の歳ってことになる」

「本多さんからは叔母さんにあたる…ということは、この本多浩太さんか本多小百合さんのどちらかの妹ということですよね」


「そうだな。…あれ? ってことは、あの理沙子という仙開の社長も、俺の叔母さんになるんじゃないか? 美奈子姉ちゃんと双子なんだ」

「あらぁ…。本多さんの肉親じゃないですか」


真人はその事実に驚いた。ごたごたの中で見落としていたことだ。

「肉親ね…。まあ、あんな女が身内と言われても、こっちから願い下げだけど。しかし姉ちゃん…。双子の姉妹がいるなんて、一言も教えてくれたことがなかった」


「美奈子さんは、本多さんを阿賀流のことに巻き込まないようにしていたのかも」

「多分、そうなんだろうと思い当たることは色々ある。でも、それだけじゃないようにも思うな。姉ちゃんが俺に教えてくれなかったことの中に、今につながる色々なヒントが眠っているように思えるんだ」


「そういえば、美奈子さんは独身ですよね。でも本多さんと苗字が違います」

「うん…? そうか。あ、ということはおそらく俺の母親のほうと姉妹なんじゃないのか。結婚して俺の母親のほうが苗字が変わった」

「なるほど。それにしても、どうも複雑ですね。まだ何か隠されている秘密があるように思えてきます」

「同感だ」

「美奈子さんのことをもう一度じっくり振り返ってみましょうよ」

真人はうなずいた。


「美奈子姉ちゃんは、俺の親代わりのような女性で。小さい俺を連れて阿賀流から東京に出て、十年前に蒸発した。黒澤さんが言うには、それから仙境開発に戻って、北九州のコールセンターに異動していたけど、そこで事故死したと」


佳澄が静かに美奈子の名前の前に×を付ける。


×水谷美奈子


「事故死…本当に多いですよね。私のお父さんも。本多さんの両親も事故死のようなものでしょうし」

「怪しいな。俺、覚えてるもの。美奈子姉ちゃんが失踪する直前に高飛びしようとしていたときも、どっかの商社マンの事故死をニュースで見ていた。確か…立川…。立川ナントカさん」

「すごい。そんな昔の名前よく覚えてますね」

「そういう強い印象があったことはよく覚えてるんだよ。それだけに阿賀流の記憶がないのはなんとももどかしいな」

「そうですね…」

「姉ちゃんは、その商社マンと海外に逃げようとしてたんだ」


「事故死とされているのが、すべて白琴会の偽装だったら?」

「俺の両親も含めてかい…? よこまちストアの放火があってから、そんなことも大いにあり得るように思えるよ。姉ちゃんが、そういうことのすべてを知っていたか疑っていたとしたら…」


「知っていたからこその一連の行動でしょうか」

「そう思える。美奈子姉ちゃんは東京にいて、阿賀流から親なしの俺を引き取ったって、俺はそうずっと聞かされていたんだ。けど事実はそうじゃなかった。姉ちゃんは阿賀流から俺もろとも姿をくらましたわけだ。偽装また偽装、さ」

「美奈子さん…随分色々なことを隠してきたんですね。それで、本多さんを連れて阿賀流を出てからは…?」


「白琴会に認められて東京に出たんではなく、白琴会と仙境開発…当時の夕鶴という会社から逃げ出したんだ。ところが十年前に、居場所を突き止められてしまったってことじゃないだろうか。仙境開発からハガキが届いたんだ」

「ハガキ…。白琴会ではなく仙開さんからなんですね」


「ああ。…そうか。今にして分かった。ブラジルも何もかも冗談じゃなかったんだ。美奈子姉ちゃんは…俺と一緒に、本当に地の果てまでだって逃げるつもりだったに違いない。ブラジルは日系人の移住の国だって言うしな。商社マンのことだって、パトロンのつもりで本気だったのかもしれない。それを断ったのは誰だ? 俺じゃないか…。くそう。あのとき、イエスしていたら、どうなっていたんだろう…」


肩を落とす真人に、佳澄が慰め気味の言葉をかける。

「そんなに、自分を責めないで。白琴会が絡んでいるのだとしたら、そこでイエスと言っていても、結局はあまり変わらなかったのかも。大きな時間の流れとか因果というのは、多少道筋が変わることがあってもそう簡単には変わってくれないものですよ」

「理屈では、そういうことも分かるけどね。自分があのときに戻れたらとまでは言わないけど、あのときああしていたら今はどうなっているんだろうって、一瞬、夢想したくなったよ」


「……」

佳澄は真人をじっと見ている。何か思うところがあるのだろうか。

「ま、まあ、それは、いいんだ。過ぎたことさ。とにかく仙開からのハガキで姉ちゃんは、観念したんだろうか。黒澤さんの話によれば、阿賀流に戻ったってことになるな。俺だけを東京に置き去りにして。…ん、待てよ。ちょっと……考えろ俺。やっぱり何かおかしいぞ」

「どうしました?」


「もし、もしも」

真人は自分の考えをまとめながらつぶやく。

「美奈子姉ちゃんが白琴会なり仙開なりに追われていたとして。居場所が見付かって戻された、あるいは自分の意志で戻った、どちらにしても」

「はい」


「兄様の言っていたように、俺と真緒が儀式失敗の原因で、次の儀式のキーマンでもあるって、分かっていたはず。それなのに、阿賀流に戻ったのは美奈子姉ちゃんだけ。俺がいつまでも戻されなかったのはなぜだ?」

「それは…本多さんがその後に引っ越しされたからでは?」

「美奈子姉ちゃんの居場所を突き止めた連中が、大学生ごときの引っ越し先を追えないわけがない。どうして美奈子姉ちゃんだけで白琴会は満足したんだろう」


「たとえば、本多さんに手を出さないことを交換条件…人質のようにされたのかもしれませんね」

「考えられるな。そうすると、俺の名前を出した時に考えたさっきの疑問も解ける。姉ちゃんがいなくなってからの俺のことも、白琴会は十年間、監視なりなんなりをずっと続けていた。姉ちゃんが亡くなったから、ターゲットを俺に切り替えて、古本に栞を仕掛けて俺を阿賀流に誘導した…」

「辻褄は合いそうです」

「確かにな。しかし……」


真人は少し口をつぐんで目も閉じた。

推理として筋は通っている。

しかし、何かピンとこないのも確かだ。

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