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「そして今は、美奈子さんは亡くなっている。これも、黒澤さんが言うには事故死ですね」
「俺の前から消えて、仙開の北九州コールセンターにいたが、事故死。いつ頃のことだろうな。そのコールセンターに行けば、何か分かるだろうか」
「仙開さんのコールセンターにですか。土地は離れているとはいっても、敵の懐ですが、大丈夫でしょうか」
「阿賀流の、仙開のコールセンターの雰囲気をちょっと思い出したんだけど。末端のパートとかアルバイトまで俺や佳澄ちゃんのことが伝わっているものだろうかな。そこまで顔割れはしていないんじゃないか、と希望的観測もしてみたくなる」
「どうでしょうね。ライターらしく、何かの取材のフリをすれば多少は訊き出せるかもしれませんけど。個人個人のことまで聞き出せるとは。昨今は個人情報なんたらがうるさいですからね」
「確かになあ。何年も前の社員のことまであれもこれも話してくれるとも思えないな」
「でも、あるいはインタヴュアーの力量次第かもしれませんよ」
「うーん。そう言われると、ちょっと魅力を感じるアイディアではあるけどな」
「北九州という土地はどうですか。少なくとも北九州という土地に美奈子さんが住んでいたことはあるのだから、まずそういうところから当たってみるのは悪くないかもしれません」
「美奈子姉ちゃんの痕跡を探すようなことか」
「そうですね。北九州という土地で、仙開さんや白琴会の影がどのぐらい見えるのかは…いま検索してみましたけど、特に予備知識はなかったんですが、北九州市は百万人近く人口がいるそうです。東京ほどではないとは言え、阿賀流とは規模が違います。土地を歩くだけで白琴会とバッタリするような危険は、そこまでではないかもしれませんよ」
「まったく土地勘ないなあ。どんなところなんだろう。北九州っていうぐらいだから九州にあるんだろうけど」
「八幡製鉄所とかあるみたいですよ。そういえば、むかーし歴史の教科書で習いませんでした?」
「うーん。南満州鉄道とかそういうのは聞いたことがあるぞ」
「それは戦前の中国のほうですって」
「そ、そうか」
「もう。…脱線してきましたね。美奈子さんのことは、やっぱりこのぐらいで少し行き詰まるのかな。他のことを考えてみるか、実際に北九州に行ってみるか。そういうことをしないと、進まなそうです」
「うん…。よし、悩んでいてもしょうがない。姉ちゃんはここまで。姉ちゃんの失踪のときに、本当はいったい何があったのかと、姉ちゃんの事故死のこと、これは引き続きの不明点として残す、と…」
佳澄はうなずいて、ノートの美奈子周りの辺りに少しメモを書き足した。
「次は…どうでしょう。美奈子さんが出てきたら、双子のお姉さんのほうにいきましょうか」
「ああ。理沙子…姉ちゃんと双子ということは、水谷理沙子だな。俺にとっては、まだ分からないことだらけの人だ」
真人は、美奈子の横に、理沙子の名前を足した。美奈子と双子になるように線をつなぐ。
水谷理沙子
「理沙子は、仙境開発の社長。いっぽう白琴会では導尼という、トップクラスの階級だそうだな」
「それに、美奈子さんと一緒に、あの儀式の対象でした…」
「そうだ。双子…一卵性かな。美奈子姉ちゃんと、そっくりだった。まあ似てたのは外見だけで、喋りと雰囲気はいやーな感じだったけどね。白琴会のトップクラスだけども、見たところ、青い目にはなっていない」
「仙開の社長も兼ねているからかもしれませんね。外に出ることが多いから」
「両方に権力を持っているのなら、厄介だな。兄様とつるんでいて、黒澤さんとしては彼女と兄様の派閥を切り崩したいってことだろう」
「いま、兄様が消えてしまいましたから痛手でしょうね」
「そうだろうな。黒澤さんは、この隙に仙開と白琴会での自分の地位を一気に固めて、理沙子達を追い落とすつもりだ、と。頭が切れそうな手強い感じの女だったけど。黒澤さんならやってくれるさ、きっと」
「そう願いたいですね。でも私、この人のことで一つ、気になっていることがあるんです」
「なんだい?」
「儀式のことです。美奈子さんと理沙子さんがターゲットだった」
「ああ、そうだな」
「兄様がどういう言い方をしていたか、思い返して。本来二人を統合する儀式だったものが、四人いたためのエラーだって」
真人はうなずいた。
「元々、美奈子姉ちゃんと理沙子の儀式だったものに、俺と真緒が紛れ込んでしまった。それでおかしなことになった。俺の記憶障害も、真緒が覚えられなくなったのも、それだって」
「そこなんです、気になったのは」
「なんだい?」
「影響が出たのは本多さんと真緒だけなんでしょうか」
「そうか。その理屈で考えると、美奈子姉ちゃんと理沙子のほうにも何か影響が出ていたのかもしれない」
「兄様が確かそんなようなことを言ってたんですよ、あのとき。理沙子の左脳がどうこう、って」
「左脳…? 左脳といったら、論理とか言語だっけ…。理沙子が左脳だったら、美奈子姉ちゃんが右脳かい?」
「そこまでは分かりませんけど。そして、どんな影響だったかも。でも、思うんですよ。美奈子さんが本多さんを連れて逃げたのは、そういうことも何かあったのかもしれないって」
「う~ん…。そういうことも考えられるか」
「私も理沙子さんには最近会ったことはほとんどないんですが、どうですか、印象は?」
「いやあ、なかなか厄介そうだったよ。兄様や黒澤さんとはまた少し違う感じだけど、頭はよさそうだった。兄様とははっきりした上下関係がある感じだったなあ」
「理沙子さんが社長で、兄様がカスタマーサービスの部長ですよね、仙開では。白琴会での序列とほぼ同じ」
「仙開ではその二人が一つの派閥になっていて、事業部長の黒澤さんが敵対している。黒澤さんが仙開から白琴会の影響力を除くためには、どうしても邪魔者になるわけだな」
「今は、兄様が…いなくなったわけですから、理沙子と黒澤さんの一騎打ちのようになるんでしょうか」
「あと、実権は分からないけど会長って人がいるんだろう? 昔の社長の。その人が、白琴会の老師…ボスか。水谷史郎…。姉ちゃん達の父親」
真人は、美奈子達の上に名前を書き足した。
水谷史郎
「この人は…まあ、俺の爺さんにあたることになるのか? それは正直言ってどうでもいい気持だけど、やっぱり白琴会のトップである以上は、理沙子や兄様の支援者なんだろうな。佳澄ちゃん、会ったこととか、何か噂とか聞いたことはあるかい?」
佳澄は首を横に振った。
「名前を聞くぐらいですよ。ほとんど何も知りません」
「ふむ…」
「ただ…私が不思議に思うのは」
「思うのは?」
「黒澤さんは会長が…つまり当時の仙開の社長、この人が呼んだって聞いたことがあって」
「あっ。それ、俺もおばさんから聞いたぞ。そうか、おかしいな。その通りだとしたら、こいつは黒澤さんの後ろ盾で、むしろ地位が危うくなるのは理沙子や兄様のほうだ」
「そうですね。でも実際には逆になっている」
「黒澤さんが来てから今までの間に、何かあったんだろうか」
「黒澤さんは白琴会と敵対していますから、その辺りにありそうですね」
「今、図を描いてると推測は出来るかもなあ。仙開は大きな会社に見えるけど、でも結局のところは地方の同族企業だ。主要な経営層は、血縁というか白琴会の関係者で固められている。黒澤さんはその中で孤軍奮闘なんじゃないだろうか。経営手腕とかそういうものを期待されて連れてこられたけど、蓋を開けてみたら抵抗勢力が大きかったとか」
「兄様を筆頭として、ですね」
「おそらく。しかしこの水谷史郎って会長だか老師だかは…どこにいるんだろう。どこでも気配さえ感じなかったけど、隠居なのか?」
「白琴会にいそうですけどね…」
「兄様達の親ってことは…二十代で子どもが出来たとしても、八十代か? 現役だとしたら驚きだ」
「そういえば、老師の奥さんが白琴会にいますよ。ナンバーツー、大ばば様です。つまり…こうですね」
佳澄は、水谷史郎の横に友里子の名前を書き足して、二本線をつなげた。
水谷友里子
「その人の存在も、気付かなかったな。どういう人だろう」
「兄様からも、大ばば様のことはほとんど情報がなかったですね。仙開には関わっていないようですが…。今どうしているか、まったく分からない人です」
「白琴会では実力者なんだろ?」
「そうですね…老師と同じ階級ですから…」
「老師と同じぐらいの年齢だとすると、この人も八十とか、そんなところだろ? いい歳だな」
「今のところ、老師もそうですが…今回のことに関わっているのかどうか、関わっているとしてもどの程度まで関わっているのか、はっきりしませんね」
「宗教組織はフツー、基本的にトップダウンだ。その指導者なんだから、無関係ってことはないだろうが。…兄様達の暴走というようなニオイも感じなくはない。その兄様が消えてしまっては、白琴会も混乱するな」
「その混乱のうちが、私達と黒澤さんが行動するチャンスですね」
「ああ。そのためには…。次は、兄様にしようか。兄様が何をやっていたのか、整理してみよう」
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