翌日。


真人は昼下がりの午後二時頃に起きた。

昨日までに比べれば少し、早起きだ。心なしか昨日までの目覚めに比べて気が軽い。


のっそりと起き一通りの支度をして、買い置きしてあったバランスフードをかじった。

それから隣の佳澄の部屋のチャイムを鳴らした。


佳澄は在室していたようで、すぐに真人は中に導かれた。

「今日はどうですか?」

「うん、そうなんだよ。昨日までより少し楽な感じがする」

「それはよかった」

「君の言う通り、焦っても仕方がない。そう思って休んだら、気負いが抜けたみたいだ」


佳澄は微笑して、テーブルに置いてあったノートPCの蓋を開けた。

「昨日、テレビ、新聞、ネットで、阿賀流のその後の情報収集をしてました。お母さんと渡辺さんはやっぱり焼死が確認されています。私と真緒ちゃんはこの火事に関連した行方不明ということになっているようです。少なくとも報道の範囲では、ですね」

「そうか…」


「本多さんのことは報道されていません。行方を追っている、とかそんな報道があってもよさそうですけど」

「黒澤さんが何か圧力でもかけたか? それとも白琴会があれこれ隠した?」

「それは分かりませんが、いまのところ本多さんは透明人間ですね。比較的動きやすくなっていると思います」

「分かった」


「本多さんは、昨日は何かしました?」

「俺? 俺は…えーと。出版社とやり取りしたよ。しばらく原稿ストップしてもらった」

「じゃあ、こっちに集中出来るんですね」

佳澄が心なしか嬉しそうにしている。

「そういうこと。いや、ほんとに。何日も。お待たせして申し訳なかった。ちょっとずつ、俺達がやらないといけないことを振り返っていこうじゃないか」


テーブルのノートPCはすでに起動済みだ。

「さあ、そうと決まったら、何から始めましょうか」

「うん…。しかしいざ始めるとなると、何から手を付けたらいいのか…」


「本多さんにUSBメモリー、渡してましたよね。お持ちですか?」

「あ、ああ。あるよ」

真人は、不細工なストラップ付のメモリーをノートPCの上に置いた。


「この前は抜け道を探そうと思ってざっと見ただけでしたけど、この中には、まだいろいろな情報が入っているんじゃないかなと思って。これも調べたいですよね」

「今となってはおばさんの遺品か…」


ぼんやりつぶやいてから、寛子と渡辺が焼死したことに思い当たり、真人ははっとして佳澄を見た。

母親を失くしているかもしれない当の佳澄を前に、軽率な発言だったかもしれない。

気まずさを感じ、下唇を噛んで視線を彷徨わせると、佳澄の優しげな眼に行き当たった。


眼が合うと佳澄は無言でうなずき頬を緩ませる。

「いいんですよ。自分でも実感がありませんし、お母さん自身、ずっと前から覚悟していたようなところもありましたから。私も薄々は。お父さんのこともありましたしね」

「お父さん、か。そう言えば兄様に殺されたんじゃないかって…言ってたな」

「だから、白琴会に敵対していけば、自分の身にも危険は迫ることは、承知のうえで行動していたと思うんです。自分はお膳立てだけして、私や真緒ちゃんは公の場に出すことで守りながら…」

「…その想いには、応えないといけないんだな」


佳澄はうなずき、さっとキーを叩いた。

「考えたいことはたくさんありますが、まず話の落としどころを決めておいたほうがいいですよね。私達が相談して、決めないといけないことはなんなのか」

「分からないことが多すぎるんだ。真緒を見付ける、助けることが俺達の一番の目的になるんだろうが、そこにたどり着くまでの道筋が見えないな」


「そうですね…メモリーを調べて新しく分かったこともありますし、これまでに分かったこととか、残っている疑問点を整理していきましょうか。私も、本多さんに話していないことがまだあるかもしれませんし」

「そりゃ賛成だけど、しかしどうやって整理していく?」

「たとえば…刑事ドラマの捜査会議なんかでよく見るのは、人物写真を貼って、そこに色々な情報を書き出したり、線で人間関係をつないでいったりするやり方ですね」

「なんとなく分かるな。じゃあ、そうやってみようか」


「はい。…写真はないですから、付箋に名前を書いてノートに貼っていきますよ」

「任せる。あと俺は、ちっとはライターらしくね、まとまってきたことをテキストにしておきたいんだ。形になるかどうかは別としても、一つの物語としてさ」

「もちろんです。本多さんの本職ですもんね。じゃあ、パソコンの操作はお任せしますから」


「本職…か。そうだな。どっちみち、白琴洞の紹介をする原稿も書かないといけないんだ」

「白琴洞を?」

「そう、請け負ってる仕事。もちろん、今の白琴洞はダメだ。すべてが片付いて…まあ、何がどうなったら片付くことになるのかもまだ分からないけど…そうなったら、晴れて観光客に推薦するんだ」

「誰にでも紹介出来る土地になればいいですね。白琴洞そのものには、何の罪もないんですから。阿賀流だって…白琴会がなければ…」

「……」


気分が落ちてきて、真人は断ち切るように最初の付箋に名前を書き、佳澄が開いたノートの白紙ページに貼った。


「ほら、始めよう。最初は、俺でいいだろ。本多、真人」

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