第十一章 お日様とお月様
第十一章「お日様とお月様」1
二人になると、佳澄は静かにおにぎりやサンドイッチを開けて、真人にいくつか手渡した。
夕食なのか夜食なのか朝食なのか分からないが、とにかく頬張りながら、真人は口を開いた。
「黒澤さんには言わなかったけど、もう一つやり残したことがある。そっちは見つけ出すまで阿賀流を離れるわけにはいかないつもりなんだ」
佳澄は阿吽で答えた。
「真緒ちゃんね」
「ああ。彼女のことをこのままにはしておけない」
「黒澤さんに相談しなかったのはどうして?」
「あの感じだと、相談しても止められるだけだろう。今の黒澤さんにとっては、俺達が一刻も早く阿賀流を離れることが重要なわけだから」
「じゃあ…東京に出たふりをして?」
「そう。ちょっと寄り道をしていこうかな、と。真緒を助けないで俺達だけ逃げても、意味がないんだよ」
「お母さんも、真緒ちゃんを助けに行くことなら反対はしないと思うけど…。でも危険ですよ。それに、助けに行くといっても、おそらくもう白琴会に捕まっているんでしょう? どこにいると思う?」
「分校にはいないと思う。俺があそこに連れていかれて、渡辺さんのちょっかいで逃げ出したわけだから。同じ場所に軟禁するようなヘマはしないだろう」
「それなら、白琴会の本部かも」
「ただなあ…。捕まったという確証もないんだよな。まだ防空壕から奥のほうに隠れてるということだって有り得るよな。実際、小さい頃にそうやって俺と真緒はその儀式とやらにお邪魔してしまったわけだし…」
真人は腕組みをして考え込んだ。口の中に残っているパン生地をもぐもぐと飲み下しながら、考えを巡らせる。
「うん? 待てよ…」
「どうしました?」
「観光用の白琴洞には、白琴会が儀式をやれそうな場所なんて、存在しなかった。けど、俺と真緒が小さい頃に防空壕から入り込んだ先で儀式をしていたということは、つまり観光洞とは別に、防空壕とつながっている枝洞がどこかにあるんじゃないのか?」
「そうですね、その通りですよ、本多さん。私は白琴洞のことをそこまで網羅していないけど、どう考えても観光洞以外の洞窟を、白琴会と仙開さんが使っているはず。私、お母さんから、兄様の情報を盗んだUSBメモリーを預かってるんです。昨日の夜に渡されたの。お母さんはずっと危ない橋を渡ってきてたから、本多さんが来て、自分の身に何かあるかもしれないということを感じていたんだろうな…。黒澤さんから借りたPCで見てみませんか。何か分かるかも」
前向きな提案の内容と別に、佳澄の声は少しずつ弱くなっていた。
真人は咳払いをして、少し大きい声をわざと出した。
「お、それはすごいじゃあないか! 白琴会の内部情報がだだ漏れってことだな。じゃあ、早速見てみよう」
バッグから取り出したノートPCを立ち上げると、真人は早速USBにメモリーを挿した。
「あれっ…」
真人が困惑した声を上げたもので、佳澄が画面を覗き込んだ。
「パスワード画面…」
「分かる?」
「さあ。パスワードなんて聞いてないな…」
「そうか。う~ん、ここにきて詰まるか」
「お母さんの安全策だったんだろうけど…困りましたね」
「誕生日とか電話番号でも入れてみるか?」
「お母さんの用心深い性格からして、単純な誕生日なんかを使っているとは思えない…」
「そうだよなあ…。見当も付かないとまずいな。時間もないし、いったんあきらめるしかないか」
真人は、腕組みをして黙り込んだ。
しかし佳澄は沈黙しなかった。
「こうなることを見越してこのメモリーを渡したということは…。私達なら考え付くようなパスワードなんだと思う…」
「何か、単純なものかもしれないのか。ただ、俺達以外では思い付きにくいもの…」
「パスワード。カギ…。あ、ひょっとしたら…」
佳澄は身を乗り出して、真人の横からキーボードに手を伸ばした。
思いがけず佳澄の横顔が近くにやってくる。あばたもえくぼやら、美人は三日で飽きるやら、そんな言葉があるが、佳澄の顔もすでに慣れてきたものになってきているのが、不思議なものだ。
佳澄がキーボードを叩くと、パスワード画面が消え、フォルダが表示された。
「おおっ! すごいじゃないか」
「合ってた…」
「良く分かったな。なんだったんだ?」
「マサ君、をローマ字で。MASAKUN」
「俺の…おばさんが呼ぶときの?」
「そう。さっき逃げ出すときに、キーワードはマサ君だ、ってお母さんが言ったのを思い出して。そういうことだったのね」
「さすが親子、だな」
佳澄ははにかんだ。
真人はそんな佳澄に微笑み、画面に視線を移した。
「フォルダにファイルがいくつかある」
「見てみましょう」
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