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メモリー内にはフォルダ分けされた形で、様々なファイルが入っていた。
真人がファイル名を頼りにめぼしいファイルを探していると、佳澄が、それぞれのファイルの中身の推測をつぶやく。
それに思わず気をとられて、試しにと開いてみようとするたびに、佳澄はそれをとどめた。ざっくりと把握出来ると、すぐに真人に画面のスクロールを促す。
まずはとにかく全体像を把握してから必要な情報だけに絞り込んでいこうということらしい。
ファイル名を一通り見て、佳澄がため息をついた。
「お母さんは、私達に必要になりそうな情報だけにきちんと絞りこんであったみたい。用意周到ね」
「さすが…。たいしたものだな」
「今の私達に必要なファイルだけ、開いていきましょ…」
鮮やかな情報整理の手際で、少なくとも観光案内所で初日に出会ったときの、寝惚けたような会話しかしてこなかった佳澄とはすっかり別人だ。
今日ここまでではっきり分かったことだが、佳澄はどうやらああいう言動のほうが演技だったようだ。能ある鷹は爪を隠すというか、なんというか。
それに、どうしたことか真人は不思議な感覚も抱きつつあった。
日中に分校から防空壕にかけて真緒と行動していたときと、今こうして佳澄と行動を共にしているときと、不思議なぐらい違和感がない。
まるで同じ女性がずっと隣にいるような、それぐらいに真緒と佳澄から受ける印象が似たようなものに感じられている。元々、姉妹のように育った二人なら、佳澄が演技をやめると似ているというのも有り得ることか、と真人はぼんやり自分に言い聞かせた。
佳澄が画面にいくつかのファイルを開いた。
「白琴会本部のフロア図と、それの説明書き」
「おお」
真人は画面を見て興奮の声を上げた。
手書きのものをスキャンしただけのようだが、白琴会の建物と思しき図とメモ書きが表示されていた。
「これは…おばさんの字か?」
「うん」
「白琴会の建物は、外からの入り口は正面と裏の二か所しかない。どちらも信者が必ず立っている。それに、建物の中の通路…ひどいなあ。仙境開発より分かりにくいぞ。まるで無計画な増築の結果だな。この中から真緒を探すとなると…」
「真緒の居場所の前に、そもそもこのままだと中に入れないもの。白琴洞とつながっていそうな場所のヒントがないかな…」
「そうだな。それさえ見付かれば、見付からずにお邪魔する方法もあるかもしれない…」
佳澄が、図面の端のほうを指した。
「本多さん、ここに小さな倉庫があるみたい。横のメモ書き、読んでみて」
「うん?」
佳澄が指した個所を読み上げてみる。
「Aへ。祭壇方面」
「で、Aという文字が、こっちの離れたほうに書いてあります。Aを先端にして、ずっと細い道のような線が延びてるでしょう?」
白琴会の建物とは離れたエリアに、にょろにょろとした線が引かれている。建物がスキャンかコピーで別の資料から写したきれいな線で描かれているのに対し、こちらの線は手書きの頼りないものだ。
「Aの線だけ、随分長くはっきり書かれてるもんだな。その線に周りから集まってる他の線はなんだ? …あ、そうか、そういうことか。線の先端に何か書いてあるのは、この線が全て鍾乳洞ってことか? すると…」
真人の視線はAから線をたどり、何本か分かれている他の線の先端を見た。Aの他にもいくつかアルファベットが書いてある。横のほうに、アルファベットに対応する形でメモが殴り書きされていた。
何も書いていない先端は行き止まりということだろう。
「これ…」
真人はDを指した。
「養殖場と書いてあるな。アカリ虫の養殖場のことじゃないのか?」
「仙開さんのアカリ虫養殖場から抜け道があって、白琴会につながっているということよね」
「そして、Aの通路は祭壇という場所にもつながっている。重要な通路なんじゃないのか。だから濃く書かれている」
「Aの通路の先は何も記号がないから、行き止まりなのかもしれない。けど、そこに円が描いてあるから、きっと祭壇はそこにあるということだと思うし、本多さんと真緒が昔そこに迷い込んだことがあるのだとすると…」
「そうか。この祭壇のある近くの通路に、防空壕とつながってる場所があるはずなんだな」
「白琴会の場所から蛇窪のほうまでつながってるということは、小さく書いてあるけどこれ、距離は結構あるんですね」
「そうだな」
真人は、村の中心地から分校までの距離感を想像した。
「県道の道のりは曲がりくねっているわけだから、だいたいまっすぐ直線で結べるとしたら、1キロ、2キロかな…。そのぐらいなら地下水脈でも通ってれば、つながっている可能性はあるな。本当は、安家洞や秋芳洞に匹敵する規模なのかもしれない」
「それを、白琴会は人知れずうまく利用していた…」
「連中が夜に行動するんだとしたら、鍾乳洞を移動手段に使えば、他の人に気付かれないようにすることも難しくはない。上手い方法を考えたものだな」
「仙開さんの養殖場から、白琴会にも防空壕のほうにも抜けていくことが出来るはずということね」
「で、そのどこかに真緒がいるんじゃないだろうか。そうと決まれば…」
「行くの?」
「ああ。無謀でもなんでも、やってみるしかない。相手が何人いて、どんなことをしてくるか分からないし、こっちのほうが不法侵入者ってことだろうが、知ったことか」
「本多さんは、やっぱり男の人なんですね」
「え?」
「記憶がなくなっても、その人の人間性は失われない。人間性の本質はきっともっと違うところにあるんですよね」
「はぁ…。なんだい、褒められたのか、それ?」
「もちろん。じゃあ、夜が明ける頃に行動開始で」
「ああ…。でも、君まで危ない橋を渡ることはないんだよ。俺が行ってくる間、ここで隠れていればいいんだ」
「やだ。もちろん私も真緒を助けに行きます」
「いや。襲われたり、放火されたり。あいつらのやることは、もう洒落になってないよ。気持ちは分かるけど…。女性には危ないって」
「あら、いまさらフェミニスト気取り? 私みたいな顔でもちゃんと女性として見てくれるなんて、それは紳士らしくてス・テ・キですけど」
「い、いや、まあ、そういうのもあるんだけど…。というか、俺には駐在さんからもらった拳銃がある。でも君は護身手段がないし…」
真人がしどろもどろになると、佳澄はくすくす笑った。
「ほとんど持ち出せてないけど、私もちょっとした備えぐらいしてきたから、覚悟は出来てます。相手がイリーガルなら、こっちもイリーガルな方法で対抗するしかない。そういうものだと思うの」
そう言って佳澄はカバンを軽く叩いた。
「私にも、私の想いはあるんですよ。真緒を助けたいし、本多さんの力になるためなら、なんでもやる。心配しないで。それに、私がいないと結局、道に迷ったり、無駄な時間のロスがあると思うから。ダメと言っても離れませんから」
そこで佳澄は、バチンと母親ばりの強烈なウインクを寄越してきた。
真人はため息をついたが、佳澄の同行を止めることは難しそうだ。
実際に、青道着の異様な力を体験しているだけに気が引けたのが、ここまでの様子をみていて、佳澄がいかに有能かということも良く分かっている。
二人で挑むのが、結局のところベターなのだろう。
まるで、真緒と防空壕に臨んだときと同じだな、と真人は思った。
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