例によってオートキャンプ場の奥にこっそり車を入れた。

「いいのかなあ、何度も勝手に使って」

「ホントはもちろんダメですけど。ここは見つかりにくいですし。もしものときには私と佳澄ちゃんかうまく言い訳を考えますから」


レンタカーを奥の林の影になる位置に停める。

「これから歩くんだな?」

「時間はすぐですよ。階段を上りますけど」

「階段か。いい運動だな。じゃあ、重い荷物はサヨナラだ」

ため息をつき、ボストンバッグから小さなウエストポーチを取り出して必要最低限の荷物に詰め直した。

「さ、行こう」


真緒の言う通り、キャンプ場を出てすぐに、木立の中を山肌に沿って上がっていく木組みの階段があった。

「この階段、学校のマラソンで登ったりもしたんですけど、覚えてないですよね」

「ああ。吊り橋がかすかに記憶にあるだけだよ。あ、あと…白琴洞なのかもしれないけど、洞窟に入った記憶はあるような気がするんだよな」


「洞窟ですか。白琴洞に入ってみてどうでした?」

「それが、ちょっと違うような気がするんだよな。ただ、ちっちゃいころの話だからな。同じなのかも、というような気もする。それに、おばさんや黒澤さんの話だと、白琴洞は観光用のほかにもたくさんあるっていうじゃないか。ひょっとしてそういう別のかもしれないな」

「別の洞窟を知っているかもということですね…」


折れ曲がった急な階段は、木の根も張り出してきていて、決してよく整備されているとは言えない。しかし、天気もいい今日のような日であれば足場自体はしっかりしていて、特に歩くことへの支障はない。


「ハァハァ、それにしても、さっきもおかしなこと言ってたけど。見付からないようにとか」

「…ええ」

「誰に?」

「もちろん、白琴会です」

「白琴会が、この辺にいるの?」

「分校ですよ」

「は?」


「分校が、廃校になってから払い下げられて。今は白琴会の施設になっているんです。それも、本多さんなんかから見ると、癒着なのかもしれませんけどね」

「げっ。早く言ってよ。鴨ネギじゃないか。そりゃ確かに、近づきたくないわ…」

「だから、遠くから見るだけです」


決して急なものではなかったとはいえ、階段を登り切る頃には、真人も真緒も会話をスムーズに続けられなくなる程度には、息を乱していた。

「ぐう…三十代になるとトシを感じると言うけど…まったくだな…」

「トシだって思うからトシなんですよ。若さは気からです」


階段の先は、細い未舗装の農道に出た。左右には張り出してきた木が迫っている。見上げると、しわくちゃでたいして美味そうでもないが、柿の実がなっていた。本当の渋柿だ。


「こっちです」

真緒は農道を進んだ。

すぐに少しずつ道幅が広がり、目の前に小さな畑が出現した。

「この辺りから見ましょうか」

真緒は、木陰から畑越しに向こうを指し示した。


「ここが…」

真人は目を凝らした。


畑越しに百メートルほど先。狭い校庭と土の駐車場の奥に、くすんだピンク色の屋根をもった平屋の木造建物があった。

見覚えは…あるだろうか。見たようにも思えるが、東京に出てからの学校とごっちゃになっていないだろうか。

「分からないな。覚えがあるような、ないような」

「白琴会に渡ってから、壁の塗り替えですとか、改装をしていると思います。だからかもしれませんね」


校舎の広さからすると教室は四つほどか。

分校として使われていた頃も、全校生徒はおそらく二桁いるかどうかというところだったのだろう。

「今は白琴会の施設だけど、昔はここに通っていた?」

「はい。本多さんは少しだと思いましたけど…。何か、覚えていますか? 思い出せそうですか?」

「いや…どうかな。これといってはっきりしない」


教室だったとおぼしき建物の中を青い影が動いている様子が、廊下と教室の窓ガラス越しにちらりと見えた気がした。

「白琴会の人間がいる」

「そうですね。今は兄様も良く出入りしているみたいです」

「兄様、ねえ…」

「たぶん、おばさんが本多さんを白琴会に接触させないのは、兄様の様子をみているんだと思うんです」


「ふうむ…白琴会は、ここと他にも施設があるんだろう?」

「ええ。本部と、いくつか支部という形で持ってますね」

「ここの中を見るとか、取材っていうのは、やっぱり難しいんだろうね」


「難しいというか、白琴会とはまだ関わらないほうが。でも、この分校は見せておいたほうがいいだろうって、佳澄ちゃんが言うから」

「何か気付くことがあるかもしれないから、か。でも、これといってピンとこない。あの吊り橋ほどには。あれは、印象的な形だから記憶が強いんだろうか」


「それなら、吊り橋のほうに行ってみますか?」

「行けるのか?」

「分校の前を抜けるときには気を付けないといけないですけど」

「気を付ける? なぜ」

「分校から吊り橋のほうまで道があるんですけど、どうやっても分校の前を通らなくちゃいけないんです」

「つまり、見られる可能性があるということか。白琴会に見付かると、どうなっちゃうわけ?」


「それは…良く分かりませんけど。私もここに来たのは久しぶりですし。佳澄ちゃんと寛子おばさんは、とにかく本多さんと私を白琴会から遠ざけておきたいみたいで。分校も、近くには行かないように何回も言われましたから」

「会話を聞いている感じ、そんなだったよな。…ん? 君もなのか? つまり遠ざけておきたいのは、俺だけじゃないのか?」


「私も、本多さんと同じです。白琴会との接点は出来るだけ減らすように。案内所にいるのも、おばさんの考えがあってのことです。出来るだけ公共の場に、外の人の目に触れているようにして、白琴会から個別の接触をし難くしたかったようですね」


そんな意図まであったのかと思い、真人は軽く唸った。

単身者が増えている最近では、特に若年層の町内会や自治会加入率が下がっているという。日中に仕事や外出が多いと、必然的に地域交流での地元との接触機会は減っていく。


それと同じ理屈で、出来るだけ公共性をもたせて外部との交流の機会を増やしておけば、もちろん露出は増えるだろうが、逆にそれが一種のアイドル効果を生み、地域との関係が深まることをとどめられるというのか。


寛子や佳澄が、ミス渋柿などというわけの分からない肩書を持っていること。まるで付き人か何かのように真緒に連れ添っているように見えること。

ただ仲が良いというだけや、親代わりという以外の意図があるのかもしれない。良く言えば付き添っているということだが、言葉を悪くすれば、監視あるいは警護の一種とも言えるのではないだろうか。


「行きましょう、本多さん。佳澄ちゃんはおばさんと違って、本多さんを吊り橋のほうに連れていくのも暗黙の了解という感じでしたから」


真人はうなずいた。

やはり、寛子と佳澄には少し考え方の違いがあるのだ。

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