駐在所を出て、真人は車に向かった。

車内に戻ると駐在所からは死角になる。少しほっとした。


この村では、白琴会と無関係の者はいない。


渡辺駐在の態度と合わせて考えれば、それは駐在や宿の人間も例外ではないということを示している。


本当に夕食に何か仕込まれていたのだとすれば、真人の襲撃犯と宿の人間はつるんでいることになる。

そしてあの駐在も、どこまでかは分からないがそれを知っている。


それでも駐在として彼なりに職務上の義務も果たそうと、真人にヒントを与えようとしたようだ。

例えば、彼自身が捜査をすることは出来ないが、真人が動いた結果に対してなら、何も言わないのかもしれない。


阿賀流における白琴会がそうであるかはまだ分からないが、小さな村、閉ざされた土地の住人には独特の権力構造がある。

都市的、近代的な権力や体制よりも、はるかに深く根付いたものがあり、表に見えないとしても実際はその枠組みのなかでしか何も動かない。


仮に駐在や宿が白琴会と直接は関わってはいないのだとしても、白琴会のすることに口出しすることも出来ない。そんな力関係がかいま見えたようだ。


真人は、ひとまず昨日の案内所に向かうことにして、車を出した。


ハンドルを握りながら、さらに考えた。


何者かが真人を狙っているとする。


だが、理由が分からない。

金目のものを盗むため、なんてわけはない。

カメラとパソコンの被害はむしろ偽装なのではないか。


襲撃者は、本当は真人自身に用があった。

考えすぎだろうか。

なぜそんなことをする必要があるか。動機がない。


あるとすれば、美奈子とのつながりぐらいだろう。

白琴会が美奈子の失踪にも関わっているということだろうか。


真人は首を横に振った。

だんだん思考が深みにはまってきているようだ。

そう単純に仮説に仮説を積み上げてしまうべきではない。


少し冷静になろう。


昨晩の宿の出来事から、事実だけを振り返っていくと、今から向かっている案内所まで遡る。


そうだ。案内所を出るとき、何か少しだけ引っかかったのだ。

何が?


案内所でのやり取りを必死に思い返していく。


案内所の真緒嬢との会話中に違和感があった。白琴洞の話をしているときだ。


真人が蛇窪に住んでいたのではないかと真緒が訊ね、覚えていない真人はそれを否定した。


はっと真人は気付いた。

あの時点では真人は、阿賀流の出身とは言っていなかった。

ジョークの偽名をやめて、本名をお披露目したばかりだったではないか。


それなのに、蛇窪の話題を持ち出してきたのは、彼女からだ。

真緒は、真人の名前を見ただけで、阿賀流出身だということが分かったのだ。


つまり可能性は二つ。

真緒本人が真人と阿賀流村の関わりを知っていたか、それとも誰かから聞かされていたか。

あるいはその両方か。


さらに考える。

あの宿に真人が泊まっていることを知っていたのは、案内所と、宿だけのはずだ。

それなのに、少なくとも怪電話の男と、白琴会の襲撃者達も知っていた。


白琴会は、村の全員とつながっているという…。


真緒嬢を問い正したほうがよさそうだ。

何か、彼女は知っている。

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