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村の中心地、昨日の観光案内所からそう遠くない並びに、駐在所はあった。
建物の前に車一台分の駐車スペースがあり、可愛らしい軽パトカーがちょこんと収まっている。
真人は道端に車を停めた。
建物に顔を出すと、机に座っている警官がいた。
四十代……いや、土地柄で少し老けて見えるだけで、真人と同じ三十代かもしれない。
小太り気味で、脂ぎった丸っこい顔。太い黒縁の眼鏡。
どこから見ても憎めない第一印象だ。
警官は顔を上げた。デスクの手書きプレートが見える。「渡辺」さんらしい。
柔らかい笑顔で訊ねてくる。
「どうしました?」
「はあ。実は昨日、旅館にいたんですが、人に襲われまして」
「襲われた? 穏やかじゃないですね」
渡辺駐在の表情が曇る。手元の紙を引っ張りだしてメモを取りはじめた。
「お名前は…はいはい。あと携帯でいいから、連絡先を…はいはい」
訊ねられるまま伝えながら、真人は話の切り出し方を考えた。
「どう説明すればいいか…。自分でもよく分かってないんですが、旅館で変な連中に部屋を物色されまして…」
「そりゃ難儀でしたなぁ」
「その…とにかくビックリで、そのまま逃げてきたもんで、荷物とかもそのままで…」
渡辺は微笑んだ。
「その件だったらもう、旅館のほうから相談ありました。泥棒は入るわ、その部屋に連泊のはずのお客さんはドロンするわって」
「なんだ、それなら話は早い。ドロンしたわけじゃないんで。お金も払いに行きますよ」
「いや、それには及びません。本官のほうで、旅館からボストンバッグ預かってますから」
「へ? なーんだ…」
渡辺はゴソゴソと真人のボストンバッグを引っ張り出してきた。
「えーと、着替えなんかでしょうかね。残念ながら、カメラ、ノートパソコン、そういった電化製品の類は、盗られてしまったようですがね。換金性高いですからなあ。あとは大丈夫だと思いますよ。宿のほうから、その分のお詫びとして昨日の宿代はサービスするって、伝言も預かってます」
「はあ…。電化製品はアウトですか…」
確かに、衣類と折りたたみ傘が入っているだけだ。変わった犯人だ。
しかしバッグと着替えが戻ってきただけでも運が良かったと考えるべきか。
指示どおりに荷物の引き取り手続きを進めながら、真人は訊ねた。
「宿の人達、青い道着の連中のこと、何か言ってませんでした?」
「青い道着?」
「ええ。そいつらが部屋を荒らしてったんです」
「ほう…。本当ですか?」
「確証はないですが、それ以外考えられなくて」
「青い道着といえば、そりゃあ白琴会ですなあ」
「白琴会…? 白琴洞の白琴ですか?」
「そうです。白琴洞の辺り一帯は蛇窪の住人には昔から大切な土地でね、そこから広がった民間団体というか、そんなようなものでさ」
「宗教団体ってこと?」
「いえ、違いますよ。あくまで民間信仰でして、いかがわしい団体ではありません。なんせ知人や親戚筋をたどれば、この村で彼らにまったく関わっていない者はいないでしょうな」
真人は首をひねった。
「どうしてそんな連中が俺を襲うんです?」
「さあ。何かの間違いでしょう。白琴会はそんなことをするはずがありません。放っておきなさい」
「はあ…」
釈然としない感じは残ったが、どうも白琴会のことになると、渡辺駐在が不機嫌な口調になったように感じられた。
話を変えたほうがよかろうと真人は判断した。
「えと、あのう、宿代はサービスとしても、連泊の予定だったんで、予約はまだ残ってるんですが…」
「ん? おお、予約はキャンセルでええと言っとりましたよ。そんなことがあって同じ宿というのも気分が悪いでしょうからなあ。だから、もうあそこには顔を出さんでも大丈夫です」
「そうですか…ふむ」
真人は唸った。旅館の後始末をスムーズに回避出来そうなのはよかったが、今後の拠点はどうするべきか。
「幸い、今はシーズンオフですから、案内所でまた別の宿を探してもらってはどうです?」
と提案された。
「そうですね。そうしますか…」
うなずいてみたが、なんともいえない違和感を真人は抱いた。
どうも、しっくり来ない。
この駐在の口ぶりが好きになれない。さっきから引っかかる。
昨日の宿の襲撃からこれまでのことが、うまくはぐらかされているような感じだ。
まるで真人が宿に戻るのをやめさせるかのような、至れり尽くせりな世話の焼きよう。
盗まれていない荷物までこうしてここに―。
はっとした。
渡辺駐在は、カメラとパソコンが無くなった、と真人に告げた。
だが、思い返してみろ。
真人は、何が無くなったかを、自分からは言っていない。
なぜ真人の荷物の中身を、宿と警察が知っている?
「不思議だなあ」
真人はつぶやいた。
背筋に寒気を感じている。
直球は避けることにした。
「何がです?」
「いやね、どうして宿の人、俺の携帯に電話してこなかったんだろうなあ。連絡先知ってるのに…」
「そりゃあ、ちょっと外出してるかもしれないぐらいで、いちいち客に電話はせんでしょう」
「泥棒が入ったのに? そのうえ客が一人行方不明なら、そいつの正体が泥棒なんじゃないかって、真っ先に疑うと思うんですけどね…」
「だから、先に警察に連絡したんでしょうが。分からん人じゃなあ、あんた」
渡辺の態度が次第に威圧的になってきた。
少し雲行きが怪しい。
潮時と真人は感じた。
「いや、それもそうですね。すいません、失礼しました。あのー、じゃあこのぐらいで、そろそろ行きます」
だが、真人には、ただ引き下がるような聞き分けの良さはない。
「あ、コロンボじゃないんですけど、あと一つだけ、教えてくれませんか?」
「なんです?」
「その、青い連中…白琴会でしたっけ? その連中が、この村なら誰もが関係してるってことは、宿の人達もどこかでつながってますかね」
渡辺の目線が泳いだ。
「さあねえ。いくら駐在とはいっても、村人一人一人のことまでは、プライバシーだから分かりませんよ」
「じゃあ、駐在さんは?」
「?」
「自分のことは分かるでしょう? どこかで白琴会と関係があるんですか?」
渡辺は机に目を落として、顔は上げないままつぶやいた。
「この村に、白琴会と無関係の者はいませんよ」
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