それから、真人の生活は狂った。


真人は当てもなく美奈子の行方を探しながら、それでも大学だけは通い続けるようにした。

美奈子との約束のように思えたのだ。


しかし一ヶ月経つと、家賃の催促が入った。

美奈子はあとに残される真人のことさえ本当に何も考えずに行方をくらましたのだ。


当座の貯金でその月はしのいだが、電話、電気、ガス、水道と、滞納は次々に増えた。


水商売の美奈子は、貴金属や宝飾品を相応に持っていた。

しかし真人はそれらには一切手をつけないように、鍵つきの小箱にすべてしまいこんでしまった。

それらを取り崩すことは、美奈子にもう会えないことを自分で認めることになりそうで、ためらわれた。


いつか美奈子が戻ってくると信じて、払える限りはバイト代を生活費に当てたが、焼け石に水だ。

あっという間に真人の生活はバイト尽くしになり、大学に行く時間は消えた。


借りていたマンションの部屋も、やがて追い出されることになった。

さらなる滞納を警戒した家主が調査したところ、驚いたことに、美奈子が立てていた保証人は実在しなかった。


別の保証人が立てられるなら、と真人は言われたが、その段階になって気付かされた。

真人には、いざというときに頼れるような親戚も、深い親交があり頼れる知人もいなかった。


ただ交際が少ないという次元ではなく、思い返せば真人は、美奈子以外の大人のつてを、まったく知らなかった。


美奈子が、そうなるようにしていたのだという考えに至らざるを得なかった。

真人の周りから、大人や親戚は排除されていた。


美奈子を除けば、真人は天涯孤独だった。


あとは落ちるだけだった。


マンションを追い出されることになり、家財を処分した資金を元手にして、なんとか保証人不要格安のボロアパートを借りた。

大学はもちろん通うどころではなく、学費滞納で、やがて除籍となった。


私生活はといえば、自分でも説明が出来ないような衝動と短絡的な言動に振り回されるようになった。


ふっと行き場のない苛立ちに支配されるときがあり、そんなときはもうどうにも自棄っぱちになるのだった。


その刹那的な言動の結果、バイト仲間の娘を勢いだけで抱いて、そのまま妊娠させることになった。


当然、身寄りもない、学歴も貯金も稼ぎも何一つない真人との結婚が許されるはずもなく、それっきり彼女と会うことも出来ないまま、その恋は終わった。


子どもは向こうの親の費用で堕ろしたらしいのだが、そう噂に聞いても、真人の荒んだ心は何も感じなかった。


それからも相変わらずだった。

長いフリーター生活で、日々の生活にはどうにか困らない程度の稼ぎは出来るようにはなってきた。


しかし変化がないことを嫌う浮わついた気持ちは変わらずで、女癖も治るはずがない。

避妊だけは気を付けるようになったが、関係した女は両手で足りず。


後先のこともあまり考えない言動も変わらず、正社員へのこだわりもない。セクハラで懲戒解雇も経験した。

特定の女に決めたくないなんて高尚なものではなく、ただどうでもいいだけだった。


だから「結婚して」と言われれば拒まなかったし、結婚してからもそんな生活を何も変えないもので、離婚も時間の問題だった。


かくして、行き当たりばったりな生活が現在まで続いている。


唯一、美奈子の捜索願を出さずにいることだけが、十年変わらない信念といえるかもしれない。


阿賀流村に行こうとしなかったこともそうだ。

決定的なことを知ってしまったり、美奈子がもう自分から戻って来ることがない、と受け入れることになってしまいそうで、それはどうにも出来ないことだった。


美奈子はどこかにいて、なにかワケがあってあれ以来身を隠しているのだと信じているし、美奈子にいつかまた再会したら、人生を狂わされた恨みつらみをこめて問いただしたい。


そしてそう思いながらも、もし再会することがあるなら、きっと子どものようにはしゃいで、別離の間にあったことを滝のように喋り、美奈子を困らせるのだろう。

そんな自分の姿が容易に思い浮かぶ。


そう、どうあっても真人は美奈子が好きだし、今でも恋しかった。


阿賀流村のほうから真人の前にノコノコと姿を見せてきた今なら、きっと美奈子につながる何かがある。

それに、美奈子は今も無事でどこかにいるに違いない。


真人は、そう確信していた。

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