3
真人は、駅前のスーパーで買い物を済ませて、美奈子と二人暮らしをしているマンションに戻った。
ポストにはハガキが一枚。美奈子宛だった。
「ただいまー」
「真人、おかえり~」
美奈子が声だけだが迎えてくれたので、真人はおやっと思った。
美奈子はそろそろ店に出かけていてもおかしくない時間だ。
「あれ、まだいたんだ?」
美奈子の返事が奥のほうからしてくる。
「真人とちょっと話がしたくてね。いつもの倍の時間お化粧してた」
「話?」
「そう。でもそのまま聞いてくれればいいよ。真人こういう話、正面で話すの苦手みたいだからさ」
「どういう話さ?」
足を止めて、美奈子の部屋のドア前に立つ。
とぼけてみせたが真人には、美奈子が切り出そうとしている話題がなんなのか、容易に予想がついた。
美奈子は真人のことになると勘がよく働く。
「就職のこと、なんか気になってるんじゃない?」
「…なんでそう思うの?」
「分かるよ。真人を一番近くで見てきてるんだからね? 今日の反応、これまでのそぶり、いろんなことからね」
「ちぇっ、かなわないな」
「キミは考えすぎるのだよ。自分のやりたいことをやればいい。どうせ、こんなババアのこと気にしてたり、恩返ししなきゃとか、そんなクソ真面目なことでも考えてるんでしょ?」
「…」
「図星かな? あのねー、人間なんてみんな誰かのおかげで大きくなっていっちょ前になるの。私に気を遣うぐらいなら、あんたがこれから出会ういろんな人に、少しずつその感謝の気持ちをお裾分けしてやりな」
「まあ、そういう考え方は理屈では分かるんだけどね…」
真人は言葉を濁す他なかった。
美奈子の言うことは半分は当たりだが、そう単純ではない真人の想いをすっかりよみきっているわけではない。
しかしそれを美奈子に言ってどうするというのか。
こういう気持ちは、おそらく鍵をかけたまま墓まで持って行くことになるのだろう。
それ以上、同じ話題を続けたくなくなって、真人は少し露骨だが話題を変えることにした。
「そんなことより、ハガキ来てたよ。姉ちゃん宛で」
「話、逸らしたな? まあ、キミがいいなら私は何も言わないけどさあ。で、ハガキどこから? いま両手が離せないからさ、読んでくれない?」
「どこからだろ。ちょっと待って……。あれ、阿賀流ってうちらの田舎じゃ?」
「え、阿賀流から?」
「うん。社名変更のお知らせ。当社は仙境開発株式会社に社名を変更しました。今後とも変わらぬご愛顧をお願い申しあげます。通年Uターン採用しています。阿賀流出身の皆様、ぜひ阿賀流にお戻りください」
味も素気もない。そう印刷で書いてあるだけで、あとは工場らしき小さな写真があるだけだ。
しかし妙にこころ惹かれるハガキだ。
というのも、阿賀流村から美奈子宛のハガキ自体が、ほとんど見かけたことがない代物ゆえだ。
「…あ、姉ちゃん」
美奈子が部屋を出てきた。見るからに身支度は未完成だというのに。
こんなことは今までに一度もない。
化粧中に間違って部屋に入っただけで、ジャンピングニードロップの直撃を浴びたことがあるほどだ。
反応に困って間抜けに突っ立っていると、美奈子の真剣な顔が近づいた。
「そのハガキちょうだい。あとでゆっくり見るから」
「あ、ああ」
なんだかおろおろする真人だったが、美奈子はハガキをひったくると、それ以上なにも言わずに部屋に戻った。
こうなると天岩戸のアマテラスで、真人にはどうすることも出来ない。ただ首をかしげて自分の部屋に戻るしかなかった。
それから十分もすると、美奈子が部屋を出て、慌てた様子で仕事に出ていく物音がした。
真人がいるのに、行ってきますの声もかけない。あとになって思えば、これもまた有り得ないことだった。
あのハガキが、よっぽど美奈子を動揺させたのだ。
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