魔女のお茶会



 まえまえから思っていたのだけれど。公爵の周りには、綺麗な女性が多いような気がする。それも、年上ばかり。


 今日は魔女も含めて総勢八人。


 公爵とわたしが応接室に入ると、魔女を中心に、室内装飾に負けず劣らず華やかに着飾った女性たちが丸テーブルを囲んでいて。

 真っ白なテーブルクロスの上、色鮮やかな花々を咲かせていたのは、出席者の人数ぶん用意された揃いのティーセットだった。

 銀製のプレートには、こちらもきらきらと、クリームや果物などをふんだんに使い、芸術的にデコレートされたドルチェが目移りするほど並んでいる。


 贅沢の極みにしか見えないこの現状を、どう判断材料にすればいいというのかしら。開かれていたのは魔女主催、商家の令嬢や夫人たちを招いてのお茶会だった。


「ヴェントスさまに婚約者がいらしたなんて。器量好しの娘が誘っても、なびいてくださらないわけですわ」

「そういうあなたも、娘婿にと狙っていらしたのではなくて?」

「あら、あなたもですの? わたくしは姪を貰っていただきたいと、以前からお願いしておりましたのよ」

「これは隠していらしたヴェントスさまの罪ですわね。それにこのように可愛らしいかたなら、もっと早くにお目にかかりたかったわ」


 割り込む隙どころか、息つく暇もなく繰り広げられているこの会話は、話題の最重要人物——ヴェントスを名告る公爵が、女性たちにわたしを紹介した直後から続いていた。


 その合間を上手く読み、素知らぬ顔で清々しいまでに柔らかな笑みを浮かべたのは、言うまでもなく公爵だった。


「では、私はいったん下がらせてもらいますが、皆さまはごゆっくり、ご歓談ください」


 君はここ。と、魔女の隣にある椅子を引いた公爵に、わたしは大人しく従う。

 席に着くと、公爵はもうひとことつけ加えた。


「それから私の婚約者を、あまり困らせないでください。とくにミネルヴァさま」


 名指しされた魔女が、横目で公爵を睨む。


「口の聞きかたには気をつけたほうがいいわよ、ヴェン。けれど心配は要らないわ。アネモネもロベリアと同じく、わたしの娘だと思ってわけ隔てなく接するつもりだから」


 その、魔女の台詞もそうだけれど。

 まえもって口裏を合わせていたとはいえ、公爵は面倒なことに、わたしをヴェントスの婚約者、しかもアネモネと、皆に紹介していた。

 シエロの母親の実家でもある、豪商フィーニ家。その遠縁で、いまはロベリアの侍女を務めているという、これまた適当な設定つきで。


 そこにひとりの女性が、魔女へと質問を投げかける。


「ロベリアさまにはやはり、お目にかかれないのですか?」

「そうなの。息子が許してくれなくて。新婚で片時も離れたくないのはわかるけれど、妻にまで引きこもり生活を強要するなんて。ルクスの溺愛っぷりといったら——」


 そこまで口にして、魔女がぴたりと言葉を途切れさせる。そんな彼女の視線のさきには、笑顔の公爵がいた。


 ほかの女性たちは気づいていないようだけれど、そこはかとなく黒い空気を纏った公爵は、間違いなく怒っていて。魔女もそれを察したのだと思う。

 なのに……。


「下がるのではなかったの? ヴェン」


 微笑みで応戦された公爵は、身分を偽っているだけに反論できなかったようで。

 頑張って。と、小声でわたしに言い残し、薄情にも応接室を出て行ってしまった。

 直後、好奇の視線がわたしに集中する。


 二十代前半くらいかしら。最初に口を開いたのは、わたしの隣に座っていた、この会の出席者のなかでは一番年若く見える女性で。


「味気ないオリーゴのドレスも、刺繍ひとつでこのように素晴らしく生まれ変わるのですね」


 称讃を貰ったのは、あの、無駄になってしまったと思っていた空色のドレスだった。

 今日はこれ。と、公爵に勧められるままに着てきたけれど。刺繍が注目を集めると予想したうえでの選択だったのかもしれない。


 身ひとつで大海に放り出されたような気分で、この状況には戸惑いを感じていたところ。手ずから刺した刺繍が話題になっただけなのに。まだまだ窮屈ではあったけれど、狭いながらも居場所を見つけられた気がした。


 わたしが席に着いてからのお茶会は、そのように刺繍の話に始まり、いまは、ブラン共和国への遠征で得た成果の話で盛り上がっていた。

 遠征といっても、魔女がブランに滞在していたあいだのことらしく。聞いた限りでは、サロンや夜会など、滞在中に招待されたさきざきで、魔女が衣装を披露してまわっただけのようにも思えた。


 けれどその衣装には、サンファーロ王国産の絹やレースが使われていて。魔女自らがそれらを売り込む、広告塔としての役割を果たしてきたようで。


 わたしの正面に座っていた女性が、熱のこもった眼差しを魔女へと向ける。


「実際ブランからは、絹織物やレースの注文が格段に増えましたもの。ミネルヴァさまだからこそ、成し遂げられた偉業ですわ」

「おおげさね。それにわたしだけの力ではないわ。日ごろから皆が積み重ねてきた、努力があればこその結果よ」


 まんざらでもない笑顔で、魔女は謙遜の言葉を口にしていた。

 そこでまた、別の女性が熱く語りかける。


「けれどミネルヴァさま。わたくしが真似をしましても、同等の成果は得られませんわ」


 魔女を持ち上げる台詞には、すぐに賛同の声が上がる。


「そうよね、ジョイア。あなたの場合、ミネルヴァさまとは逆に、売り上げ不振を招いてしまいそうですものね」

「エリデ。その言葉、一言一句漏らさず、あなたにお返しするわ」


 微笑みを交わし、名を呼び合ったふたりだけれど。もしかして、仲が悪かったりするのかしら。ふたりとも、魔女とは違った美しさや魅力を持っているのに。

 ただ、辛辣な台詞の応酬にひやひやしていたのは、わたしひとりだったのかもしれない。

 そこで空気を読んでか読まずか、笑みを零したのは魔女だった。


「ジョイアもエリデも、とても魅力的よ。けれど羨ましいわ。ふたりは気兼ねない意見を交わせるほど、仲がいいのね」


 そう口にした魔女の言葉に、皮肉や意図を感じさせる響きはなく、本当に羨ましく思っているようだけれど。

 微笑みを向けられたふたりは、困惑していた。


「そのように、ミネルヴァさまが羨むような関係ではありませんわ」

「そうです。生家が隣同士という、ただそれだけの関係で——」

「そう……なの?」


 しゅんとして、魔女が表情を曇らせる。

 いまにも泣き出してしまいそうで。そこから一転。慌てたのは、魔女に悲しみの表情をつくらせてしまった当事者ふたりだった。


「いいえ、仲良しです! ええ、それはもう『大の』がつくほどの仲良しですから! そうよね、ジョイア!?」

「そうですとも、ミネルヴァさま。ご覧ください、このとおりです!」


 しっかりと手を取り合ったふたりを見て、魔女がふたたび微笑む。


「よかった、安心したわ」


 大の仲良しを主張したふたりも、揃って安堵の表情を浮かべていた。

 これは記憶違いかしら。どこかで、似たような展開を目にした覚えがあるのだけれど。ともあれ、怪しくなりかけた雲行きも、魔女のおかげで和やかなものに戻っていた。


 そしてめまぐるしく変わる話題は、織りや染色の技法から製糸に遡り、ついには養蚕ようさん業に言及するまでに発展していき……。


 公爵は頑張ってと言っていたけれど。理解するのに必死で、聞き逃さないよう話を追うことしかできず——。

 前領主、王弟レオパルドの代から推進していた養蚕業が軌道に乗り、この国の主要産業に育ちつつある現状も、このお茶会で初めて知った。


「極東の品にはいま少し質で劣りますが、すぐに遜色のないものを織り上げてみせると、父が意気込んでおりました」


 年若い女性が発した気概溢れる言葉を受け、魔女はなにかを思い出したようで。傾げた首が、微笑みとともにわたしへと向けられる。


「そういえばまだ、感想を聞いていなかったわね。ロベリアの部屋だけれど。クロスや家具に使われている絹は、すべてリベルタスで生産された品なのよ」


 急に話を振られ、一瞬、なんと答えたらよいのか迷ったけれど。


「……とても素晴らしく、目にするたびに見入ってしまいます」


 率直な意見を返すと、魔女は頷き、満足してみせた。


「高品質での安定供給がまだまだ課題だけれど。我が国の絹が世界を席巻する日を、早く見てみたいわ」


 魔女の言葉に身震いする。

 それは集まった女性たちのまえで、己の夢を語るという禁忌に、魔女が躊躇いもせず触れたからで。


 信仰の根幹を成すものが崩れていく恐怖を、漠然とだけれど、わたしは感じていた。






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