4-4

コンビニは眠らない。眠ってしまえば、永遠に起きることができないからだ。次、目が覚めると大体は別の物となっている。親も違えば、色も違う。


 僕は生まれ変わっても、コンビニには絶対なりたくない。そもそも生まれ変わりたくないのだけれど、生憎僕は「輪廻の輪」と云う物を信じている。僕の魂は使い古された者だと、そう信じて疑わない。


 理由は?と問われても、答えられはしない。僕は有名な学者でもなければ僧侶でもない。はたまた、牧師でも神主でもないので説明など不可能で考えたこともない。ただそう思う一般人だ。


 とか思いつつ、コンビニで花火を購入する僕は全身スエットに着替えた、百合とすっかり深い眠りについた学校へと向かっていた。


 使うのと使われるのとでは大きな違いだ。


「ほんとに大丈夫?」

「大丈夫も何も……終電がもう行ってしまったんだから、どうしようもないだろ?もう、今日は百合に付き合うよ」


 先を歩く百合は手を上にあげて大きく伸びをした。「ありがと」他人事みたいに、能天気だ。


 もともと、僕の家の方に行く電車の本数は少ないのだけれど、終電の時間が早すぎないかと思う。きちんと調べて来なかった僕が悪いのだけれど……。もう何を言っても手遅れだ。


 幸い、百合のもう一つの嘘のお陰で、ホームで眠るという最悪の結果にならなくて済んだ。


 全くと言っていいほど役目を果たしていない校門を乗り越えた僕たちは、警備員も見回りに来ないプールの裏で蠟燭に火を灯した。夜の学校は、怪談で聞くよりもずっと普通で恐怖なんて一切感じなかった。百合と二人だからもあるのだろうけど、暗く静かなだけで何も変わりはしない。


 僕たちはさっき買ったばかりの線香花火を取り出し消火用のミネラルウォーターを横に置く。音や光で近隣住人に通報されないようにと、普通の手持ち花火は買わなかったけれど、ここだったら誰にもばれなさそうだ。


「ごめんね、家に泊めてあげられなくて。親戚が来てるから……」


 百合は線香花火に火を付けながら、そう言った。


「いいよ、いいよ。」女の子の家に泊まれるわけがないだろと思いながら僕は線香花火に付けた。


 淡い光を放つ先端の火球から、無数に線を描くように火花が散る。そして線の先でまた小さく火花が弾ける。この空間に束の間の静寂をもたらし、力尽きると儚く散る。


「私ね、毎日一緒に駅まで帰るのがすごく楽しかったんだ。自分が一番匙君の傍に長くいれてる気がして……。だから嘘ついて、家の反対にある駅まで一緒に付いて行ったの」


 新しい花火を手にして「ほんと私、嘘ばっか」と自虐的になる。


「僕も楽しかったから、別に思いつめなくてもいいよ。それより切符はどうしてたの?」

「初めは一番安い切符を買って改札を抜けていたけど、一週間目くらいから駅員さんがお金返してくれるようになったの。きっと見かねたんだと思う」

「優しい駅員で良かったね」


 彼女はあくまで無邪気に笑って「たとえお金が返って来なくても、私は毎日切符を買っていたわ」僕は震える携帯を開き「ありがと」と言った。


『お兄ちゃん、どこにいるの?』


 僕の帰りを心配した鈴からだ。


『ごめん、終電逃してしまったから、明日の朝帰る』


「親御さん?」

「違うよ、妹から。どこにいるか聞かれただけだから、大丈夫」


『朝帰りって……』鈴の返信も速かった。『妙な言い方しないでくれ』、『冗談』勘弁してくれ。


 僕は携帯を閉じて、大きく虚空に息を吐いた。どこでそんな言葉をと、父親みたいな事を思ってしまったのが恥ずかしい。


 妹の将来が心配になりながらも僕は最後の線香花火が散るのを見届けた。すべてのゴミに、念入りに水をかけてコンビニ袋に詰めていく。


「次は何をする?」闇に慣れた目で百合を見ると、彼女は「あそこに行きましょ」と部室練の前にある色の禿げたベンチを指さした。


 野球部が使うグローブや陸上部のスパイクなど、様々な使い古された道具の臭いが漂う部室練は、校舎同士に囲まれているため月明りすらも、あまり届いていなかった。


「匙君は秋菊さんの事が好きなんでしょ?」


 百合は唐突にそう切り出した。


「なんでわかったの?」

「ぶっきらぼうで綺麗な人ってそう多くないわ」

「確かに」僕は自嘲気味に笑った。

「私ね、秋菊さんと喧嘩したことがあるの」

「なんで?」

「事故の後、彼女は花濱匙なんか知らないって言ったから、つい腹が立って怒号を上げてしまったの。匙君はあなたを庇ってあんな状態になったのに、なんでそんなに平然としてられるの?私にはわからないってね……」


 百合は淡々と、たまに感情的になりながら、その感情を抑えるように語る。一度息継ぎの間を入れて「だけど」と続けた。


「彼女はきちんと苦しんでいたの。怒った私を引きずるようにして、葛葉先生が私を保健室から出して、向かいにある指導室まで連れて行ったの。意外と先生力強いのよ。それで毎日彼女が教室で嘔吐しているってことを聞かされたの。朝一番に学校へ来て、教室で泣きながら吐き、保健室へ駆け込む、信じられなくて朝から彼女をつけて確かめたことがあったけど、事故の直後みたいだったわ」


 そして彼女は「けど、私も匙君を譲れなかったかったからどうもしなかった挙句嘘を吹き込んだのだから、最低な悪女ね」自己卑下で締めくくった。


 すると、それを日計らったように携帯がメールを受信した。マナーモードになっているにも関わらず、初めから登録されている甲高い電子音が夜の学校に鳴り響いた。


 慌てて、半ば反射的に取り出して開くとメモリーから「最後のヒント」と云う件名のメールが届いていた。うまく空白を開けていて、冒頭が画面に表示されておらず、白紙メールが届いたみたいだった。


『「空白は、キミ」』


 たった一行、そう書かれていた。


――繋がった。


 バラバラに分割していたパズルが一気に組み立てられていく感覚だ。

「記憶の欠片は、心の中に」……凸、「テーマは、愛」……凹、「偽りの、嘘」……凸、そして最後「空白は、キミ」……凹。


 ほんと、僕の視野は狭かった、狭すぎた、狭苦しすぎた。


 彼女が失った記憶は「事故の事」じゃなかったんだ。彼女が、紫苑が失ったのは僕、「花濱匙」だったんだ。


 そう、『鍵』は、紫苑の中にある僕だ。


――最後は答えみたいなものじゃないか。


『うるさい』


 横では何も知らない百合が「どうかした?」首を傾げているので僕はこう答えた。


「僕は死ななくて済みそうだ」


 明らかに「?」が彼女の頭上をうっとおしそうに飛び回っているが、諦めて「変なの」


「百合、先生の電話番号を知っているか?」

「知っているけど何に使うの?」


 彼女には申し訳ないが「紫苑のためだよ」と言うと、「自分でふった女にそれを頼むかな?普通」呆れたように手を開いて手の平を上に向けた。


「まぁいいや、教えてあげる」

「ありがとう、助かるよ」僕を見つめて「けれど……」悪い顔をしている。

「あなたがフラれて、私を好きになることを願っているわ」

「酷いなぁ」彼女は自慢げに「お互い様でしょ」優しく微笑んだ。


 だから僕も百合を見つめて言う。


「あぁ、お互い様さ」

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