第15話 ココロに花を傷ついた願いに愛を
目を覚ますと椎奈はまだ横で寝息を立てている。
余程疲れていたのだろう。起き上がると椎奈先輩が目を覚ましてしまった。
「おはよう、椎奈」
「しゅ、シュン君? どうして? えっ、今、椎奈って言った? へぇ、ここは何処?」
飛び起きて必死に今の状況を理解しようとしている。それでも俺が隣に居る事は理解不能なのだろう。
「椎奈が起きてくれないから仕方が無くて母ちゃんが勤めているホテルに連れて来たんだ。でも、何もしてないよ。一緒に寝ていただけだから」
「シュン君と一緒に……」
「勝手な事をしてごめんね」
椎奈が慌てて首を横に振ってくれた。
「シャワーでも浴びてすっきりしてきたら」
「うん、でも」
「これ、母ちゃんが用意してくれてるから」
紙袋を渡すと椎奈が中を確認してホテルが用意してくれた車椅子でバスルームに向かった。
もう少しベッドでゴロゴロできそうだ。2度寝しそうになったところで椎奈がバスルームから出てきた。
きちんと髪を乾かして軽くメイクまでしてある。朝食をどうするか考えているとノックする音が聞こえた。
「映画みたいだね。シュン君」
「そうだね」
ノックの音は朝食のルームサービスだった。
恐らく母の仕業だと思うが起きる時間が何で判るかは母の強みと言う奴なのだろう。遠慮なく頂くことにした。
椎奈の体のことを考えてノンビリしょうかと思っていたのに窓から外を見ていた椎名が振り返った。
「シュン君、結婚式してるよ」
「ん、6階にあるガーデンテラスかな。見てみたいんですか?」
「うん、でも無理かな」
「行ってみますか?」
あれほど見に行きたそうだったのに椎奈が急に視線を落としてしまった。
急にテンションが落ちたので不思議に思って腰を落として顔を覗き込んだ。
「どうしたんですか、突然」
「あのさ。シュン君とは恋人同士になったんだよね」
「そうですね。大好きですよ」
「それじゃ……駄目かな」
椎奈が不安そうな瞳で俺を見て目を閉じた。不安なら取り除いてやりたい。
でも、鼓動が跳ね上がる。静かに唇を落とすと柔らかい物がふれ椎奈が目を開けてゆっくりと離れた。
「ありがとう」
「不安なら不安だと言ってくださいね。俺も言いますから」
「うん」
ロフトランドクラッチを持って車椅子を押して部屋を出る。
エレベーターで下に向かいガーデンテラスに向かうと春の日差しの中にスカイツリーが見え鐘が鳴り響き青空にパステルカラーの風船が沢山舞い上がっていく。
「綺麗だね」
「そうですね。素敵ですね」
2人で見蕩れていると着信音が聞こえる。俺のスマホは部屋に置いてきたはずだ。
「ごめん、未希。連絡するの忘れてた」
「シュン君、ここは何処の」
「錦糸町だよ」
「うん、錦糸町。うん、ありがとう。未希が迎えに来るって」
どうやら眞鍋先輩からだったらしい。俺のところまで声が聞こえてくるくらい心配していたのだろう。
一緒に暮らしている親友が一晩帰ってこないのだから当然と言えば当然だろう。
取り敢えず部屋に戻りロビーラウンジで待つことにした。
紅茶を飲みながら待っているとキョロキョロしながら眞鍋先輩が椎奈の車椅子を押しながら迎えに来た。
少し立ち上がり手を振ると睨まれてしまう。
「随分、セレブじゃない」
「未希、連絡できなくてごめんなさい」
「もう良いわよ。怒る気満々で来たけどこんな凄いホテルにいたなんて」
「そうなの。部屋も広くて。景色も素敵で。ね、シュン君。それにスカイツリーが見えるガーデンでやっていた結婚式が素敵で沢山の風船が空に舞い上がって行ってね」
椎奈が説明すればするほど眞鍋先輩の温度が下がっていて俺を見る目が厳しくなっていく。
この辺で止めておかなければ後々大変だろう。
「椎奈先輩、その辺で良いんじゃないですか?」
「えっ、何で先輩に戻っちゃうの?」
「なんで質問を質問で返すんですか。俺はTPOを守っているだけです。眞鍋先輩、すいませんでした。俺が連絡すればよかったんですけど」
「シュンは留学から帰って来たばかりで疲れっていたんでしょ。もちろん何もないわよね」
椎奈が横で盛大にクエスチョンマークを頭の上に量産している。
「何もないですよ。椎奈を大切にしたいしですし」
「そんなシュンだから真琴を任せられるんだけどね。真琴も我がままを言ってシュンを困らせちゃ駄目よ」
「未希は私そんな子どもじゃないし」
頬を膨らませて子どもじゃ無いもないだろうと思うのだけれど。
時計を見るとお昼近くになっていて、眞鍋先輩を誘ってどこかでランチにでもしようと立ち上がる。
「出ましょうか。どこかでランチにしましょう」
「もちろんシュンの驕りでしょ」
「そうですね。眞鍋先輩には心配と迷惑をお掛けしましたから。車椅子を返してきますね」
椎奈が自分の車椅子に乗り換えてホテルの車椅子を押してラウンジの清算を済ませフロントに向かう。
それを見たベルボーイが直ぐに近づいてきて笑顔で車椅子を受け取りに来てくれた。
フロントにメッセージがあると言われ……
「すいません遅くなりました。少し寄りたいところがあるんですけど」
「凄いホテルよね。サービスも行き届いているしエントランスもそうだったけれど吹き抜けのラウンジも豪華な造りだし」
「シュン君のお母さんが働いているホテルなんだよね」
「それでなの。安心したわ。宿泊代だって安くはないでしょ」
確かに大学生がおいそれと来られるようなホテルではないのは確かだ。眞鍋先輩の言う通り母が勤めていなければ俺だって尻込みしてしまう。
メッセージ通りに朝食を食べたダイニングレストランに来ると母がスーツ姿で現れた。
「ご無沙汰しています。眞鍋さんに椎奈さん」
「あの、色々とご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」
「椎奈さん、気にしないで。駿也を宜しくね。眞鍋さんにはなんとお礼をすればいいのか分らないわね」
「そんなお礼なんて。私こそ有難う御座いました」
母と眞鍋先輩が頭を下げ合っているのを見て何となくあの場所で椎奈に再び会えた理由が分かった気がした。
増々頭が上がらなくなってしまったようだ。
「そうだ、当ホテルのランチブッフェを皆さんでどうぞ」
「ええ、良いんですか?」
「不肖の息子がお世話になっているんですから。支払なんて気にしないで遠慮なく楽しんでくださね」
「「有難う御座います」」
椎奈と眞鍋先輩が嬉しそうに顔を見合わせて深々と頭を下げている。
最初から母はこうするつもりでいたのだろう。何故なら挨拶するだけならフロントに居れば良いのだからここに呼び出す必要は無い筈だから。
ランチ代を浮かせることが出来たが今までの借りを返すのに骨が折れそうだ。
「うわ、朝食も豪華だったけれどランチは更に凄いね」
「満喫しないとね。滅多にこんな豪華なホテルでランチなんて出来ないものね」
「そう言えばシュン君のお母さんっていつもは何処で仕事をしているの?」
「ホテル全体かな。総支配人だし」
2人が何故か皿を持ったままこちらを見て固まっている。すると眞鍋先輩の目が光ったような気がした。
「あのさ、シュン」
「椎奈と眞鍋先輩は母ちゃんのお気に入りだから割引ぐらいはしてくれるんじゃないですか」
「シュンと一緒が良いな」
「駄目。シュン君は私のなんだから」
2人きりとは一言も言っていないのに椎奈が眞鍋先輩のトラップに引っ掛かりため息を付くしかできない。
眞鍋先輩の瞳はキラキラと光りワクワクとしている。
「へぇ、シュンは真琴のモノになったんだ」
「誤解しないでね。ベッドで一緒に寝てたけれど何もないんだから」
「あら、一緒に寝ておはようのキスとかしてたりして」
眞鍋先輩の言葉に椎奈が真っ赤になり自爆した。料理を取る振りをして逃げ出そうとすると襟首を掴まれた。
「シュン、全部白状しなさい。事と次第によっては許さないからね」
「椎奈が不安そうにしていたからキスはしましたよ。それ以上でもそれ以下でもないです。言いましたよね。椎奈を大切にしたいって。だからと言って椎奈の言いなりになる気はありませんし駄目な事は駄目と怒りますよ」
笑顔になった眞鍋先輩が肩を叩きサムズアップしている。
本気なのか弄りなのか掴みどころが無くて困ってしまう。
「そう言えばカナやんは元気ですか」
「ええ元気よ。相変わらず情報収集に余念がないわね。な、何よ」
「いや、カナやんと仲良くしてあげてくださいね。眞鍋先輩」
「ああ、未希が赤くなった」
多少の仕返しも良いだろう。速攻で倍返しされて椎奈共々撃沈させられてしまったが。
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