第12話 ひとひら
大学生活が始まるとサークルの勧誘の嵐だった。
風音には俺も同席の上で綾羽が話をつけてくれた。従妹同士で法律的には結婚は認められているが結婚なんてしないし恋愛対象にもならない事。
そして風音がしてきた事を続ければ幼馴染でいる事も出来ないと言うと納得してくれて。
椎奈先輩に謝ってくれたが誰が見ても敵対心むき出しで綾羽にこっぴどく怒られていた。
もう同じ過ちはしなと思うが俺の中にはしこりが残っている。
「シュン達はサークルに入るの? そうだ先輩達はどんなサークルに入っているのかな」
「草薙さん、眞鍋先輩と椎奈先輩はハンディキャップを持つ人たちにスポーツを推進するサークルに入っているよ。椎奈先輩は車椅子テニスの日本ランカーだから広告塔の役割も果たしてるんだ」
「美人だしね。金谷君」
「そうだね。宣伝の意味も込めてミスコンに周りが推薦したけど椎奈先輩が嫌がったんだって」
「へぇ、シュンも同じサークルに入ればいいのに」
綾羽の事を一瞥すると白を切られた。
「ねぇ、シュンって椎奈先輩と付き合ってるの?」
「綾羽、マジで怒るぞ」
「お似合いだと思うけどな」
綾羽が加わり3人で行動する事が増えたけれど学部もそれぞれ違うので最初のうちだけだろう。
現に数日が過ぎると昔から綾羽は好奇心旺盛だったので早々と友人を作り行動するようになった。
それはカナやんと俺も同じ事で。
「おーい、シュン」
「何だ、カナやんか」
「酷い言い方だね」
「ごめんごめん」
普段から連絡は取り合っているが大学までの道のりで一緒になる事がある。
くだらない話をして大学に向かっていくと一台の車が追い越していき大学の前で止まった。
スーツ姿の男が降りてきてトランクから車椅子を出している。そして助手席から車椅子に椎奈先輩が笑顔で乗り移る姿が見えた。
「誰だろうな」
「さぁな。椎奈先輩にだって付き合いがあるんだろう」
椎奈先輩がリハビリに通いだしたと眞鍋先輩に聞いてから何度か同じ光景を見かけた事がある。
しかも今日は目の前で。誰なのか気になるが不用意に椎奈先輩のプライベートの事に踏み込むような事はしたくない。
そう自分に言い聞かせて気にせずに大学の門を潜ると後ろから椎奈先輩の呼ぶ声がした。
「シュン君、待ってよ」
「おはようございます」
「あのね彼は子どもの頃から兄みたいなひとでね。私が怪我してから面倒をみてくれているの」
「そうですか」
カナやんに小突かれるがモヤモヤしたものに包み込まれそうで、自分の気持ちに折り合いが付けられない。
「シュン君、その言い方は酷いんじゃないの」
「すいませんでした。以後、気を付けます」
「そうだ、綾羽ちゃんに聞いたわよ。京大に入るのは3人の約束だったんだってね」
俺の言い方が癇に障ったのか椎奈先輩が綾羽の名前を出したので頭に血が上ってしまった。
「そうですよ。晴れて仲良く楽しい大学生活が送れそうですよ。先輩も彼と楽しく過ごせばいいじゃないですか」
「彼はそんなんじゃないのに酷いよ」
「俺は逃げてばかりの酷い人間ですから」
椎奈先輩の顔が歪んだ瞬間に俺の視界が歪み頬に痛みが走った。
よろけながら顔を上げるとカナやんが拳を握り俺を睨みつけている。
「シュン、いい加減にしろ」
「カナやんに何が判るんだ」
今まで何度もカナやんと喧嘩をした事があるがここまで感情を露わにして殴り合いの喧嘩は初めてだった。
椎奈先輩の悲鳴と共に誰かに羽交い絞めにされカナやんの顔を見ると口元から血を流していた。
「金谷君、シュン。あなた達らしくないわよ」
「…………」
騒ぎを聞いて駆け付けた眞鍋先輩に問い質されたが何も答えなかった。
「今のシュンは最低よ。真琴、いきましょう」
「シュン、このままで良いのか?」
涙を拭っている椎奈先輩は眞鍋先輩に連れられ構内に向かい、今さっきまで殴り合っていたカナやんに言われても体は動かなかった。
「本当に最低だな。椎奈先輩に酷い事を言って親友を殴り飛ばして」
「シュン!」
このまま大学に行く気になれず駅に向かい歩きだすとカナやんはそれ以上何も言わなかった。
親友のカナやんにも相談せずに京大陸上部に入部した。
一概に言えないが大学の部活はサークルよりも厳しいものが多く運動部になれば練習が多く尚更で余計な事考えないで済むと思ったからで。
附属の時に走った時の騒ぎを知っている先輩がいて入部を歓迎されてしまった。
大学になればレベルが高くなり俺程度のタイムなんて何の変哲もなく練習に明け暮れる。
目標があって選んだ学部なので勉強の方も疎かにはできない。毎日がある意味充実しているが少しでも気を抜くと。
「シュンはまた寝てる」
「本当に馬鹿なんだから。シュンは」
「そう言えば椎奈先輩はどうしてるんですか? 眞鍋先輩」
「真琴も頑張ってはいるわよ。リハビリに勉強にサークルもだけどね」
時々、カナやんや眞鍋先輩とは話す事はあっても一緒に行動する事が少なくなり。
椎奈先輩とは顔を合わす程度でお互いに距離を置いていた。しばらくすると先輩に駅伝に出ないかと言われてしまう。
長距離はあまり走った事は無いが嫌いではなかったので即決してしまった。
大学の駅伝というと正月に行われる箱根駅伝が有名だろう。
今年からは5月に行われる関東学生陸上競技大会の総合順位やエントリー数をポイント化しタイムに加算したインカレポイントが廃止され、純粋に予選会のタイムだけで出場権が争われる事になっている。
駅伝の全国大会と言えば出雲駅伝と全日本大学駅伝があるが箱根駅伝は関東の大学生なら目指すべき駅伝なのだろう。
試験が終わると長期の夏合宿が行われ殆ど家にはいなかった。
9月には記録会が頻繁にあり長距離になれていない俺は時々参加させてもらった。
そして10月には予選会が行われる。
予選会は駅伝方式ではなく各チーム14名がエントリーしてその内の12名が一斉に20キロを走って上位10名のタイムで争われた。
11月になると最終的な選手の選考が行われ各地で行われるハーフマラソンや記録会のタイムが重要になり俺自身も参加した。
多くの大学が一堂に会するので力関係が見えてきて新聞を賑わすことになる。
12月10日に関東学連と呼ばれる関東学生陸上競技連盟に提出する16名のエントリーの中に食い込む事が出来た。
16名に選ばれたからと言って全員が走れるわけではなく正選手は10名で6名は補欠という事になる。
12月29日に区間エントリーが行われ正式に補欠が決定される。
補欠も重要な役割を果たし当日まで気が抜けないのは正選手と同じだ。
1月2日の午前7時に1区から5区の往路のエントリー変更が締め切られ。
1月3日の午前7時に6区から10区の復路のエントリー変更が往路と同じく締め切られる。
往路の2区は花の2区と呼ばれエースが走ることが多く留学生を配置するのもこの区間が多い。
後半の残り3キロ地点に急こう配があり後半にある難所の攻略がポイントになりごぼう抜きや失速が頻繁に起こる。
4区以外は20キロを超えていて箱根駅伝と言えば5区の標高差864メートルを駆け上がる通称・山上がりだろう。
相当な脚力とスタミナが要求され各大学もスペシャリストが走る事が多い。
コース適性が最も必要とされる特殊な区間ゆえに大差がつくことが多々ある。
復路は箱根芦ノ湖からスタートしタスキを繋ぐ。6区は山下りと呼ばれ7区はつなぎ区間だったが優勝争いする大学は7区に力のある選手を持ってくる。
8区はもっとも当日エントリー変更の多い区間で9区は2区の裏返しで復路のエース区間と呼ばれ松の9区などと言われている。
10区は言わずと知れた最終区で沿道の観客も多くプレッシャーが掛かる区間だ。
京大は優勝争いには絡む事は無いが中堅の大学で往路も14位でゴールした。
復路のスタートは1位から10分以内の大学が時差スタート行い10分以上の大学は10分後に一斉スタートする。
戸塚中継所でウォームアップしながらタスキを待つ。
記録会などのタイムから9区を任されてしまう、責任重大だが走り抜けるしかない。
順位が一つ上がってタスキを受け取り走り出す。前半は権太坂などがあり下りが多くペース配分に気を遣う。
保土ヶ谷駅を抜けると平坦なコースになりペースアップすると前を走る選手が近づいて見えた。
一進一退を繰り返しながら横浜駅を過ぎ生麦駅が見えてくる。
「シュン君!」
頭を撃ち抜くような声援が聞こえ俺を呼びながらリムを全力で弾かれた車椅子が歩道を走っている。
そして車輪が植え込みに嵌まり急停止し、車椅子の上では椎奈先輩が両手で顔を覆っていた。
モヤモヤしていたものが急速に晴れていき一気に加速する。
鶴見中継所でタスキを渡した瞬間に倒れ込み意識が途絶えた。
気が付くとテントの天井が目に入りカナやんが覗き込んでいる。
「シュン、気付いたか?」
「なんでカナやんが」
「親友だからに決まってるだろう」
喧嘩しても隣に居てくれる。カナやんも同じなのだろうか。そんな事を聞かなくてもカナやんの顔を見ればわかる。
「シュン、大丈夫なのかしら」
「大丈夫ですよ」
「あんな思い悩んだ顔で走られたら私だって切なくなるわよ」
眞鍋先輩の顔が見えその顔には不安と安堵が入り混じっている。俺は一体どんな顔で走っていたのだろう。
何かから逃れるように何かを振り切るように。情けないまた……
「自分を責める前にけじめをつけなさい。苦しいのはシュンだけじゃないのよ」
「椎奈先輩は?」
「綾羽ちゃんに付き添ってもらって送ってもらったわ」
区間賞には届かなかったがチームは歴代最高の10位になれたらしい。
監督には来期もと言われ期待されているのは嬉しいが入部の際に話した通り遠慮させてもらった
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