第11話 ひらり


桜が咲き始め入学式も無事に終わった。

そんな入学式後の休日に眞鍋先輩と椎奈先輩がお祝いしてくれると言うので大学に来ている。

少し早く着いたのでこれから通う大学構内をブラブラしていた。

カナやんは不敵な笑い声と共に少し遅れるからと連絡があり、何を企んでいるのか分らないが気に留めなかった。

花が咲き草木は新芽を出して春の息吹を感じこれからの大学生活にむけ期待が膨らむ。

時間には早いが遅れるよりはましかと思い約束のカフェに向かう。

椎奈先輩に出会い眞鍋先輩と知り合い色々な事が変わった。

他愛ない約束も上書きされ走るようになり、目指していたものがはっきりして歩き出す事が出来たのも先輩方のお蔭で。

途中で椎奈先輩を見かけ声を掛けようとしたが誰かと話していた。

一瞬だけあまり思い出したくない画像が浮かんだが思い過ごしだと思いカフェに向かう。

カフェのドアを開けると休日なので注目を浴びるが気にしないで眞鍋先輩の姿を探すが見つからない。

時計を見るとまだ時間があるので早かったのだろうと思い座って待つことにした。


しばらくするとキョロキョロしながら眞鍋先輩がカフェのドアから顔を出している。

「眞鍋先輩、ここです」

「シュン、真琴を知らないかしら。知らない高校生の女の子と話しているのを見た子がいるんだけど。連絡が取れないのよね」

「高校生の女の子ですか?」

確かに椎奈先輩は誰かと話をしていたけど相手は私服だったはずだ。

私服なら附属の生徒ではない事が容易に判る。あの時に感じたものは……

「シュン、どうしたの? 待ちなさい」

嫌な予感しかせずに眞鍋先輩の制止も聞かずにカフェを飛び出した。


グルグルと頭の中では思い出したくない場面が現れては消えていく。

「椎奈!」

不安になる度に先輩の名を走りながら叫ぶと周りの視線を集める。

眞鍋先輩も椎奈先輩も人気があるので何か知っていれば教えてくれるだろうと思ったが誰も気に留めていない。

するとスマホが着信を告げポケットから取り出す。

「シュン、どうした。眞鍋先輩が心配してたぞ」

「高校生らしき女の子と話をしていたのを見たんだけど椎奈先輩と連絡が取れないんだ」

「そんな事だけじゃ……」

「もし、あいつだったら。椎奈先輩に万が一だけど何かあったら俺はどうすれば」

それだけを言うとスマホの向こうから歯切れの悪いカナやんと誰かが話しているのが幽かに聞こえてくる。

立ち止っていることに耐えきれず切ろうとした時にカナやんの声がした。

「シュン、大学の裏山だ」

「裏山ってどこだよ」

「覚えているか。秋には紅葉が真っ赤になっている所だよ。今は桜が満開の筈だ」

京大で桜が咲いている場所は一か所しかない。

『京大は春には桜が満開で、秋には紅葉が綺麗なんだよ』

忘れる筈がない。俺が京大を目指した理由の1つなんだから。


紅葉の落ち葉の上に桜が舞い落ちている。そんな桜の下に車椅子が見えその前に誰かが立っていた。

近づくにつれて赤茶色の紅葉が嫌なものを連想させ足を速める。

「シュンの横に居るのは貴方じゃない。泥棒猫のような真似して。貴方なんか消えちゃえ」

椎奈先輩の前に立つ女の子が何かを振り上げ先輩が目を瞑った。

咄嗟に左手を伸ばし彼女が振り下ろした手を掴む。

「シュン君?」

何も言えず椎奈先輩の前に立ち尽くし後ろを振り返る事が出来ない。

俺の顔を見た瞬間に後ずさりをして少し離れた女の子の視線が落ち。彼女の頬に誰かが平手打ちした。

「風音の馬鹿! いい加減に目を覚ましなさい。もう子どもじゃないんだから」

「お姉ちゃん。だって」

「その涙の意味をお姉ちゃんにちゃんと教えて」

「綾羽、何で……ここに」

アメリカに居る筈の幼馴染の綾羽が目の前にいて叩かれた風音が泣いていて。

視線をずらすとカナやんが申し訳なさそうに両手を合わせている。

「シュン君、手を貸しなさい」

「椎奈先輩?」

いきなり左手を掴まれて血が流れ出ていることに気が付いた。どうやら風音が振り上げたカッターで手を切っていたようだ。

椎奈先輩がハンカチを取り出して左手に巻いている。

「大した傷じゃないですから。大丈夫」

「そんな訳ないでしょ。未希、早くシュン君を保健センターに」

駆け込んできた眞鍋先輩がいきなり俺の右手を掴んで引っ張り歩き出し勢いに負けて付いていくしかなさそうだ。

振り返るとカナやんが椎奈先輩の車椅子を押して追いかけてくる。

その後を綾羽と風音が視線を落として歩き出した。


眞鍋先輩に連れていかれた保健センターで怪我の治療を受けたが傷口を水洗いされ滅菌ガーゼで血と共にふき取り、消毒もせずに透明のフィルムを貼られ包帯を巻かれてしまった。

縫合されなかったので傷口が浅かったのだろう。

「大丈夫?」

「平気です。有難うございました」

「それじゃ行こうか」

「はい」

心配そうな眞鍋先輩に促されて立ち上がり保健センターを後にする。


椎奈先輩はカナやん達とカフェで待っていると聞かされた。

カフェのドアを開けて中に入ると椎奈先輩の瞳が揺れている。眞鍋先輩に尻を叩かれて重い足取りで歩き出す。

「すいませんでした」

「シュン君は謝ってばかり。いつも助けてくれて怪我ばかりして」

頭を下げると椎奈先輩の瞳から涙があふれ出て。

何もできずに立っていると眞鍋先輩に肩を叩かれ崩れるように椅子に座る。

「大変申し訳ございませんでした。私は草薙綾羽と申します。妹の風音がしたことは許される事ではないと思っています。責任の一端は姉の私にもありますので」

「シュン君が軽い怪我をしたけど椎奈は無事だったのだし椎奈も私もこの事は忘れる事にするから。シュン君はどうするのかしら」

「眞鍋先輩がそう言うのなら何も言う事は有りません」

「椎奈もそれで良いわね」

綾羽が立ち上がり誠心誠意頭を下げると椎奈先輩が小さく頷いてくれた。

それでもお祝いと言う雰囲気は吹き飛んで重々しい空気に支配されている。

「風音、行くわよ」

「えっ、でも」

「シュン君との再会を楽しみにしていたのに台無しにしたのは誰なの。2度とここに来ちゃ駄目よ。シュン君、ごめんね。私も京大に入学したの宜しくね」

綾羽が深々と頭を下げて風音の手を引いてカフェから出て行った。

「さぁ、シュン。話を聞かせてもらえるかしら」

「はい」

「シュン! いい加減にしなさい」

力無く答えるとあの眞鍋先輩の瞳に光るものが見え頬を撃ち抜かれる以上の衝撃だった。

立ち上がると椎奈先輩が不安そうな瞳で見上げている。

「ちょっと頭を冷やしてきます」

「シュン?」

立ち上がったカナやんの肩を叩いてトイレに向かう。


頭に水を浴びせていると背後でカナやんの声がした。

「シュン、タオル」

「悪いな、カナやん」

「ごめんな、こんな騒ぎになるとは思わなかったんだよ。草薙から連絡を貰ってシュンを驚かせたいからって言われて」

何処かで買って来たのだろうタオルを受け取り頭を無造作に拭く。

サプライズのつもりで恐らく風音は家で留守番か別行動だったのだろう。

空港から直行と言うのはカナやんの口調からあり得ない、数日前に日本に着いて風音が綾羽の目を掻い潜って俺の行動を探っていたと考えるのが妥当だ。

「カナやんの責任じゃないよ」

「それならシュンの責任でもないよな」

「そうだな。椎奈先輩と眞鍋先輩にちゃんとこれから話すよ」

「それが良い」

笑顔でカナやんが俺の肩に拳をぶつけ笑顔で返す。

先輩達の所に戻るとテーブルの上に色とりどりの料理と飲み物が用意されていた。

「ほら、2人とも座って」

「そうだよね。今日は2人のお祝いだもん」

椎奈先輩の笑顔を見ると何故か胸が閉めつけられる。

「希望学部に合格おめでとう。乾杯!」

「有難うございます」

今はこのまま流されて話は後からという事なのだろう。

美味しい料理とデザートに舌鼓を打つ。カナやんも黙々と食べている。

「あのさ、シュン君。あの子って」

「幼馴染の従妹ですよ。両親の事情で中学2年の時にアメリカに。双子の様な関係でしたね。お互いの家を行き来していたし」

「そうなんだ、仲が良かったんだね」

「でも、その仲の良さがあいつの妹の風音に誤解を生んだみたいで」

椎奈先輩は笑ってはいるが何を思っているのだろう。それでも話しておくべきだと思い思い切って切り出した。

「風音は俺とあいつが将来は結婚するんだと思い込んでしまって。他の友達と仲良くしているといつも邪魔しに来たんです」

「もしかして」

「走らなくなった理由も風音が原因です。中学に入学してしばらくして綾羽が事故に遭って」

一呼吸置くとカナやんが助け舟を出してくれた。

「シュンが悪い訳じゃなかったんです。登校中にシュンの事を追いかけて事故に遭ってしまい足を骨折して」

「金谷君もその場に居たのね」

「はい、僕もシュン達とは小学校からの友達で。怪我をしてからも一緒に登校していました。そんなある日シュンが駆けだすと綾羽が『シュンは走らないの。私は走れないんだから』って、それに対してシュンは『わかった約束』と他愛のない約束だったんです。でも2人が結婚すると思い込んでいた風音はそうは思わなかった。シュンが走っているのを知ると僕からシュンの交友関係を聞き出して」

「今日の様に脅しをかけた」

カナやんが頷くと眞鍋先輩がため息をついた。

俺が続きを話そうとしたのに眞鍋先輩が話を続けてしまう。

「友達の事が心配でシュンは走る事を止めたのね。邪念がある訳ではなく純粋な気持ちだから厄介よね。それが幼馴染なら尚更ね」

「俺がもっとはっきりしていれば良かったんです」

「誰も責める事は出来ないわね。シュンだって信念を曲げるのは嫌でしょ」

「そうですね。大人になれば風音も分かってくれると思っていたんですけど」

「純粋な気持ちはそうそう変わらないからこそ厄介なの」

今まで逃げ回ってきて椎奈先輩を危険な目に合わせた事は悔やみきれない。それでもそれを口にすれば本気で怒られるだろう。

「シュンはきちんと風音ちゃんに向き合う事。良いわね。それでこの話はお仕舞よ」

「分りました。きちんと話をつけてきます」

眞鍋先輩の目を見て答えると何故か眞鍋先輩の瞳が……

「それでさ、綾羽ちゃんとはどこまで行ったのかしら?」

「眞鍋先輩? 従妹で幼馴染の双子の様な関係だって説明したばかりじゃないですか。恋愛感情なんて微塵もないですよ」

「それじゃ、成長した綾羽ちゃんを見て」

「怒りますよ、本当に。俺は」

勢いに飲まれそうになり言葉を飲み込んだ。もう少しで猛烈な冗談に言わなくて良い事を吐露してしまう所だった。

眞鍋先輩は興味津々なのだろう獲物を狙う猛獣のような眼をしていて。

椎奈先輩はお腹を抱えて笑っていてカナやんは呆れ顔をしている。




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