第8話 Take Me Away
高校3年の1学期もあっという間に終わろうとしていた。
引退の時期なのに部活では選手登録されてしまい練習を繰り返す。
早く走るためには上半身も大切で腕立て伏せや鉄棒を使った懸垂なども行い、腕ふりの練習や坂道を使いスタートダッシュを繰り返す。
柔軟性はどのスポーツでも重要視されていて練習前には軽く体を温めてから行い練習後はクールダウンさせるためにストレッチを行う。
マネージャーから選手登録されたことによって体への負担は増大したが勉強の手を抜くわけにはいかない。
試験前には椎奈先輩と眞鍋先輩が付きっきりで勉強を見てくれてレベルアップを図ってくれる。
物凄く大変だが充実している毎日を過ごせているのだろうと思える。無事に期末試験も終わり発表を待って現状を維持かそれ以上で夏休みに突入出来るだろう。
「Any plan for summer vacation?」
夕食のから揚げに箸を伸ばそうとした瞬間に母親がいきなり話しかけてきた。
「ん、夏休みの予定は何もないよ。部活の合間にカナやんと息抜きするくらいかな」
「愚息は日常会話程度の英会話を取得したのにその対価は支払ったのかしら」
「…………」
母親の問いにぐうの音も出ずに体が硬直してしまった。
勉強の合間に眞鍋先輩から英会話も教えてもらっていると言うか半強制的に英会話で文系の勉強を教わっているので否応なしに英語漬けになり。
必然的に日常会話程度なら話せるようになり英語で聞かれたのに自然に答えてしまった。
「まぁ、高校生のシュンにそこまでのお礼は無理よね。母親として椎奈さん達には申し訳なく思うわ。そこで、シュン」
「な、なんだよ。いきなり」
母が身を乗り出して顔を近づけてきた。
夏休みに優待券があるからプールにでも誘って遊んで来いと言うのかと思った。
「ここにチケットがある。これを使って椎奈さん達を誘って遊んできなさい」
「これって……」
「分ったら、返事」
チケットを手に取り疑問符が浮かぶ。
「あのさ、どう考えても変だろ」
「子どもが細かい事を気にするな。一字違いなだけだろう」
一字違えばテストでも間違えになる。もしもそれが社名なら子どもの俺が考えても系列ではなくライバル会社になる事だってあるだろう。
母が差し出したチケットには誘い出す難易度が飛躍的に上がっていた。
「ハードルが高すぎる」
「出来ないなんて言えばどうなるか分っているな」
問答無用の狼煙に目の前に母が拳を突き出した。
これは早目に動かないと後手に回れば鉄拳制裁では済まないだろう。
翌日の昼休み。
前日にカナやんにラインで送った返事が無かったので教室で弁当を食べていた。
「なぁ、カナやん。夏休みの予定なんだが」
「先輩達を誘うのなら直接シュンが言った方が良いと思うけどな」
「場所が場所だからどうしようかなって」
「取り敢えず聞いてみるしかないだろう。先輩達にだって予定はあるんだ早くしないと」
最もなことをカナやんに言われてしまう。しかし、情報伝達はカナやんが主流で俺から……
「やっと気付いたようだね。ちょっと遅いかな。待ち侘びていたよ。シュンからは一度も連絡してこないって」
「俺から伝達しなくても筒抜けのくせに」
「はぁ、シュンのどこが僕より上手なんだか。今日は部活もないしね」
渋々、椎奈先輩にメールしてみる。
『放課後のいつもの時間にいつものカフェで。予定があるのならメールを下さい』
そのメールを見たカナやんは。
「素っ気ないメールだね。相変わらず」
「単刀直入に明瞭簡潔が一番だかんな」
「不憫だな」
「誰がだよ、誰が」
分っているからこそ自分に腹が立つ。それでも自分自身では分相応の事をしていると信じている。
他人に迷惑を掛けない・自分の事は自分で行う・高望みなどせず身の丈でいろ。我が家の教えで俺自身の物差しでもある。
放課後、メールした手前遅刻なんて許されないので急いで大学構内のカフェに向かう。
途中で一緒だったカナやんが男子大学生に捕まり後からと合図をしている。
仕方なくカフェのドアを1人であけると椎奈先輩が落ち着きなく待っているのが見えた。
「相変わらず早いですね」
「えっ、シュン君。だって初めてシュン君がメールくれたから」
くれたからに続く言葉は椎奈先輩の顔を見れば簡単に想像がつく。だけど怖くて一歩を踏み出せないのも本当だし、それは自分自身に自信が持てないからで。
身の丈でいようと言い訳しているに過ぎない。
「そう言えば眞鍋先輩の姿が見えないですね」
「うん。講義の事で教授と話が合って遅れるって」
「そうですか。カナやんも捕まって情報を交換してから来るそうです」
そして、沈黙が流れてしまう。椎奈先輩の潤んだ瞳がロックオンしている所為で緊張がマックスになっている。
手に汗がにじみ出てくるのを感じ切り出した。
「椎奈先輩、夏休みに海に行きませんか?」
「えっ、海に?」
「海だけじゃなくて温泉もあるんですが」
車椅子の椎奈先輩を海に誘うなんて男はまず居ないと思う。例え椎奈先輩がスポーツも得意でアクティブでもだ。
それは戸惑いを隠せない椎奈先輩の顔を見れば良く分かる。
眞鍋先輩とカナやんが一緒にカフェに入ってきた。恐らく外で偶然一緒になったのだろう、これが計算だったらあまりにも怖すぎる。
「あれ、真琴どうしたの?」
「う、うん」
「シュン君、真琴に何をしたのかな、君とあろうものが」
「海に誘っただけですよ」
誤魔化す必要もなく単刀直入に簡潔明瞭に答える。シンプルで素直なのが一番だから。
「で、真琴はどうしたいのかしら。行きたいの? 断るの?」
「へぇ?」
椎奈先輩ではなく俺が眞鍋先輩の問いに反応してしまった。
何故かと言うと怒られはしないがきつく指摘されると思ったからで、眞鍋先輩の言葉はにわかに信じられなかった。
「車椅子の女の子を海に誘うなんて普通はしないけれど。誘ったのがシュン君なら話は別よ。だって考えもなしにシュン君はそんな事をしない男の子だもの。買いかぶり過ぎなんて言ったら本当に怒るわよ」
「泊りがけになるので誘うのを迷ったのですけど。聞いてみるだけ聞いてからと」
「ええ、泊りがけでシュン君と海に……」
「シュン君、少し真琴には刺激が強すぎたみたいだけど」
眞鍋先輩に言われて謝る事しかできない。ただでさえ車椅子の女の子を海に誘うのにその上泊りがけなんて、どんだけハードルが高いと思っているのだろう。
それも高校生が大学生の先輩をそんなイベントに誘うなんてあり得ない話だ。
カナやんを見るとどこ吹く風で面白そうにしていた。自分は関係ないと思っているのが解るが俺が逆の立場なら当然同じことをすると思う。
「でも費用はどうするのかしら。泊りがけになるとそれなりに掛かると思うけど」
「宿泊費の方はクリアーしているのですが交通費は自腹になるので」
「きちんと説明してもらえないと賛同は出来かねるけど」
「俺の母親は都内のホテルで仕事をしている関係で招待券の様な物をくれたんです。先輩を誘って遊んでくるという事が条件で」
テンパっている椎奈先輩を放置したまま眞鍋先輩が真剣な目で俺の説明を聞いている。
それは大切な親友の事だからでどれだけ眞鍋先輩が椎奈先輩を大事に思っているのかが良く分かる。
「それで宿泊先は何処なのかしら」
「伊豆の今井浜にあるリゾートホテルです。本当は椎奈先輩に話す前に眞鍋先輩を誘ってからと思ったんですが」
「ど、どうして私を誘うのかしら」
「英会話を教えてもらっているお礼にと母から渡されたものなので」
今度は眞鍋先輩がテンパりだして何処となく顔が赤いような気がする。突っ込み時は今じゃないのがはっきり分かるのでスルーした。
「先輩達にも予定があるんだし。やっぱり無理ですよね」
「……なら行きます」
「行くわよ。行くに決まってるでしょ」
椎奈先輩と眞鍋先輩の言葉が重なり同意以外の言葉が良く分からなかった。
そして2人が顔を見合わせて真っ赤になっている。
「眞鍋先輩も椎奈先輩も顔が真っ赤ですよ。俺にとってこの場所はアウェーなんだから勘弁してください」
「だ、だって」
周りには聞き耳を立てている大学生が多数いる。最近では4人で会う事が普通になっているが4人の関係に興味津々と言ったところなのだろう。
「金谷君も当然行くのよね」
「もちろん誘うつもりですけど」
突然会話上に名前が出てきてカナやんが訳が分からず惚けている。
「金谷君は私達の水着姿を見たくないのね」
「そんな訳はないですけど。なんでこんなに断れそうにない雰囲気なんですか?」
「それじゃ、一緒に海に行くわよね。断っても私は真琴一緒にシュン君と海に行くけど」
「行きます。いけるように前向きに善処しますと言うか連れて行ってください」
カナやんは眞鍋先輩に何か弱みを握られているのかと思ったら違ったようだ。少し視線を上げると突き刺さるような視線が周りにいる男子学生から発せられている。
それはやっかみと羨望が入り乱れて返答次第では2度とこの領域に足を踏み入れる事は出来なくなるだろう。
恐らくそれは大学に進学すれば更に厳しい物になるに違いない事は容易にわかる。
俺ですら背中に冷たいものが走りカナやんに至っては涙目になっていた。
そして眞鍋先輩が車を借りて運転してくれることになり。母に結果を話すと一応納得はしてくれたようだ。
海に行く当日になった。
集合場所と時間は眞鍋先輩がお互いに無理のない様にと決めてくれて、場所は色々な路線が乗り入れている大きな駅で時間は朝7時になっている。
指定された場所にカナやんと立っているとミニバンが目の前で止まり眞鍋先輩が運転席から降りてきた。
「おはよう。さぁ、乗った。乗った」
「おはようございます」
荷物を後ろに積み込むと車椅子が積んであり大きなバッグが2つ既に積み込まれていた。その為のミニバンなのだろう。
「うわ、乗りやすいですね」
「ステップワゴンだからね。床が低くて乗り降りがしやすいでしょ」
何故か急いそとカナやんが助手席に乗り込んだので後部座席のドアを開けると椎奈先輩と目が合った。
「お、おはよう。シュン君」
「おはようございます」
普段と違い椎名先輩の顔に緊張が伺えるのは遠出のせいかそれとも行き先が海だからか。
格好も夏らしく涼しげなワンピースを着ている。
「髪切ったんですね。ワンピースも涼しげだし」
「うん、少しだけね」
「今日は誘ってくれてありがとうね」
「金谷君は私の格好を見て何かないのかしら」
すかさず眞鍋先輩がカナやんに聞いている。とりあえず褒めておけと思うのだがカナやんはオタオタしてプチパニックになっていた。
首都高から東名に乗ると車は規則正しい振動を刻む。
それが心地良いかは個人の依るところが大きいが電車と同じで眠くなるのは確かなようで。
右側で舟を漕ぎながら必死に自我を保とうとしている椎奈先輩の姿が視界に入る。
そんな椎奈先輩との間には少し距離が有り振動に合わせて体をずらしてみた。しばらくすると右肩に重さを感じ椎奈先輩が睡魔に負けた瞬間らしい。
「子どもみたいでしょ。昨日の夜は眠れなかったらしいよ」
「それは緊張からですかね。それとも楽しみで」
「もちろん両方でしょ。怪我をしてから初めての海だし、その上に男の子と泊りがけだからね」
椎奈先輩にとってもハードルが高い事だったのが良く分かる。俺だってなかなか寝付かれなかったのは本当だ。
「カナやんは助手席で居眠りなんかしてないよな」
「ふぇ、してないぞ」
「眞鍋先輩、カナやんが寝ていたら構わずに襲撃してくださいね」
運転席から笑い声が聞こえ助手席のカナやんが後ろを振り向くように身を乗り出している。
これで車まで借りて運転手を買って出てくれた眞鍋先輩に少しは申し訳が立つだろう 沼津ICで東名を降りて伊豆に向かう。
河津桜で有名な河津駅を過ぎると直ぐにホテルが見えてきた。
「シュン君、ここで良いんだよね」
「間違いないですね」
屋根がある立派なエントランスに車が滑り込むとスタッフが出迎えてくれた。
「椎奈先輩、着きましたよ」
「ええ、本当に? 未希ごめん」
「良いよ、気にしなくて。シュン君の膝枕はさぞかし寝心地が良いんだろうね」
眞鍋先輩が言わなくて良い事を言うと椎奈先輩の顔がみるみる真っ赤になり金魚の様に口をパクパクさせている。
笑顔でスルーするしかなさそうだ。荷物をおろし車椅子を広げると椎奈先輩が流れるように座って皆を見上げている。
「車を置いてくるから」
「お願いします。ロビーで待っていますね」
ロビーに一歩踏み込むと別世界の様だった。吹き抜けの天井がガラス張りのドームの様になっていて目の前の海が見え、下はラウンジになっているようだ。
「うわぁ、凄いな。本当にここで良いの?」
「今、チェックインしてきます」
「それじゃみんなで行こうか」
フロントで名前を告げると女性のスタッフが対応してくれた。
「予約してある葛城ですけど」
「葛城様ですね。少々お待ちください。こちらに代表の方のお名前とお連れ様のお名前をお願いいたします」
宿泊者カードに自分の名前を書きカナやんにボールペンを渡すと名前を記入した。
眞鍋先輩と椎奈先輩が名前を記入すると対応してくれた女性スタッフの横にスーツ姿の男の人が笑顔で立っているのに気付く。
「私、支配人の渡邊と申します。葛城様のお母様には大変お世話になっております。当ホテルのご利用有難う御座います。葛城様からお荷物をお預かりしておりますがいかがなさいましょう」
「有難うございます。自分達で運びますので」
礼には礼を尽くし頭を下げる。どうやらライバル会社だと思っていたがこんな処につながりがあってなのだろう。
そして渡邊支配人が出してくれたのは見た事もない車椅子だった。
タイヤが2重構造になっていて前方に極太の白くて小さなタイヤが付いている。
「真琴、あれって」
「ヒッポキャンプだ。初めて見た」
「何ですか? あの車椅子は」
「あれが有ればビーチも走行できるし完全防水だから海でも平気なの。だけど海にいかないから」
海に行かないから必要なかった。でも海に来るならと母が用意してくれたらしい。
ホテルと言い車椅子と言い母は先輩方の事が大のお気に入りの様だ。
鍵を2本受け取りフロントで説明されたとおりに部屋に向かう。
部屋は隣同士でツインになっているらしい。
「それじゃ後で」
「うん、分ったわ」
鍵を開けると右側に小さめのクローゼットがあり左手には洗面所があってトイレとバスルームが一緒のユニットバスになっていた。
そして部屋に続くドアを開ける。
「凄いな、オーシャンビューなんだ」
「うわ、未希。海が見えるよ」
何故かカナやんの声と椎奈先輩の声が被り顔を見合わせている。
「クソ! 母ちゃんにしてやられた」
「どう足掻いてもシュンは絶対に勝てないだろう。潔く負けを認めろよ」
頭を抱え込んでしゃがみ込み床の上にダイブすると椎奈先輩と眞鍋先輩が声を上げて笑っている。
低めのヘッドボードを挟んでツインベッドがもう一組見え先輩達の笑い顔もそこにある。どうやら部屋が一続きになっているファミリータイプの部屋だったらしい。
「シュン、海に行こうぜ」
「海は明日にしよう。取り敢えず腹ごしらえをしてプールに行こう。眞鍋先輩が運転してくれたんだからゆっくりしよう」
「そうだな」
腹を決めて立ち上がり答えると何故かカナやんが妙に納得している。
事が決まれば動くのみ着替えを済ませてレストランに行くことにした。
「ん、悩む所だね」
「そうだな」
夏のスペシャルランチからのチョイスを試みようとするがここは格安の学食ではない。
最近、女は度胸なんて言われるが……
「スペシャルなカレーが良いかな」
「それじゃ僕もシュンと同じで」
「私と真琴はカルボナーラのスープ仕立てで」
「シュン君も金谷君もランチくらいご馳走させてね。こんな凄いホテルにタダで泊まれるんだから」
椎奈先輩が気遣ってくれているが流石に腰が引けてしまう。それに自分の食べるものくらい自分で払うのが普通だと思ってはいるのだが。
名の知れたレストランのカレーはお洒落な盛り付けで味も抜群だった。
この値段なのも十分納得してキャッシャーに向かうとレストランスタッフから支配人からと告げられ恐縮してしまった。
してもらった事をきちんと帰ってから母に報告しないと大変な目に合いそうだ。
プールに行くとカナやんが一目散に飛び込んでいきなり係員から注意を受けている。
「高校生がはしゃぎ過ぎだ」
「いや、高校生だからだろ。シュンは落ち着きすぎなんだよ」
「俺の場合は親の躾の賜物だよ。母親がホテルに勤めているからね」
「そうだよな。シュンのお袋さんは凄く寛大だけど滅茶苦茶厳しいもんな」
相反する事に思えるかもしれないが礼儀作法やマナーに関しては本当に厳しく体に叩き込まれた。
それ以外の事にはあり得ないくらい緩く、こうして平気で高校生を女の子と旅行に送り出したりする。
まぁ、母の知り合いのホテルなのでそれなりに監視されているのも同じなのだが。
プールサイドにあるパラソルの下では眞鍋先輩がサマーベットで昼寝と決め込んでいて。その横で椎奈先輩は俺達に向かって手を振っている。
眞鍋先輩が泳がなければ椎奈先輩も泳ぐ気が無いようだ。
俺とカナやんも誘う事は敢えてしない。何故なら水着姿の椎奈先輩をフォローできるほど勇気も根性も備わって無いからだ。
明日に備えて今日の疲れは今日のうちに癒しておく方が良いと思い早目に夕食の予約をした。
解放感が溢れるレストランに行くと海辺の景色が見渡せる窓側に案内された。
早い時間なので殆どのお客が窓際で食事を楽しんでいる。
「宿泊のお客様にはファーストドリンクのサービスが有りますのでこちらからお選びください」
「有難うございます」
「お決まりになられましたらお呼びください」
スタッフがスマートにテーブルを後にするとアロハ姿のカナやんがため息をついた。
「なんでシュンは普段着でそんなに平然としていられるんだ」
「ただ、サービスのドリンクがあるからって聞かれただけだろ」
「それでもさ。もう少し何かあるだろう。先輩方はお洒落していると言うのに」
「無駄に背伸びしてもボロが出るだけだよ。普段通りにする方が楽だし」
いつもスポーティーな格好をしている眞鍋先輩もワンピース姿でおしとやかに決めていて。椎奈先輩は清楚なワンピースがよく似合っている。
「未成年の僕らの事は気にしないでグラスワインでも頼んでくださいね」
「あら、シュン君は何で僕なのかしら」
「TPOですかね」
先輩達は白のグラスワインを俺とカナやんはウーロン茶をチョイスした。
食事はコース料理になっていて一口で食べられる本日のアミューズグールから始まりオードブルが運ばれてきて。
岩魚とサーモンのマリネにラタトゥイユが添えられていてオードブルの後のスープは鮮魚のブイヤベースだった。
メインは鱸のクリームソースかリブロースのグリルが選べるようになっていて俺とカナやんは当然肉を先輩達は魚料理をチョイスした。
そして食後の紅茶と特製のデザートを堪能している。
「シュン君はテーブルマナーをどこで覚えたの?」
「母ですよ。子どもの頃から親父が日本に居る時には必ず家族でレストランに行っていましたから」
「凄く厳しいお母さんなのね」
「息子が言うのも変ですけど礼儀作法やマナー以外には寛大と言うか緩いと言うか。高校生に女子大生を誘って海に泊りがけで遊んで来いって言うくらいですからね」
息子を信じているのか間違いが有ったらどうする気でいるんだろう。
万が一の事があってもそれはそれで喜んでいる母の顔しか思い浮かばない。
「明日の予定はどうしようか」
「そうですね。午前中はホテルの前のビーチで遊んで、眞鍋先輩さえよければ午後からは観光したいなと思っているんですが」
「そうね。海では真琴が楽しめないから午後からは真琴も楽しめる観光が良いわね」
「あの、眞鍋先輩。凄く悪意を感じるんですけど気のせいですか?」
皆が楽しめる七色のプランを提案したつもりなのに椎奈先輩優先の様な言い方をされてしまった。
目の前には綺麗な海があるのだから当然遊ぶべきで椎奈先輩も楽しめるようにしたいと思っているが無茶は出来ないのは重々承知している。
それでも一緒に楽しめたらと。
「真琴、露天風呂に行こうよ」
「私は部屋のお風呂で十分だよ」
「そんな事を言うと好奇心旺盛なシュン君達に覗かれちゃうぞ」
「覗きなんてしませんよ。椎奈先輩がここで風呂に入るのなら俺達は大浴場に行きますから安心してください」
紳士だねと冷やかされるが男として当然の対応だと思う。
カナやんを見ると落ち着きが無いのは腹を決めていないからだと思っておこう。
椎奈先輩は眞鍋先輩に押し切られる様に半ば強引に露天風呂に拉致されてしまった。俺とカナやんも大浴場に向かう。
「ん~気持ち良いな。カナやん、挙動不審過ぎるぞ」
「仕方が無いだろう。僕は1人っ子なんだから」
「俺も兄弟や姉妹なんて居ないけどな」
露天風呂でカナやんにジャブをくれると気まずそうにしている。
情報通はどうやら経験値が低いらしい。
「シュンには幼馴染が居るじゃないか。だから免疫があるんだよ」
「確かにな。子どもの頃は一緒に風呂も入っていたしな」
「だろう、だけど紹介するとかは別の話だよ」
「紹介なんてしなくても一緒に遊んだ仲じゃないか。全然知らない訳じゃないだろう」
煮え切らない情報通は茹でダコになるくらい湯船に頭まで浸かっている。
「湯あたりしても知らないからな」
「シュンはもう既にあたってると思うけどね」
「俺が何に当たってるんだよ」
「はぁ、何故シュンが上手なか僕には理解出来ないけどな」
カナやんが訳の分からない事を呟きながら湯船から上がっていく。
思い当る節など無いので少しカナやんを問い詰めると言うか尋問してみた。
「うう、シュンの所為で気分が悪い。湯あたりだね」
「逆上せただけだよ。少し体を冷やせば治るよ。ほれ、ジュース」
「なんで温泉なのにバックドロップなんかするかな。マナーはどうしたのかな」
「マナーなんて周りに迷惑を掛けない為にあるんだよ」
屁理屈のように聞こえるかもしれないが間違っていないと思う。そんな事を話しながら部屋に戻ると先輩達も戻ってきているようだ。
「お帰り」
「ただいま……」
視線の先には湯上りで仄かにピンク色の頬をしてまだ少し濡れている髪の毛でパジャマ姿の椎奈先輩と眞鍋先輩がいる。
考えが甘かったと言うか何といえば良いのか思考が今にも止まりそうだ。
少しインターバルを取った方が良いだろう。
「そうだ何か飲み物でも飲みますか? 買ってきますよ」
「そうね、私は無糖の紅茶が良いかしら。真琴は何が良いの?」
「お茶なら何でも」
「分りました」
俺が返事したにも関わらず何故かカナやんが部屋から飛び出していった。
ひょっとすると逃げ足はカナやんの方が速いかもしれない。
「シュン君、何か言う事があるんじゃないのかしら」
「椎奈先輩、パジャマ可愛いですね」
「うん、ありがとう」
椎奈先輩が着ている大きめの水玉柄のパジャマを褒めてみた。因みに眞鍋先輩のパジャマはシンプルな無地だ。
「もっとセクシーな方が良かったかしら」
「幼気な高校生をからかわないで下さい。そんなにナンパされたいんですか?」
「シャイなシュン君に酷い事を言われた。真琴、助けて」
「はいはい」
眞鍋先輩が椎奈先輩に寄り掛かると椎奈先輩が眞鍋先輩の頭を撫でている。
こうしてみると双子の様に見えるのは2人が幼馴染だからだろう、それならば露天風呂でカナやんが言っていた事にも一理あると思える。
そこにリクエスト通りの飲み物を買って戻ってきたカナやんを見ると腹を決めてきたことが伺えて思わず笑ってしまう。
「シュンは何が可笑しんだよ」
「別に」
後頭部を軽く小突かれたがそれ以上絡んでくる事が無いのは余裕が無いのだろうか。
そんな俺達に構わない様に眞鍋先輩が少しトーンを落として口を開く。
「でも、シュン君のお母さんにはきちんとお礼しないとね。真琴を助けてくれた時の事もあるし、2食付きで2泊もこんな素敵なリゾートホテルを用意して頂いたんだから」
「こんな事を俺が言うべきじゃないと思いますけどお願いですから気にしないでください。家庭教師代と英会話の講師代だと思えば安いもんだと思いますから」
「あら、随分と大人の発言をするじゃない。ね、真琴」
「うん、大人っぽいシュン君も良いかな」
いきなり話を振られた椎奈先輩が顔を赤らめて告白とも取れるような事を言っている。
それを聞いて鼓動が跳ね上がり、頬が熱くなるのを感じる。
「ほら、シュン。男らしくビシッと決めないと」
「明日も早いんですから俺はもう寝ます。カナやんでも弄って長い夜を楽しんでください」
「ええ、だって金谷君は既に布団の中なのに」
言うが早いかカナやんは既にベッドに潜り込んで一切の事をシャットダウンと決め込んでいた。
俺も速攻でベッドに潜り込むと2人の笑い声が遠くなっていく。
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