第5話 ボクたちのうた
3学期からはなるべく大人しくして大学に行ってからの敵を増やしたくないのにとんでもない事になっていた。
それはクリスマスイブに不用意に約束したことが発端で……
あの時に椎奈先輩お手製のケーキを諦めていれば別の意味で大変になっていたのだろうけど。
「あの椎奈に挑む馬鹿って誰なんだ?」
「何でも附属の高校生らしいわよ」
「身の程を知らないと言うか。椎奈に怪我でもさせたら血祭りにしてやる」
周りからユラユラと黒い声が所々で上がっている。何でこんな事になってしまったのだろう……
「おーい、葛城。すごい美人からお前にラブレターを渡してくれって頼まれてメチャ緊張したぁ」
「ん、サンキュー」
「何か感動、薄くねぇ」
「ん、まぁね」
友人その1から手紙を受け取り封筒の裏に書いてある名前を見て取り敢えず机の上に放置した。
それを見逃すはずもなくカナやんが封筒を手に取りまじまじと見ている。
「へぇ、眞鍋先輩はシュン狙いなのかなぁ」
「バーカ、そんなんじゃないよ」
「それじゃシュンは椎奈先輩なのかよ」
「そんな両手に花みたいな事を言うな。俺達は高校生のガキだぞ」
カナやんが何か手帳にメモをしているのを見て取り敢えず裏拳を入れて阻止をしておく。
「いらない事をメモするな」
「何を書いていると思ったんだよ」
「どうせシュンは年上が苦手やらそんな事だろ」
つまらなそうなカナやんの顔を見ると図星だったらしい。運んでくれた友人その1に申し訳ないので封筒の中を見て撃沈しそうになるのを何とか耐えた。
俺の顔を覗き込んでいるカナやんの瞳が輝きだすのは『人の不幸は蜜の味』だからだろうか。
親友としては違う事を願いたい。
「眞鍋先輩はなんだって」
「ん、シュン君の親友をデートに誘いたいのだけど情報通の彼をどこに連れて行けば喜ぶか教えて欲しいだって」
いつもなら突っ込みが飛んでくるのに情報通の親友が顔を赤らめている。
どうやら満更でもないのは気のせいだろうか。カナやんが大学生からデートに誘われたと言う似非情報で周りがざわめきはじめカナやんが正気に戻ったようだ。
「シュン、勘弁してくれよ。それこそそんな事がある訳ないじゃないか。どうせ放課後の呼び出しだろう」
「まぁ、そうなんだけど。何で眞鍋先輩は誰かさんから入手した俺の個人情報を知っているのに。今時、こんな古風な回りくどい事をするかな」
「楽しみたいからじゃないか」
思い当る節が有り過ぎて机に撃沈した。それでも眞鍋先輩に呼び出されてすっぽかすような事なんて出来やしない。
そんな事をすれば俺の学生生活が再び崩壊するだろう。
放課後になり呼び出しの時間に遅れない様に眞鍋先輩が指定した場所に向かうともう既に待っている姿が確認できた。
「早いですね。眞鍋先輩」
「流石に呼び出しておいて遅刻と言う訳にはいかないでしょ」
「椎奈先輩は一緒じゃないんですね」
「気になるかしら、真琴の事が」
相変わらず切り返しが厳しいと言うか周りに誰かいれば確実に誤解を受けるだろう。
いつも俺の周りに居るカナやんが居ない時点で誤解を受けそうなシチュエーションなので、要件を聞いて早目に離脱したい。
「部活があるので早目に要件をお願いしたいんですが」
「そうね。来週末は空いているかしら。テニスの勝負を挑みたいのだけど。クリスマスイブに了承してくれたわよね」
来週末の予定に対し頭の中で捜索願を出したが残念なことに何も出てこなかった。
それもその筈で来週末は顧問が出張で自主練になっているのでマネージャーが居る必要が無く、プライベートの予定があるかと言えば否で部屋でゴロゴロして過ごす事になるだろう。
「もちろん空いているわよね。リサーチ済みだもの」
「こちらの情報は筒抜けですか……」
思わず頭を抱えしゃがみ込んでしまう。
情報通の親友がこの場に居ない訳が分かった瞬間で、俺には古風な手紙であいつとは最先端の情報ツールでデーターのやり取りをしていたようだ。
部活に戻ったらマネージャーとして活を入れておくべきだろう。
「テニスですね。分かりました。その勝負を受けます」
「金谷君の言う通り律儀なのね」
「女性の誘いを無難に断る程の経験値がないだけですよ」
「生意気なんだから」
いきなり真鍋先輩に鼻先をつままれ思わず仰け反る。
本当にこの先輩達は自分自身の立場と周りの視線を気にしているのか疑問に思う。
そんな事を気にしていると深みに嵌まりそうなので日時と場所だけを聞いてこの場を離脱した。
もちろんこの後の部活でカナやんに難癖付けてシゴキ倒したのは言うまでもない。
そんな事があり週末に指定されたテニスコートに来ていた。
テニスコートや運動場に体育館などスポーツに関する施設は全て附属と大学との間に集中していて双方から使いやすくなっている。
だからこそ附属からも大学からも見渡す事が出来て目立つ。
それゆえのギャラリーなのだろうが……
何故か椎奈先輩は車輪が八の字の様に傾斜していて小さな補助輪が付いた見慣れない車椅子に乗っていてテニスウエアーを着ている。
片や真鍋先輩は椎奈先輩と初めて出くわしたときに椎奈先輩が来ていたジャージと同じものを着ていた。
「それじゃ始めましょうか」
「真鍋先輩、ちょっといいですか。真鍋先輩が対戦相手なんじゃないんですか?」
「あら、役不足かしら。真琴もスポーツは得意だと言ったはずだけど」
俺は真鍋先輩にテニスの勝負を挑まれた気がするのが勘違いだろうか。確かに先輩の口から『自分と』とは聞いていないが。
「ルールとして真琴は2バウンドルールを適用して試合をすることになるけど良いかしら」
「うん、私は異論がないけど。未希、シュン君が嫌なら日を改めよう」
完璧に舞台は整えられっているがお遊びの勝負なら手抜きはしない程度に楽しめればいいだろう。
そんなお気楽な事を考えてコートに向かおうとしたのに眞鍋先輩に微笑みかけられて何故か悪寒が走る。
「そうだ、お遊びじゃつまらないから何かを賭けて真剣勝負にした方が盛り上がるんじゃないの?」
「あの、眞鍋先輩……」
とんでもない事を言いだした眞鍋先輩がギャラリーに同意を求めると物凄い歓声が上がった。
もちろんその中にはカナやんも含まれるのだが。完全にお祭り騒ぎになりイベントとして成り立ちそうでこの勝負を賭けにしたらどんなオッズになるのだろう。
「シュン君が勝ったら椎奈とデートで良いかしら」
「私は構わないけどシュン君が」
「嫌がる訳ないわよね。ミスコンに推薦された椎奈とデートできるんだから。真琴はシュン君に何をしてもらいたいのかしら。この際だから言った者勝ちよ」
「シュン君の走る姿が見てみたいけど無理かな。やっぱり」
とんでもない事を椎奈先輩が言いだし眞鍋先輩が視線だけで俺に同意を求めている。
ここで逃げ出せば男が廃ると言いたいが他愛ない約束の上にとてつもなく大きな約束をかぶせてきた。
眞鍋先輩の提案に大学生に混じり附属の生徒や陸上部員もギャラリーになって盛り上がっている。
こんな騒ぎになってお遊びなんて生ぬるい考えは早々に地面に叩きつけた。
「良いですよ。真剣勝負で行きましょう。その代りウォーミングアップさせて下さい。テニスは久しぶりなんで」
「分ったわ、私が相手をするから」
俺が気持ちを切り替えたのを察したのか眞鍋先輩の瞳に力が宿った。
基本と基礎を思い出しながら一球一球を打ち返していく。流石と言うべきか眞鍋先輩の打ち込んでくる球は重くギャラリーから歓声が上がる。
それでも本気ではないのが良く分かるがこちらもウォーミングアップで体を温めるのが目的だ。
椎奈先輩との真剣勝負が始まる。
1セットマッチで2バウンドと言うルールが椎奈先輩に適用されるがそれは2バウンドで返球できる言う事だけで他は普通のテニスと何ら変わらない。
審判は眞鍋先輩ではなく何でも大学テニス部の主将が買って出てくれたらしい。
「プレイ!」
主審の合図と共に椎奈先輩のサービスから試合が始まる。
綺麗なフォームで打たれたボールが俺の足元に突き刺さり後ろに抜けていく。
見蕩れていた訳ではなく全く動けなかった。
「流石、日本ランカーですね。眞鍋先輩」
「でしょ、でしょ。金谷君。シュン君は気を抜いていると負けちゃうぞ」
もっと早くに気付くべきだった。カナやんのデータベースには既に椎奈先輩に関する情報が収集され蓄積されていた筈だ。
そして眞鍋先輩とカナやんは情報ツールを駆使してデータ交換していた……
そこから導き出される答えは走らない俺を走らせるにはどうしたらいいか面白半分&本気半分で相談していたのだろう。
椎奈先輩は無意識のうちに眞鍋先輩に誘導されたに過ぎない。
「シュン、ガチだよ。ガチ」
「クソ、後で覚えておけよ」
「駄目だよ、シュン。テニスは紳士のスポーツだからね」
気付かなかったとはいえ乗せられて舞台に上がってしまった今では苦笑いしか出てこない。
審判のコールで勝負に戻る。
一進一退なんてものじゃなく完全なワンサイドゲームだ。
俺が打ち返した瞬間にまるでダンスをするかのように車椅子を操り。
椎奈先輩の放つショットは届きそうな場所にピンポイントで打ち込まれるがわずかに届かない。
「ゲームセット アンド マッチ ウォン バイ 椎奈」
2セットを何とかもぎ取ったがそこまでで完敗してしまった。
テニスは紳士のスポーツという事らしいのでネット越しに椎奈先輩と握手を交わす。
「凄いの一言ですよ。参りました」
「シュン君の身体能力には驚いたわ」
「完敗です。貴重な試合が出来たと思います。有難うございました」
今の自分に出来る最大限の事は深々と頭を下げ脱帽する事だけだ。相手が眞鍋先輩じゃく椎奈先輩だと知った時にはハンディキャップが有り過ぎだと思っていた。
しかし、実際のところ椎奈先輩は自分のハンディキャップなんて物ともせずに年下だけど男である俺を寄せつけもしない強さを秘めていた。
「シュン君も流石ね」
「何が流石なんですか。完膚なきまでに打ちのめされたんですよ」
「真琴を相手にここまでのゲームができる奴なんてなかなか居ないわよ。本当にテニスを遊びでしかしたことが無いのかしら。シュン君が嘘を付く筈もないものね」
カナやんと駆け寄ってきた眞鍋先輩が今の試合を絶賛しているように聞こえるのは気のせいだか。
勝負は決まったのだし敗者は早々に退散するものなのだが……
「流石、ピンチヒッター葛城」
「あら、新しい情報ね。どんな内容なのかしら」
「体育祭などの時にシュンは殆ど棄権していたんです。でも走る必要が無い運動部から呼ばれれば大活躍で引く手あまただったんですよ」
「そこでテニスの基礎を学んだと」
眞鍋先輩の鋭い眼光が飛んでくる。遊びでしたことが無いと言ったのが気に入らないのか、それでも本気になった事は一度もなかった。
「本気になった事が無ければ遊びでしょ」
「まぁ、物は言い様だけど。あれで本気じゃなかったら嫌味よね。金谷君」
「約束は必ず守りますから。カナやんに細かい日時は聞いてください」
周りの視線も気になるしこれ以上の情報の流出は勘弁してもらいたい。
そう思いウンウンと頷いているカナやんの尻を叩いてテニスコートを後にする。
前を楽しそうに歩くカナやんに毒を吐いてみる。
「データベースは何時からあんなにお喋りになったんだ」
「僕は昔から饒舌家だけどな」
「確かに情報をアウトプットする時だけな。だけど自分から誰かにってまさか」
「流石に僕も飛躍的に伸びた成績は脅威を感じてね」
カナやんが蓄積している情報を引き出すにはそれなりの対価が必要で、それは情報の物々交換だったりカナやんからの頼み事を引き受ける事だったりする。
そして俺の情報の対価は恐らく元附属に通っていた先輩方の試験対策か何かだろう。
成績上位の常連のカナやんに今更そんなものが必要なのだろうか。
「親友であるシュンの呪縛は前から気になっていたし、今から大学の情報もデータベースとしては早目に収集したいからね」
「で、その親友である俺を売りとばした訳だ」
「売りとばしたとは言い過ぎだね。僕はキューピット役を引き受けただけだよ」
「悪魔に魂まで売られそうだな」
にこやかにしている悪魔もといカナやんに対して文句を言う気は更々ない。
何故なら本人が言う通り呪縛から解き放れたのは本当かもしれないからだ。
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