第4話 ささやかな嘘
12月の連休前に終業式が終わり、冬休みに突入するが俺は街中を駆けずり回っていた。
それはカナやん達が教えてくれた人気のアクセサリーショップではないが見た目・素材・そして高校生が買える金額のアクセサリーを見つけ。
母にもそれならと納得してもらえたのに時期が時期だけに品薄で……
そんな事と関係なく連休明けに今年最後の部活がありマネージャーだからと言って不参加と言う訳にもいかず部活に勤しんでいる。
「シュンは連休中何をしていたのかな。返信もよこさずに」
「急用でそれどころじゃなかったのが本当」
口が裂けてもカナやんに先輩達へのプレゼントを探していたなんて言えない。
「親友の僕にも言えない事なんだ」
「今はね。そうだクリスマスイブはどうせ暇だろ」
「酷い言い方だね。僕と大差ないシュンには予定があるのかよ」
「一応ね。先輩に誘われているんだ。場所は構内のカフェだけどカナやんも一緒にどうかなと思って聞いてみただけだよ」
しばらく沈黙してカナやんが独り言のように何かをブツブツと呟いている。
どうやら頭の中で何かを検索しているようだ。そんな事をしなくても行くか行かないかの2択しかないのだけど。
「邪魔じゃなければ行こうかな」
「無理にとは言わないけどね。カナやんにも予定はあるだろうし」
「大学生の生態を調査収集する良い機会だから行くよ」
クリスマスイブの予定だと言うのにあまり聞きたくない事が聞こえ、何故か無性に腹が立ってきた。
「立川先生、カナやんが女子大生の生態がどうのって呟いてます」
「どうやら金谷は走り込みが足らないらしいな。敷地でも行っておくか」
「ええ、それは有り得ないでしょ」
「カナやん、行ってらっしゃい」
涙目になってカナやんが走り出した。
京立附属高校の敷地は京立大と一緒になっているために広大で敷地の周りのコースはアッダウンに富んでいる。
その為に陸上部では魔のコースと呼ばれ持久力を付ける地獄の特訓として恐れられ誰もがカナやんの後姿をみて両手を合わせていた。
クリスマスイブに学校に来ていた。
学校と行っても大学の敷地内にあるカフェに。
そのカフェは附属高校の生徒でも使えるが位置的に大学生が多い事とお洒落な造りになっているので高校生には敷居が高すぎて利用する生徒は殆どない。
今日だって冬期休業中であっても利用している大学生は多く、カナやんですら尻込みしている。
「なぁ、シュン」
「何をビクビクしてるんだよ。大学生の生態を収集するんだろ」
「いや、流石に自陣のテリトリーを出ると視線が気になるだろ」
確かにカナやんの言う通り殆ど付属の生徒が来ない場所なので周りの視線を集めているのは制服のせいかもしれない。
学校に来るなら休みの日でも附属の生徒は制服が基本で冬なのでブルーグレーのブレザーの下に薄手のセーターを着込み、ブレザーの上には俺はグレーのピーコートをカナやんはネイビーブルーのダッフルコートに包まれている。
そんな俺達を見る反応は様々だ。
クスクス笑う女子大生、冷ややかな視線を浴びせる男子大学生。
それでも眞鍋先輩達との約束があるので時計を確認して足を急がせる。
カフェのドアを開けて中を覗き込むと目聡く眞鍋先輩が俺とカナやんを見つけて手を振ってくれた。
すると周りから歓声が上がる。
「凄いね。眞鍋先輩と椎奈先輩は近隣の大学や高校にまで名を轟かせているからね」
「そんなデータは聞いてないけどな。カナやん」
「眞鍋先輩と椎奈先輩が嫌がるから言わなかっただけだよ。今年のミスキャンパスに推薦されていたからね」
ここで聞くべきデータではない事だけは確かで、確実に足が止まってしまう。
学園都市内で京立大のミスコンは認知度が絶大な上に美形揃いだと言うデータくらいなら俺の頭の中にもあるくらいだ。
そんなミスコンに推薦される先輩達からクリスマスイブに呼ばれた俺達に対して興味が無い訳が無い。
失笑されなかっただけが救いで何とか眞鍋先輩と椎奈先輩が待つテーブルにたどり着いた。
「遅刻だぞ」
「すいませんでした。思わず逃げ出そうかと思いましたよ」
「逃げ出しても包囲網を敷いて確保するけどね」
敷地内で大学生を相手に逃走中をリアルで体験なんて真っ平ごめんだ。眞鍋先輩なら本当にやりかねないので怖い。
「これ、先日のお礼です」
俺がクリスマスプレゼントの様にラッピングされた小箱を差し出すと眞鍋先輩の表情が瞬時に曇った。
「シュン君は今日が何の日だか知らない訳ないわよね」
「イエス・キリストの降誕を祝う日の前日だよな。カナやん」
カナやんに振ると気まずそうに視線を逸らした。そんなカナやんには眞鍋先輩の射抜くような視線が向けられている。
「イブなのにシュン君は私達と過ごすのが嫌なのね」
「前言撤回します。眞鍋先輩は完全に確信犯ですね」
ホームからまんまとアウェーに誘い出され。そんな四面楚歌な場所でクリスマスイブにミスコンに推薦された先輩の誘いを断ればどうなるか鈍い俺でもわかる。
隣に居るカナやんは既に挙動不審の様相を表し後ずさりしているので腕を掴んで確保した。
理由としては逃げるのも取り囲まれるのも1人では分が悪いしイザとなればカナやんに泣いてもらう為に。
立ったままだと余計に目立つので取り敢えず座るとカナやんも渋々腰を下ろした。
「恩を仇で返すとは正にこの事を言うのかしら」
「アウェーだったのでつい」
「もう、良いわよ。来てくれたんだし」
直ぐに機嫌を治してくれた眞鍋先輩が大きなバスケットを取り出し椎奈先輩は綺麗な箱からゆっくりとケーキを取り出した。
「うわぁ、凄い」
「凄いでしょ。真琴のケーキ作りはプロ顔負けだからね」
「お裾分けしてもらったかぼちゃプリンも美味しかったですよ」
ショートケーキのように見えるけれどフレッシュのフルーツがふんだんに使われていて眞鍋先輩の言葉に偽りはないようだ。
それにカナやんが言った通りかぼちゃプリンも絶品だった。
「そしてこれは私からよ」
「美味しそうですね。眞鍋先輩」
「美味しいに決まってるでしょ。料理には自信があるの」
眞鍋先輩が持って来た大きなバスケットからサンドイッチやから揚げに色々な料理が次々に出てきてテーブルの上が一杯になっている。
そして頭の中で何かが引っかかりカナやんの脇腹を小突くとカナやんが徐に立ち上がった。
「飲み物を買ってきます。先輩方は何が良いですか?」
「私は抹茶ラテが良いかな」
「それじゃソイラテで」
「俺は……ホットティーで」
テーブルの上はクリスマスパーティーの様相を呈していて、そんな場所に手ぶらで来たカナやんがオーダーを聞いて音を立てて立ち上がり周りの視線を集め真っ赤になっている。
付き合いが長くいつも冷静だと思っていた情報通の新しい一面を見た気がした。
「それじゃ、ハッピークリスマス」
「乾杯!」
小洒落た紙コップを軽く合わせると眞鍋先輩と椎奈先輩の2人が俺とカナやんの顔をまじまじと見ている。
横目でカナやんを見ると顔が引き攣り今にも逃げ出しそうで2人が料理とケーキの感想を食べる前から気にしているのが2人の顔から伺え。
そんなことを気にせずに眞鍋先輩が用意してくれた料理に手を伸ばす。
「ん? 美味い?」
「シュン君は何で疑問形なのかしら。失礼でしょうに」
「本当に美味しい。このサンドイッチは絶品です。先輩」
俺の後に続いて手を伸ばしたカナやんの目が真ん丸になっているという事はデータベースの中でもハイランクなのだろう。
「いや、眞鍋先輩は体育会系だとばかり思っていたんで。つい」
「何がついなのよ。体育会系だと料理が駄目なんて事は無いわよね。金谷君」
「いや、シュンの言う事にも一理あるかと。ドジっ子だけど料理が上手と言うキャラはありますけど体育会系で料理が上手いとキャラが立ち過ぎますからね。美人で運動も料理も出来るとなると向かう所敵なしじゃないですか」
「それを言うなら私だけじゃないわよ」
先輩の言葉でカナやんと顔を見合わせてしまう。
何故ならここの席には俺とカナやん、それに眞鍋先輩と車椅子の椎奈先輩しかいない。
私だけじゃないと言う事は椎奈先輩も…… 確かに初めて出会った場所はスポーツセンターのトイレで、そこではジャージ姿だった。
そんな椎奈先輩は俯いてしまい真っ赤な顔をしているのは俺と同じことを思い出しているからかもしれない。
しかしどんなスポーツなのだろうか。そんな事を考えていると眞鍋先輩が聞かれたくない事を直撃してきた。
「どうしてシュン君は走らないの?」
「まるでステルス艦から射出されたホーミングミサイルみたいですね」
「あら、どうしてかしら?」
「隣で真っ赤になっている椎奈先輩を放置していきなり俺に直撃したからです」
話の路線を復帰させようとしたのに眞鍋先輩は椎奈先輩をちらっと見ただけで俺の顔を見据えている。
仕方なく隣で何食わぬ顔をしながらから揚げを頬張っているデータベースの脇腹を再び小突いてみた。
「シュンが嘘をつくのもつかれるのも大嫌いなのは知っていますよね。必然的に約束を破るようなことは絶対にしません。その二つに関しては糞が付くくらい真面目ですから。昔の他愛ない約束を馬鹿みたいに守っているという事です」
「それが金谷君のデータベースにある事で誰との約束かも必然的にアップされているのよね」
「されていますが僕の口から言えるのはここまでです」
カナやんの回答に眞鍋先輩が少しだけ考えて悪戯ぽく瞳を輝かせて喰らいついてきた。
「それじゃその約束を凌駕する事が出来ればシュン君の走るところを見る事が出来るのかしら」
「まぁ、シュンがそんな約束を受け入れればですが。シュンと長い付き合いの僕が言えるのは厳しいと思いますよ」
昔話は2人に任せておき俺は椎奈先輩のお手製ケーキを堪能しようとしていたのに阻止されてしまった。
椎奈先輩が切り分けてくれたケーキを紙皿ごと眞鍋先輩に取り上げられてしまったのだ。
「シュン君、勝負しなさい」
「また眞鍋先輩は突飛な事を言いますね。椎奈先輩が作ってくれた美味しいケーキを返してくださいよ」
「美味しいってまだ食べてもいないのに」
「いや、かぼちゃプリンも絶品だったので当然美味しいだろうと」
耳まで真っ赤になった椎奈先輩の頭から湯気が出そうだ。
「プリンの時もそうだったけれどなんで本人に直接言わないのかしら」
「シャイな高校生なので」
「自分で言うかしら。確かに恋愛経験には乏しそうだけど」
「それを巷ではシャイと言うんです」
言い包められたような気がするが思わずカミングアウトしてしまった。
本気で恋愛した経験がある奴なんて全国の高校生の中でどのくらいの比率なのだろう。
「何の勝負をすればそのケーキが食べられるんですか?」
「そうね、テニスかしらね」
「テニスは遊び程度にしかやった事が無いけれどこの際仕方が無いですね。了承しました」
美味しそうなケーキに釣られて考えもなしに返事をしてしまう。
椎奈先輩の作ってくれたケーキは本当に美味しかった。スポンジは淡雪のようにフワフワで生クリームは甘さ控えめでフルーツの酸味や甘さと相性もぴったりだった。
「これ、勉強を教えて頂いたお礼です」
「クリスマスプレゼントと受け取っても良い訳よね」
「先輩方に一任します」
ラッピングされた小箱を眞鍋先輩と椎奈先輩の前に差し出すといきなり切り返してきたのを笑顔で反撃を試みる。
そんな先輩方が丁寧にリボンを解いてラッピングを外し……
眞鍋先輩の鋭い視線と椎奈先輩の感極まったような視線が俺に向けられている。
「シュン君、こんな高そうな物」
「受け取ってもらえないと家に帰ってから俺の立場が無くなるのですが」
「どういう事なのかしら」
「先輩方のおかげで有り得ないほど成績が伸びて小遣いアップしてもらい、絶対にさせてもらえない前借りを特例としてさせてもらい。カナやんとの友情にヒビが入るかもしれないのにメールの返信もせず探し回った、母にもお墨付きをもらった一品ですから」
ホワイトゴールドの細身のボールチェーンに鮮や目が覚めるようなブルートパーズが付いていて、チェーンが輪になっているので一連に見えずボリュームがあるブレスレットを真鍋先輩が手にしている。
そんな眞鍋先輩の横には……
「椎奈先輩、高校生が小遣いで買えるものですから泣く程の物じゃないですよ」
「だって……」
ぽろぽろと涙を零している椎奈先輩の手には眞鍋先輩とおそろいのブレスレットで、同じトパーズでも虹の輝きを持ち何とも言えない美しさを放つムーンライトトパーズが光っていた。
「真琴は本当に泣き虫なんだから」
「しょうがないでしょ涙腺が弱いんだから」
「せっかくのメイクが台無しじゃない。早く直してきな」
「う、うん」
椎奈先輩がゆっくりとリムを押して車椅子を方向転換させ、はにかむ様に化粧室があるトイレの方に車椅子を走らせていく。
そして眞鍋先輩のせっかくに続く言葉をスルーするとカナやんがクリーンヒットさせた。
「やっぱりクリスマスイブですから夜はデートとか」
「そんな予定はないわよ」
「でも、ミスコンにだって推薦されるくらい美人なのに」
「金谷君は本気でそんな事を言っているのかしら。だとしたらまだまだね。シュン君の方が少し上手かしらね。シュン君」
カナやんがヒットさせ綺麗に抜けた打球が俺を直撃し打った本人が俺の脇腹に裏拳を軽く入れやがった。
「シュンが僕より上手ってどういう事なの?」
「俺が説明しなきゃならないのか。先輩方が気合を入れてお洒落をしてきたのは昼間に俺達と会う為だってことだよ」
「えっ、それって……」
頬を染めてデータベースがオーバーヒートしそうになっている。
そんなカナやんを見て眞鍋先輩が波状攻撃を仕掛けてくる前に話題を変えてみる。
「本人が居ない場所でこんな事を聞いていいのか分らないんですが椎奈先輩の足って」
「高校1年の時の交通事故が原因よ。自転車で通学していた真琴に車が突っ込んできたの」
「治らないんですか?」
「ん~」
唸るようにして眞鍋先輩が考え込んでしまい聞くべきではなかったと思ったが椎奈先輩本人に直接聞くなんて出来る事じゃなく。
しばらくして眞鍋先輩が何かを吹っ切るように口を開いた。
「これはシュン君と金谷君だから話す事だから他言無用よ。治らない訳じゃなくショックによる精神的ダメージの所為なの」
「それじゃ」
「早合点しないの。医者の診断はどれも多少の後遺症は残るかもしれないが歩けるようになるだろうという事。でも、本人にとっては歩けなくなってしまった事の方がショックで諦めてしまったの」
「可能性はあるが本人次第という事ですね」
眞鍋先輩が俯くように小さく頷いた。確かに精神的ショックが大きいほど乗り越えるのは困難だろう。
それも普通に生活してきたのにある日を境に車椅子生活を余儀なくされるのだから、俺達には分らないくらいのショックだったのだろう。
俺達が不用意に踏み込んで良い領域ではない事がはっきり分かる。
「でも、これだけは知っていてほしいの。真琴は本当に明るく元気になったの。それはシュン君や金谷君には普通に見えることかもしれないけれど。2人と出会ってからは更に明るく元気になってきた。だからこそこの関係を壊したくないの」
「僕達も楽しいですから有り難い限りです」
「シュン君はどうなのかしら?」
「なんで敢えて名指しで聞くんですか。カナやんと一瞬ですよ」
ほんの瞬間だけ先輩の視線が険しくなったが高校生の俺達に出来る事は限られている。
変に期待されて答えられなかった時には責任もとれない年なんだと言い聞かせた。
「何を真面目な話をしているの?」
「椎奈先輩が作ってくれたケーキはあまりにも美味しいんでパテシエールにでもなるのかなって」
「何それ。私の夢は子供っぽいかもしれないけどお嫁さんかな。大好きな人と結婚して家庭を作りたいかな。えへへ、こんな体じゃ難しいけどね」
席に戻ってくるなり頬を赤らめ自虐的な事を言っている椎奈先輩を見た瞬間に脇腹と脛に痛みが走る。
「だ、大丈夫ですよ。車椅子で幸せな生活や結婚している人なんていっぱい居るじゃないですか」
「シュン君にそう言ってもらえるのが一番嬉しいな」
「そ、そうだ。まだ時間はたっぷりあるので高校生なんでお酒の相手は出来ないですけど買い物とかカラオケなら付き合いますよ」
椎奈先輩に告白の様な事を言われて照れ隠しに言った言葉を後悔した。
大学構内のカフェを出てすぐにカナやんは眞鍋先輩に腕を取られ、俺は椎奈先輩の車椅子を押しながら学園都市に繰り出す羽目になった。
無数の身に覚えのない敵を作ったのは確実で冬休み明けからの学校生活に支障をきたしてしまうかもしれない。
そんな事は考えてもいないであろう眞鍋先輩と椎奈先輩のリクエストに片っ端から答えたのは言うまでもなかった。
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