第3話 かげふみ
2学期も終わりに近づき必然的にクラブも休みになっている。
そして教室が殺伐としていると言うかクラスメイト達から日々余裕が消えいく。
何があるかと言えば通称・期末試験と言うやつでもちろん成績下位の者にはもれなく補修が付いてくる。
大学附属校なのだからエスカレーター式に大学に行くのだろうと思われているが強ち間違いではないが、楽かと言えば他の受験生に比べれば楽かもしれないがクラスメイトを殺伐とさせているのは他に理由がある。
それは成績如何で進める学部が変わってくるという事で、御多分にもれず俺自身も余裕が皆無になっている1人だ。
話は変わるが陸上部の新人戦の成績は良い線つまり決勝まではコマを進めた者が居たが県大会には届かなかった。
それでもマネージャーとしては後輩である一年の実力を知る事が出来て今後の対策と練習に生かすことが出来るだろう。
「なぁ、シュンは何処の学部を目指すんだっけか?」
「ん、スポーツ科学部だけど」
「えっ。そうだったっけ?」
「情報は生もので鮮度が命だからな。賞味期限が切れた情報なんて夢の国行きだな」
確かにカナやんの持っている情報量は凄いと思うが個人情報ならともかく個人の嗜好や考え方なんて流動的で日々変わる。
それが入学した1年半も前の情報なら尚更だ。
「でも、シュンじゃ厳しいんじゃないのか」
「だからこうして普段は寄り付かない図書館で勉強してるんだろ。邪魔するなら先に帰れ」
「それじゃ僕は鮮度が命の情報でも収集しに行くよ」
俺が言った夢の国行きが効いたのかカナやんは俺の耳元で囁くように言うと静かな図書館を後にした。
カナやんがいなくなりしばらくして行き詰まり。
調子の悪いエンジンの様に唸りながらノッキングしそうな頭を何とか回転させている。
焼き付きそうになりエンジンストール寸前で…… 情報通のカナやんを追い返したことに後悔していると突然横から声を掛けられハッとして顔を上げた。
「へぇ、勉強熱心なんだ」
「椎奈先輩……」
頭の中が混沌としていた所為か目の前に居る先輩の笑顔が女神に見え、別の意味で熱が上がり顔が赤くなるのを感じる。
「シュン君、大丈夫なの?」
「えっ、な、何がですか。驚かさないで下さいよ」
「私の方が驚いたわよ。あんまり熱心に勉強しているから」
「当たり前じゃないですか。俺はぎりぎりの成績でここに入学したんですから試験になれば必死に勉強しますよ」
何とか平静を取り繕うが見透かされているんじゃないかと思うと冷静でいられない。
それに近いと言うか何だか良い匂いがする。
椎奈先輩がすぐ横にいて俺が唸りを上げていたテキストを覗き込んでいる所為で、気持ちを落ち着かせるための深呼吸もままならない。
「ここが違うから答えが出てこないんだよ」
「えっ、どこですか?」
「ほら、ここの数式が違うでしょ」
「ありがとうございます」
先輩に指摘されたところを直すと面白い様に問題が解けた。
その後も先輩は帰る事もなく的確に間違いを指摘してくれて集中して数学の問題に取り組むことができた。
「ほら、シュン君。最終下校の時間だよ」
「もうそんな時間なんですか?」
腕時計を確認すると時計の針が先輩の言う時間を指そうとしている。
あまりにも没頭していたので周りに居た筈の生徒達が既に帰った事さえ気づかなかった。
「椎奈先輩、ありがとうございました」
「お礼は良いからね。そうだ明日からも勉強に付き合ってあげるからここに来なさい」
「いえ、でも」
「迷惑なんて言ったら怒るからね。私はシュン君に助けられたんだから」
先輩が何を言いたいのか良く分かるからこそ恩義なんて感じないで欲しかった。
「そんな風に思わないでください。例え先輩じゃなくて見知らぬ人でも同じことをしていたと思います」
「でも、助ける事には変わりないじゃない」
「ただ考えなしなだけですよ」
「本当に生意気なんだから」
椎奈先輩に鼻をつままれ思わず仰け反りそうになる。
すると先輩が車椅子から身を乗り出して顔を更に接近させた。
「シュン君は嘘をつくのもつかれるのも大嫌いだと言ったわよね」
「まぁ、偽りはないです」
「それじゃ聞くけど。あの時、やっぱり見たの?」
「はぁ? あの時って…… 見る訳ないでしょ!」
司書と俺達しか居ない図書館に俺の声が響き渡り司書に睨まれてしまう。
先輩が言わんとする『あの時』とは俺が多目的トイレの扉を開けた時の事を言っているのだろう。確かにあの時は驚いて強い口調で言い放ち力任せに扉を閉めた。
それは車椅子との椎名先輩の姿に違和感を覚えたからこそで断じて見ていない。
「良かった。それじゃまた明日ね」
「は、はい」
ホッとした様に椎名先輩がハンドリムを弾いて笑顔で図書館から出て行く。
あの時は俺自身も動揺していたし俺が見たものは見間違いじゃないと思うが今は言うべきではないと思った。
誤解があるかもしれないが俺は見てはいけないものは見ていない。
それは天地神明に誓って言える事だけを付け加えておく。
翌日、すべての授業が終わり図書館に行こうとするとカナやんに捕まってしまった。
「今日も図書館で勉強かい?」
「当然だろ。情報通で勉強にも通じている金谷君には凡人の無駄な足掻きなんて分らないだろ」
「今日はずいぶん多弁だね」
危うくカナやんに見破られるところだった。
「少年老い易く学成り難し。時間は貴重だからね」
「一寸の光陰軽んずべからず 未だ覚めず池塘春草(ちとうしゅんそう)の夢 階前の梧葉(ごよう)已(すで)に秋声だね」
「…………」
一寸の光陰までは知っていたがその続きがあり意味が解らず思わず言葉が出ないでいるとあらぬ所から助け船が出航してきた。
「カナちゃん、それってどういう意味なの? 教えてょ」
「もちろんだよ。一寸の光陰までは知っているよね。続きの意味は池のほとりの春草が萌え出る夢も覚めぬうちに、もう庭先の青桐の葉が秋の訪れを告げているのだからだよ」
しきりにクラスメイトの女子が納得し得意げにカナやんは誰の言葉かと言う謎解きの様な話しまで話し始めている。
これでしばらくは足止め出来るだろうと思い歩き出す。
図書館に顔を出すと何故か先輩が増えていた。
考えれば簡単に答えを導き出せるのに完全に失念していた。こう言うところが俺の弱点かもしれないと再認識させられる。
「さて、待ち侘びたわよ。今日は何から行きましょうか?」
「眞鍋先輩、お手柔らかにお願いします」
「昨日が数学なら今日は英語にしますか?」
「最も苦手とする教科なので……本当にお手柔らかにお願いします」
昨夜は図書館で椎名先輩に教えてもらった勢いのままに数学を勉強をしたので今日は別の教科をと考え文系のテキストを教えてもらおうと思っていた。
そして英語のテキストを開いてまず驚いたのは英語を母国語の様に話す眞鍋先輩の姿で思わず見とれてしまう。
「シュン君は何処を見ているのかな?」
「すいませんでした。綺麗な発音だと思って」
「そんな事を言っても何も出ないわよ」
「未希は英検1級でTOEIC900点以上だからね」
椎名先輩の説明はいまいちピンと来ないけれど眞鍋先輩の発音を聞いただけでどれだけ凄いか分るような気がする。
「それじゃ、成績が上がったらご褒美にデートしてあげる」
「椎奈先輩、それ逆です。俺がお礼しますよ」
「相変わらず生意気なんだから。無理は駄目よ、シュン君は高校生なんだから」
改めて歳の差を気付かされてしまう先輩から見れば俺は弟の様な物なのだろう。
昨日と同じように知らない間に集中していた。
それは椎奈先輩もそうだが眞鍋先輩の教え方が上手いからだと思う。
授業では流すように先生が淡々と進めていくので頭に入らないが先輩達は理由づけて教えてくれるので一つの事を覚えるとそれに関連した事も覚えられ応用できるようになるから
だ。
結局、試験の前日まで椎奈先輩が理数系を眞鍋先輩が文系の勉強をみっちりたたき込んでくれた。
学期末試験の3日間が本当に光陰の様に過ぎていきクラスメイト達は燃え尽きている。
俺自身も頑張ったつもりだがテストが返ってくるまで結果は分らず。多少なりとも上がっていなければ椎奈先輩と眞鍋先輩に合わす顔が無い。
それより前に試験休み明けで久しぶりの部活なので集中したいのに情報通がそれを許してくれない。
「シュン。試験どうだった?」
「分らないと言うのが本当かな」
「そうだよな。あんなに綺麗な先輩達が教えてくれたんだから上がって無ければお礼どころじゃないもんな」
情報通のカナやんが先輩達に勉強を教えてもらっていたのを知っていた事には驚かないが、万が一の時にでもお礼をしなければならないだろう。
まぁ、バイトを禁止され僅かな小遣いでやり繰りしている高校生としては成績が上に向いていなければ本当にお礼どころではなく我が身を差し出すしかない。
「女子大生相手に肉体奉仕か、羨ましい」
「誤解を生むような発言は控えて欲しいな。カナやん」
「俺も勉強を教えてくれる彼女が欲しいな」
「それじゃ、俺の知り合いで熱烈な女の子を紹介してやるよ」
俺が言い終わらないうちにカナやんが全身全霊を持って拒絶している。
流石、情報通だけの事はある。
数日してテストが返却され結果が出た。
「シュン、どうだった」
「ん、絶句するしかないかな」
「どれどれ……」
俺の結果を見てカナやんが呆気にとられている。
「言った通りだろ」
「シュン、俺にも先生を紹介してくれないか」
「カナやんの成績なら何も問題ないだろ。余裕で希望する学部にいけるんだから」
「そうだけど、これは驚異的だよ」
カナやんの言う通りただ驚くばかりで理由としては苦手としていた英語の点数が飛躍的に上昇してその他の教科も確実にボトムアップしている。
それでもこの結果を喜ぶだけではなく持続していくのが大変そうだ。
「それでお礼は何にするか決まっているのか?」
「そこなんだよ。同級生にならわかるけど高校生が年上にプレゼントなんて考えたこともないからな」
「そこでだ。アクセサリーなんかどうなんだ。女子なら喜ぶと思うけどな」
「難題だな。今まで一度も女の子にアクセサリーなんてプレゼントしたことないし。恋人でもないのに良いのか?」
スラスラと女の子に人気のあるアクセサリーショップをカナやんがノートに書き込んでくれた。
こんなことまでデータアップされているのか驚きを隠せない。
「なんでカナやんに女っ気が無いかな。不思議だよ。人気だけはあるのに」
「それは僕が情報通だからじゃないかな。彼女の知らなくて良い事まで知っている彼氏なんて嫌だろ」
「それじゃカナやんは彼女は欲しくないと」
「そんな情報は早目に夢の国送りにしておいてくれないかな」
彼女が欲しくない訳じゃないらしい。飛び火しない様に立ち上がろうとするとまんまと切り返された。
「まぁ、誰かさんみたいに恵まれていると分らないかもしれないね」
「先輩達の事を言っているのなら少し違うかな。多分弟の様なもんだと思うけどな。それにカナやんのデータベースには俺がこの学校を選んだ理由も確実にインプットされていると思うけど」
「当然、僕からは言うべきじゃない情報だけどね」
カナやんと別れ急いで帰路に就く。
時間は限られていて待ってはくれないからで、家に帰り直接交渉するしかなさそうだ。
自宅に帰りパソコンと顔を突き合わす。
カナやんが教えてくれたショップを検索してみるが流石に予算と折り合いがつきそうにない。
仕方なくラインで知り合いの女の子に向けて聞いてみるが帰ってきた返事は正しくカナやんのそれで、どれだけカナやんの情報が正確無比かという事を思い知らされた。
そして何処のショップにもクリスマスの文字がある。
「駄目だ。手が届かない」
「何が届きそうにないのよ。まさか成績が下がったんじゃないでしょうね」
いつの間にか帰ってきていた母がスーツ姿のままいきなり突っ込みを入れてきた。
俺の母親は都内のホテルで仕事をしていて不規則なシフトなので時々シフトを忘れていると急に現れ驚くことがある。
因みに父は単身赴任中で最後に顔を見たのはいつか分らないくらいだ。
そんな事よりティファニー・4℃・スタージュエリー…… 1人分ならともかく2人分となると厳しいし恋人でもないのにティファニーは変だろう。
それに無理をすれば受け取ってもらえないばかりか怒られるだけだ。
「で、シュンは何を悩んでいるの? 早く試験結果を見せないさい」
「これがテスト結果だよ」
「…………」
家に帰ってまでカナやんと同じような顔を見るとは思わなかったが、今までの自分自身の成績を顧みれば仕方が無いことかもしれない。
「シュン、あなたカンニングでもしたんじゃ」
「自分が産んだ息子を信じられないってどんな母親だよ。確かにこの結果は俺自身でも信じられないけどな。教え方の上手い先輩に勉強を見てもらった賜物だよ」
「シュン、あなた」
母の顔が強張りいきなり胸倉を掴まれ物凄い力で引っ張り上げられた。
あまりの勢いに何も言えず両手を高々と上げて早々と降参の狼煙を上げる。
「先輩って眞鍋さんと椎奈さんね。ちゃんとお礼をしたんでしょうね」
「だからそのお礼を何にするか考えていたんっだよ。ちょうどいいタイミングだから一応聞いておく。年玉を前借りさせてくれ」
「もちろん良いわよ。小遣いもアップしてあげるわ。今回の成績を維持すると言う交換条件でね。それと半端な物を贈ったらただじゃおかないから。分かったわね」
やっと解放され勢い任せに言った交渉もすんなり通った。
しかし、飛躍的にハードルが上がった事は言うまでもない。
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