第2話 はじまりのうた
相変わらず体育やクラブは見学に来ていたがそれ以上は近づいてくることもなく日々が過ぎようとしていた。
制服の衣替えはとうに終わりそろそろセーターかジャケットが必要な季節になっている週末に学園都市に来ている。
気になる小説があり探しに来たのだが本当の所で他意はなく、ここまで来る理由としては学生が集まる学園都市の書店の方が色々と充実している一言に尽きる。
週末だから学園都市に学生が居ない訳ではなく図書館なども充実しているので休日でも学生が大勢いて。
再び出くわす可能性が高いので目的の小説を購入して足早に立ち去るとしよう。
しかし、目当ての小説は見つからず取り寄せてもらう事にして本屋を出ると運悪く出くわしてしまったようだ。
学園都市には女子大や女子高もあり近隣からナンパ目的でここに来る輩も多い。
恐らくそんな輩なのだろうか大学生風の男達に車椅子が取り囲まれている。
そして車椅子には例の彼女が座っていて困惑した表情で抜け出そうとしているのに男の1人が腰に手を当てて彼女の顔を覗き込むようにして行く手を阻んでいた。
そして事態は更に悪化していく。
もう1人の男が車椅子を強引に脇道に押し始め彼女が必死に抵抗しても男の力にはかなわないのだろう成す術がなく脇道に連れ込まれてしまった。
学園都市に通い始めて2年も経てば休日の学園都市の脇道がどうなっているのか知らないはずもなく。
平日なら格安の定食屋が学生で溢れ返っているが休日はそんな定食屋は大抵定休日で閑散としている。
見て見ぬふりなんてする訳にもいかない。
たとえそれが見ず知らずの女の子でも同じ事をしていたと思う。ましてや車椅子に乗っている女の子なら尚更だ。
早足で路地に飛び込むと車椅子が見え、背にしていた男の頭をめがけて持っていたリュックを振り上げ男の頭を薙ぎ払い車椅子の前に飛び出す。
不意を突かれた男は頭を押さえて倒れ込んでいる。
「早く行け」
「えっ、でも」
「良いから早く逃げろ」
驚きと戸惑いを隠せない彼女が我を取り戻しハンドリムに手を当て、器用に前輪を上げウィリーさせて車椅子を反転すると勢いよくハンドリムを弾いて逃げていく。
彼女の事を追いかけようとした男達の標的は確実に自分にロックオンしているようだ。
一対一なら何とかなったかもしれないが相手が5人では分が悪すぎる数発のダメージを相手に与えたが受けたダメージはその何倍だろうか倍返しじゃ済まない筈だ。
何処からか『お巡りさんこっち』と言う声が聞こえたような気がして男達が逃げて行ったがその後の事はよく覚えていない。
自分の荒い呼吸音だけが聞こえ冷たいアスファルトを背中に感じる。
すると冷たい物が頬に当てられ驚いて体を起こそうとすると全身に痛みが走った。
「痛っ!」
「シュン君、動いちゃ駄目」
「せ、先輩?」
何が起きたのか分からず体を起こすと目の前には心配そうな体育会系の先輩の顔がありその手には濡らしたハンカチが握られている。
「私は眞鍋未希。君が助けた椎奈真琴の友達よ」
「その眞鍋先輩が何でここに?」
率直な疑問を投げかけると眞鍋先輩の瞳が動き後ろを見ろと言っていて。
そこには助けた筈の椎奈先輩が泣きはらした目で眞鍋先輩以上に不安そうな瞳を向けている。
「大変だったんだから。真琴から電話があってシュン君が死んじゃうって。何とか落ち着かせて場所を聞いてシュン君を助けたいなら『お巡りさん』って叫びなさいって」
「助けた筈が助けられちゃった訳だ。だっせ」
「バカ! シュン君は命がけで真琴を守ったんでしょうに。真琴に怪我がないのがその証拠でしょ」
確かに俺はぼろ雑巾だけど椎奈先輩は泣きはらした目をしているだけで無駄ではなかったのだろう。
再び顔を上げて思わず笑ってしまうと眞鍋先輩に睨まれた。
「シュン君は何が可笑しいのかしら?」
「いえ、椎奈先輩が泣き止んだからかなって」
椎奈先輩の頭の上には虹が綺麗に半円を描いている。
虹が掛かってる方では雨が降っていたのだろう。
「本当だ、綺麗な虹だね。真琴」
「シュン君のばか」
その後、事情が事情なので怪我をした理由を証明するために本当に警察を呼ばれてしまい母親まで呼び出されてしまった。
警察に相手の人数や人相などを聞かれ解放されると直ぐに母親と共に病院に向かう。
万が一の為に精密検査などを受けさせられ解放された頃にはすっかり日が暮れていた。
眞鍋先輩の真摯な態度で説明する姿に納得したのだろうか母親は何も言わなかった。
流石、年上の大学生と言うところだろう、恐らく同級生ではこうはいかないと思う。
後日、椎奈先輩を連れて自宅に改めて礼をしに来ると言われたので丁重にお断りした。
もちろん母親も愚息のした事ですから気にしないでくれと言ってくれたので自宅訪問は阻止できたようだ。
そして週明け。
頭に巻かれた包帯を取って学校に行こうとして朝から母親に激怒され、渋々包帯を巻いたまま登校する羽目になってしまった。
学園都市に降り立つなり周りの好奇の視線にさらされ中には指をさして笑いだす女子高生までいて登校拒否になりそうだ。
それは京立附属高校の校舎に入っても変わらず、教室に飛び込んで机に肩肘をついて不機嫌オーラーを噴出させる。
そんなオーラーお構いなしにカナやんが笑いながら突っ込みを入れてきた。
「シュンはミイラ男のつもりか?」
「なんでミイラ男なんだよ」
「だってハロウィンじゃなか」
「ハロウィンね」
最近はクリスマスと同じように宗教的な意味合いは皆無でイベントとして日本人もハロウィンをする様になってきたが、学校で仮装してハロウィンは無いだろう。
それに一応だが名誉の負傷と言うやつでミイラ男に仮装したつもりはないが、やられるだけでは癪に障るので切り返す。
「トリック オア トリート」
「やっぱりハロウィンなんだ。シュンは凄い覚悟だね」
「お菓子をくれないなら悪戯しちゃうぞ」
「悪いけどお菓子は持ち合わせがないな」
徐にスマホを取り出しラインを起動し何食わぬ顔で画像を添付する。
するとカナやんのスマホが反応してラインを起動させると見る見る顔が引きつっていく。
「シュン、なんて事を……」
「トリック オア トリート」
「俺が悪かった、ごめん」
カナやんが仕返しされたことに気が付いた時には時すでに遅く。
かなり恥ずかしいカナやんの画像がクラスメイト及び俺の知り合いのグループに公表された後だった。
「それじゃ、みんなにもお菓子を貰いに行こうかな」
「「「「「「駄目!」」」」」」
俺が立ち上がると画像を見て失笑していたクラスメイトがあっという間に教室から逃げ出していた。
そして情報通のカナやんは情報網を駆使することなく遠い目をして窓の外を見ている。
仕方ないのでラインでメッセージを送っておくことにしょう。
『画像を拡散した奴にはミイラ男が仕返しに行きます。消去した人の所にはお菓子を貰いに行きません』
これである程度効果はあるだろう。
その日の昼休み。
いつもの様に弁当を食べてカナやんと無駄話をしていると普段は静かなのにざわめきが近づいてくることに気付いた。
「何なんだ。今日は騒がしいな」
「ん、ハロウィンだからじゃね」
「まだ根に持っているのかよ」
「当然だろう、あんな写真を散蒔かれたんだから」
あの画像があまり拡散されていないにもかかわらずカナやんの機嫌はまだ全快していないようだ。
ざわめきが教室の前で止まり教室に居たクラスメイトの視線を集めている。
そして、その視線が今度は俺に向かい何事かとドアの方を見ると事もあろうか車椅子に乗った椎奈先輩と体育会系の眞鍋先輩がいた。
基本、京立大も付属高校も学生証を見せればお互いの校舎に入る事が出来るが付属の生徒が大学の施設に行くことはあってもその逆は無いとは言えないが皆無で。
だからこそざわついていたのだろう。
気にするなと言うほうが無理なのだろう椎奈先輩が俺の頭に巻かれている包帯を見て不安そうな顔をしている。
そんな不安を振り払うように席を立ち歩き出す。
「どうしたんですか? 珍しいですね大学生の先輩がこっちの校舎に来るなんて」
「私も騒ぎになるから止めようって真琴に言ったのだけど下校時じゃ会えないかもしれないからって」
「迷惑だったら、ごめんなさい」
眞鍋先輩の言葉で椎奈先輩の声が尻すぼみになっていく。
そんな椎奈先輩の膝の上には綺麗にラッピングされた箱が大事そうに抱えられている。
「俺は気にしないですよ。わざわざ俺に会いに来てくれたんだし」
「シュン君は本当にそう思っているのかしら」
「基本、嘘はつきません。誤魔化すことはありますけど。嘘をつくのもつかれるのも大嫌いですから」
「ほら、真琴。ちゃんとしなさい」
項垂れていた椎奈先輩が眞鍋先輩に言われ真っ直ぐな瞳を俺に向けた。
「こんな事で済ませられる事じゃないけれど。お礼だと思って受け取って欲しんだけど」
「それじゃ、素直に頂きます。ありがとう、椎奈先輩」
「美味しく出来たか分らないけど一応プリンだから」
不安そうだった椎奈先輩が照れ臭そうな笑顔になり少しドッキリした。
それは椎奈先輩が笑った顔を初めて見たからかもしれない。
そんな事を見透かされない様にラッピングされた箱を受け取り席に戻ろうとすると眞鍋先輩が畳み掛けてきた。
「それじゃ、ついでにシュン君の連絡先でも聞いておこうかしら」
「それについては個人情報保護法が」
「固いこと言わないで教えなさい。真琴の手作りプリンの感想も聞きたいじゃない」
眞鍋先輩に言われ机に置いてあるスマホを見るとカナやんの魔の手が既に伸びていた。
そして何故かカナやんが俺のスマホを持って眞鍋先輩とふるふるして友だち追加をしている。
画像をばら撒かれた腹いせだろうが何故カナやんが俺の暗証番号を知っているのだろう。
まぁ、カナやんなら知っていて不思議はないのかもしれない。
そしてカナやんの手によってカナやんが知りうる俺の個人情報のすべてが先輩にリークされてしまった。
「ありがとう、金谷君」
「いえ、どういたしまして」
眞鍋先輩がカナやんに礼を言うと椎奈先輩が満面の笑顔になり手を振ってから車椅子を走らせ帰っていった。
色々とカナやんに尋問したいがそれより先に箱の中を確認しておくことにした。
理由としては中身がプリンで教室には冷蔵庫と言うものが無く午後の授業もまだ2時間残っているからだ。
丁寧にリボンを外してラッピングを解くと中から小ぶりのカボチャと茶色い液体が入ったタレピンが出てきた。
因みにタレピンとはお弁当に入っている醤油入れのことで、魚型が主流だが俺が手にしているのは四角く少し大きい。
恐らくプリンなのでキャラメルソースだと思う。
「また、ハロウィンか……」
「美味しそうな、かぼちゃプリンじゃん。ご丁寧にナイフとフォークまで入れてくれてるじゃん。早速頂こうぜ」
「はぁ?」
頭の上に盛大に疑問符が浮かぶ。
このプリンは怪我の対価として貰ったものでカナやんは全く関係ない。
関係ないどころか個人情報をリークした張本人で俺からしてみればこれ以上の搾取は許されるものではない。
「いつ、誰がカナやんに分けると言った」
「仕方が無い。最終手段だ。トリック オア トリート」
「そう来たか」
徐にズボンのポケットに右手を突っ込み取り出して人差し指に引っ掛けるようにして親指に渾身の力を込めてはじき出す。
軽い炸裂音がしてカナやんが涙目でおでこを抑え、カナやんの視線の先には小さなキャンディーが転がっていた。
「な、何でキャンディーを持っているんだよ」
「当然だ。去年のハロウィンで自分がしたことを思い出せ」
「はう!」
去年のハロウィンにお菓子を持っていなかったが為にカナやんにされた仕打ちは軽いトラウマになっている。
それを数倍にして返せるとは思わなかったがキャンディーを持ってきておいて良かった。
まぁ、1人では食べきれなかったのでカナやんにも分けて、興味がある女子にも味見をさせると絶賛していた。
確かに美味しく頂いた事を眞鍋先輩に連絡したのは言うまでもない。
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