第23話 マハロ
翌朝、早めに食事をしてロビーに降りるとロビーが大変な騒ぎになっていた。
各雑誌の編集長が顔を突き合わせスマホを耳に当てながら喧々囂々の議論をしている。
その傍らでは地図を広げているスタッフがいてメイクさんやスタイリストさんはチェックに余念がない。その中に有佐編集長が率いるカリーノ編集部の面々を見つけた。
「編集長、何の騒ぎ何ですか?」
「今日一日ここがインフィニート出版・ハワイ支社になったの。今、本社と企画会議の真っ最中よ。あら、決まったみたい」
有佐編集長の視線の先には今まで喧々囂々の議論をしていた楠木編集長が両手を頭の上で輪にしている。
企画が決まれば後は動くだけだ。
用意されているマイクロバスに乗り込むと皆の顔がワクワクしている。楽しい撮影になりそうだ。
そんなバスの中に業務用ビデオカメラを持っているスタッフが居た。
「今回、雑誌の撮影のメイキングまで作る編集部があって無理言って来てもらったの。もう後戻りは出来ないわよ。社運が掛かってるんだから」
「もう編集長は大げさですよ。楽しく行きましょう。ここはハワイなんだから」
理沙さんは場を和ませてくれるけどそれは私の事を思ってだと思う。私は啓祐さんに教えられた通り楽しく取り組むだけ。
「そう言えば澤辺さんはどうしたんですか?」
「それが彼女。ブランド品を買った後で置き引きにあってショックで立ち直れずにホテルで寝ているの」
「どうせブランドショップの袋を沢山下げて口をぽかんと開けてキョロキョロしてたんでしょあれほど止めなさいって注意したのに」
「事が起きてしまったのだから仕方がないわ。警察には一応届けてあると言っていたし」
確かに澤辺さんは編集部でも口を半開きにしていることが多い。
ハワイは楽園と言うイメージはあるけれど海外でブランド品ばかり持っている日本人は狙われやすいと聞いたことがある。
可哀想だけど編集長の言うとおり仕方がないのだろう。おまけが付いてしまったけれど一度動き出したものは止まらない。
変な言い方かもしれないけれど撮影のメインは手術の跡が残る私の胸なのだけど。ビーチでの水着の撮影もあるけれど色々なシチュエーションが用意されていた。
初日の今日はワイキキ周辺での撮影になった。
巨大ショッピングセンターでショッピングしている姿や有名なカフェでスィーツを食べながらの撮影。
外人さんが連れているワンちゃんと戯れている場面やお話している場面。
濃厚な撮影スケジュールが続き最後の撮影場所はダイアモンド・ヘッドって。
「汐音の大好きな山登りだよ」
「燕ヶ岳を思い出すね」
「そうだね」
1年の夏合宿での事が思い出されて少しだけこそばゆい。
ダイアモンド・ヘッドのは頂上までの道は19808年、アメリカ陸軍の沿岸防衛施設として建設され第2次世界大戦中はアメリカ軍の要塞として使われ途中には急勾配の階段やトンネルそれに螺旋階段があり。
私と啓祐さんは難なく登ったけれど……
「汐音ちゃんは何でそんなに元気なの?」
「実は私、手術する前に北アルプスの燕ヶ岳に登ったことがあるんです。その時に親友とトレーニングして」
「嘘でしょ、信じられない」
「凄く綺麗な景色ですよ」
232メートルの頂上には寛ぐ場所なんて無く急いで撮影を済ませ直ぐに下山する。
「もう、動けない」
「終わった」
「ほら、情けない声を出さない。汐音を見習いなさい」
理沙さんと愛理さんが駐車場にへたり込んで編集長に活を入れられている。
ホテルに戻り皆で食事をして早めに眠る。
2日目は水着での撮影のオンパレードだ。バスは一路北を目指している。
ノースショアーには冬場はビックウェーブが打ち寄せるサーフィンの聖地と知られている。そしてノスタルジックな町並みが綺麗だ。
海での撮影の後にノスタルジックな町並みで撮影してマツモトシェイブアイスという虹色の大きなかき氷を食べながら撮影して直ぐに移動する。
やけに時間を気にしていると思ったら次の撮影場所の為だった。
カネオヘ湾のサンドバーは潮が引くと海上に現れる白い砂浜のことでCM撮影にもよく使われている場所らしい。
海の上で立つことが出来て幻想的でとても綺麗な写真が取れたと思う。
サンドバーの次は紗羽さんや和泉さん達と撮影した天国の海に来ていた。
時計の針がお昼を回っている。
太陽と相談しながら撮影していると1台のバンが近づいてきて紗羽さんと和泉さんが降りてきた。
「どうしたんですか?」
「私達の撮影は昨日で終わったから何か手伝えることはないかなって思ってお弁当を持ってきたの。お腹空いたでしょ」
「本当ですか? 有難う御座います。お腹ペコペコで」
何度も撮影で訪れている紗羽さんと和泉さんがチョイスしたランチボックスは絶品だった。
「撮影は順調なの」
「順調かどうか私にはよく判らないけれど凄く楽しいです」
「デビューしたくなった?」
「私はやっぱりファインダー覗いてるほうが好きです。モデルは恥ずかしいし」
紗羽さんと和泉さんが時間の許す限り色々とアドバイスをしてくれてワイワイと楽しく撮影が進んでいく。
夜になり夜景や昼とは違う表情のホノルルの街で撮影があり最終日の撮影が終わる。
打ち上げでは無いけれどステーキハウスで皆揃っての食事になった。
「お疲れ様!」
「お疲れ様です」
「疲れたけどこんなに楽しい撮影は初めてでした」
「濃厚な2日間だったものね」
皆で楽しくお喋りしながら熟成肉に舌鼓を打つ。
「汐音ちゃんは何処での撮影が一番だと思う?」
「全部かな。凄く楽しかったけど。水着の撮影はやっぱり恥ずかしかった」
「そうだよね。私なんか絶対に嫌だもん」
「へぇ、汐音の撮影をみて愛理はまんざらでもない顔をしてたけど」
「もう、理沙副編集長。冗談はやめて下さい」
一番楽しかったのはやっぱり啓祐さんと一緒に被写体になる撮影だったけど。それは私の心の中だけの内緒。
ホテルに戻るともうフラフラだった。
「慣れない撮影で疲れたでしょ。汐音は先に寝てなさい」
「啓祐さんは寝ないの?」
「僕の仕事はこれからだよ」
仕事と言われてがっかりしてしまう。それでも私が言った言葉からこの企画が始まったのだから仕方がない。
「そんな顔されたら仕事しづらくなるじゃないか。寝るまでここにいるから」
「うん、ありがとう」
啓祐さんの優しさに甘えちゃったけれど横になったら直ぐに寝てしまった。
翌朝、目を覚ますと啓祐さんの顔が見え嬉しくなる。
時計を見ると熟睡した所為かまだ6時過ぎだった。カーテンのカーテンの隙間から薄い光が漏れている。
「ん、汐音? 早起きだな」
「ごめんなさい、起こしちゃった?」
何も言わずに軽くキスをしてきて啓祐さんが起き上がってベッドから出ていきカーテンを開けた。
「ん~ 気持いい朝だ。パンケーキでも食べに行くか」
「行きたいです」
ハワイに来て啓祐さんに会えたのに撮影ばかりで一緒に楽しむことが殆ど出来なかった。それは啓祐さんも同じなんだろうけど。
啓祐さんに連れられて来たお店は日本でも有名になっているパンケーキ屋さんだった。
私は定番の生クリームたっぷりのパンケーキで啓祐さんはエッグベネディクトをチョイス。
6時からオープンしている事に驚いたけれどそれ以上に周りは日本人だらけだ。
「日本に居るみたい」
「そうだね。この時間だと午前中の便に間に合うからね」
ホノルルから日本へ帰る人は殆どが午前中の便で私達も午前中の遅い便になっていて納得してしまう。
ギリギリまでハワイを満喫したいという日本人の性だろうか。
「そう言えば汐音は栞達にお土産は買ったの?」
「おみやげ……どうしよう、啓祐さん」
「この時間ならABCストアーかな」
すっかり頭から抜け落ちていて泣きたくなった。確かにあそこなら早朝から開いているのを知っている。
だけどじっくりと選んで決めたいし今からの時間ではギリギリで。
「仕方がないね。空港で買おうか」
「う、うん」
撮影ばかりで観光も満足に出来なかった。その上にお土産まで諦めるしかないなんて、自分の馬鹿さ加減に呆れてしまう。
「汐音、少し視点を変えてご覧。カリーノ編集部の人達だけだったら何処に行っていたと思う?」
「ワイキキビーチで遊んで買い物して静かなビーチでのんびり」
「ノースショアーに行く? ダイアモンド・ヘッドに登る? サンドバーは素敵な場所だったよね。天国の海は行っていたかもしれないけど」
啓祐さんに言われオアフ島を満喫したことを気付かされた。
多分、天国の海にも行かなかっただろう。あそこの海はビーチパークじゃないので駐車場もなく隣の全米ナンバーワンのカイルア・ビーチパークには行ったかもしれない。
「それとも楽しくなかったの?」
「凄く楽しかった。ウエディングドレスも着れたし。ありがとう」
啓祐さんに気付かされてばっかりだ。
ホノルル空港でお土産を選ぶので早めにホテルに戻る。
カリーノ編集部の皆もお土産を買う為にホノルル空港に向かうというので便乗する。
普通なら2時間前に空港に着いていれば問題ないけど1時間以上のの余裕を持っているので十分に時間があるだろう。
「あれ、紗羽さんに和泉さん。どうして」
「お見送り」
ホノルル空港に着くと紗羽さんと和泉さんが居て。紗羽さんは笑顔でそんな事を言うけれど手には大きな紙袋を下げている。
「これ、おみやげ」
「え、どうして」
「買う時間が無かっただしょ。私達が撮影に巻き込んじゃって」
「そんな、困ります」
確かに撮影に巻き込まれたのは確かだけどお土産を買う時間が失くなってしまったのは2人だけの所為ではない。
それにこんなことをされたらどうして良いのか分からない。すると何故だか紗羽さんと和泉さんが笑い出した。
「うふふ、実は森山さんに頼まれたの」
「ええ、啓祐さんに? だって啓祐さんはホノルル空港で買うしか無いって」
「お弁当を持っていた時にメモを渡されてね」
「そうそう、売れっ子モデル御用達のおみやげだからね。満足してくれると思うよ」
どこまで啓祐さんは優しいのだろう。
それに紗羽さんと和泉さんも。
「それに私達もあんな素敵な写真を森山さんに撮ってほしいし」
「もしかして」
「『こい』素敵だったよね。一瞬で汐音ちゃんと森山さんの大ファンになったんだもん」
「恥ずかしいです、大ファンなんて」
顔から火が出るとはこう言う事を言うのだろう。
でも、あの写真集はアイドルなどの写真集を除いて異例の発行部数になって話題になった。
「それとこれは私達から汐音ちゃんと森山さんへのプレゼント」
「ありがとうございます。開けてみて良いですか?」
「もちろん」
布袋の中にはゴールドのバングルが。
シンプルなバングルにハワイらしい柄があしらわれ少し細身の方には私の名前が、幅が広い方に啓祐さんの名前が掘られている。
「本当にありがとうしか言えないけど」
「幸せになってね。私達も頑張るから」
「はい」
「森山さん、約束ですよ」
「もちろん、バングル遠慮無く頂くよ。ありがとう」
3人で抱き合ってちょっとだけ泣いて搭乗口に向かい見送られて帰路につく。
研修旅行と言う社員旅行から帰ってきて次の週末に栞が遊びに来た。
「へぇ、すっかりモーリの家も汐音色に染まちゃって」
「もう、初めてじゃないでしょ来たの」
「だけど最初の頃はね」
栞の言うとおり最初は私が啓祐さんの家に転がり込んだ感じで私の物は殆どなかった。
それが段々増えて2人の家になってきたのに。
「そう言えば徳丸君は元気なの?」
「それがさ。撮影、撮影って飛び回ってて単位さえ危ういんだよね」
「でも徳丸君はそんな所も上手く計算してるんでしょ」
「まぁ、ぎりぎりのラインで計算するから何かあったらアウトだよ」
文句に聞こえるけどいつもの栞のノロケ話だ。
徳丸君は月の島の野良猫を撮影した写真が注目を浴びて写真集を出し星空の写真でも写真集とまでは行かないけれど色々な本に掲載され話題の人になっている。
「そうだ、これお土産」
「おっ、待ってました」
徳丸君には最もグレードの高い豆を厳選した100%のコナコーヒーと通常はコーヒーの実からは2粒の豆が取れるけど1粒しか入っていないビーベリーと言う実を使用した最高級銘柄のコナ・ビーベリー。
それに穏やかな海と名付けられたノースショアーの農場で有機栽培されたカカオ豆を使用したチョコレートで手作業のために生産が限られ希少らしい。
コーヒーに合う4種類がセットされている。
栞にはコーヒー豆の袋で作られた可愛らしいトートバックに入っている。
大豆油から作られた置いてあるだけで南国の香りが漂うプルメリアのソイキャンドルにボディーミストやパイナップルの形をしたハワイではメジャーなクッキだ。
このホノルル・クッキーは私の両親にも用意されていて味見したけど凄く美味しかった。
因みに栞に説明した話は全ておみやげと一緒に全ての物に対してメモ書きがされていた。紗羽さんと和泉さんには本当に頭が上がらない。
「凄い、こんなに貰っちゃって良いの?」
「うん、遠慮するような仲じゃないでしょ」
「じゃ、遠慮なく。ありがとう。それじゃ早速写真を見せて」
「う、うん」
準備したノートパソコンを持ってきて写真を鑑賞する。
「すごい綺麗だね」
「そうでしょ、本当に素敵でここは楽園だと思えるんだよ」
「ふうん。でもさ何でモーリがいるの?」
「え、何処に? やだな、人違いだよ。社員旅行でハワイに行ったんだよ」
栞は納得してくれたけど何だか様子が変というか。訝しげに私を見ている。
「それじゃ質問というか尋問していい?」
「え、何も疚しいことはしてないよ」
「第一にお土産なんだけど明らかに汐音のセンスじゃないよね。どれもトップクラスのお土産にしか見えないし。写真が不自然過ぎる、まるでファッション雑誌の撮影みたいにしか感じられないんだけど。まぁ、出版社の研修旅行だからと言われればそれまでだけど。汐音は私に嘘を付くような人じゃないよね」
栞に見抜かれぐうの音も出ない。もう誤魔化しじゃ済まされないし栞とはいつまでも親友で居たい。
「ごめん、実は啓祐さんがハワイまで来てくれたの。でね、研修旅行だったんだけど撮影でハワイに行った出版社の人達もいて前に会った読者モデルの人がモデルとして撮影してて」
「また、巻き込まれたと言う訳か。汐音は本当に巻き込まれ体質だね」
「そんな事言ったって私にはどうすることも出来ないでしょ。それにずーと撮影で」
気付いた時には栞の顔が目の前にあり。私の方に掌を差し出している。
「わん」
「お手じゃないし、ワンでもない。あるんでしょこんな準備してあった写真じゃなくて」
「うう、あん」
仕方なくいろんな編集部から渡されたCD-ROMを栞に渡す。
「いつから汐音はモデルに転職したのかな」
「私は出版社の編集部勤務です」
「てっ……こんな写真見たらどれだけの人がハワイで挙式上げたくなると思ってるの?」
「私の所為ではないでしょ」
ウエディングドレスを着た写真まで見られて。穴があったら入りたいくらい恥ずかしい。
「これだけ撮影してたら、いくら時間があっても足りないよね。それでお土産を買うのを忘れて」
「うん、紗羽さんと和泉さんが啓祐さんから頼まれて買ってきてくれたの」
「もう、モデルに転職しちゃえば良いじゃん。売れっ子のモデルさんと友達なんだし」
「嫌だよ。ただでさえ今度写真集が出ちゃうんだから。あっ」
未定だと言われていたのに思わず口から出てしまい、完全に栞の瞳が私にロックオンしている。
「で、いつ出るの?」
「まだ、出版自体未定だから言えないし決まってない」
「どんなテーマの写真集なの?」
栞にすべて話す。
紗羽さんと和泉さんの水着の撮影で一緒に撮ることになって私の胸の傷を見た2人が泣いてくれた事。
啓祐さんに画像処理で消せると言われたけれどありのままで撮影を続けたいと申し出た事。
その理由は同じ傷を持つ女の子に恥ずかしくないんだ、私は頑張ったんだと胸を張って勇気を出して欲しいから。
その話を聞いた編集長が写真集を出すと言い出して出版社の仲間が力を貸してくれて2日間で撮影した事も。
「本当に汐音は馬鹿なんだから」
「栞が泣く事ないでしょ」
「泣いちゃうよ、そんな話聞かされたら」
泣いている栞の姿を見てたら私まで涙が溢れてきて2人で泣いてしまった。
まるで藤倉高校に居た時のように。
「まだ、未定だって言ってたよね。写真集」
「う、うん。どうするの?」
「汐音には強い味方が沢山いるんだよ」
栞がスマホを取り出してメールをし始めた。
しばらくすると私のスマホがメールの着信を告げてアプリを開くと有り得ない数のメールが受信されている。
クラスメイトの朋ちゃんにクラスの皆。
フォトグラフ学科の咲ちゃんに徳丸君や他の皆。朋ちゃんが居た美術学科の人達からも次から次へとメールやラインが届く。
私が言った小さな言葉の小石が水面に落ち同心円の波が広がって行く。
私から有佐編集長にそしてカリーノ編集部から各雑誌の編集長や編集部にさらにインフィニート出版に広がり私の友人やクラスメイトにフォトグラフ学科の皆へと広がっていく。
どこまで広がっていくのだろう。
啓祐さんが帰ってきて栞も一緒に夕飯を食べた。
栞が帰った後に写真集のことを栞に話したら大変な事になってしまったと言うと啓祐さんに笑われてしまう。
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