第20話 なみだ

秋も深まり。藤倉は赤や黄色に彩られて観光客で賑わっている。

そんな観光客が足を踏み入れない場所を知っている地元の私と栞はカメラ片手にブラブラと写真を撮っていた。

「ん~ 気持ち良いね」

「あんなに寒さが苦手だった汐音の言葉じゃないね」

「だって皆のお陰で元気になれたんだもん。今まで我慢してきた事を取り戻さなきゃ」

「そうだ、モーリの家に遊びに行こうよ」

栞に言われてスマホで聞いてみると家に居るとの事だった。

確か啓祐さんの家の方も綺麗に紅葉しているはずで小高い場所にあるので隠れたスポットがあるかも知れない。

そう思い啓祐さんの家の方に足を向ける。

藤倉駅を通りすぎて八幡様の参道を横切り小高い住宅街に向かう。しばらくすると真っ直ぐな坂道に出てこの坂を上れば啓祐さんの家だ。

坂の下から見上げると家の隙間から良い感じに道に日が差していてその先に紅葉した山が見えて思わずファインダーを覗いてシャッターを切る。


「あれ、秋川先生と瑛梨ちゃんじゃない」

「うそ、本当に?」

坂の中腹に親子連れが居て栞が駆け出し、私も栞の後ろを追いかけるように坂を上がる。

「瑛梨ちゃん!」

「栞おねえしゃん」

栞が瑛梨ちゃんの名前を呼ぶと瑛梨ちゃんが坂を駆け下りて来て栞が駆け上がる。

次の瞬間に栞が何かに弾き飛ばされるように道に倒れ込み足首を押さえている。

「痛い」

「栞、大丈夫?」

「足を挫いたみたい。それより瑛梨ちゃんを」

栞に言われ瑛梨ちゃんを見るとヨレヨレのスーツを着た男の人が泣いている愛梨ちゃんを抱えて秋川先生と取っ組み合いをしていて足が竦んで動けなくなってしまう。

すると男の人が瑛梨ちゃんを降ろして民家の庭から角材の様な木の棒を持ってきた。

秋川先生が瑛梨ちゃんを庇うように覆い被さると男の人が棒を振り上げる。

「駄目!」

栞の悲鳴に似た叫び声に突き動かされる様に走りだし持っていたカメラを男の人に叩きつけた。

一瞬だけ怯んだ男の人が私の身体を払い飛ばし。

石積みの様に装飾が施されたコンクリートの擁壁に背中を打ち付け息が一瞬詰まる。

カメラが宙を舞いアスファルトに向かって落下していき甲高い音を立てて落ちた。

手を伸ばすと棒が振り下ろされカメラが悲鳴を上げながらバラバラに砕け散り……

全てがスローモーションの様に見える。


「汐音! 逃げて!」

秋川先生の絶叫が突き抜け見上げると男が棒を振り上げていた。

もう駄目だと思い頭を抱え込むと劈くようなブレーキ音が聞こえ私のすぐ前を風が通り過ぎた。

「瑞樹さん、怪我は?」

突然、大月先生の声が聞こえ恐る恐る頭をあげると大月先生とスーツ姿の男が大立ち回りをしていてまるでアクション映画を見ているようだ。

大月先生が繰り出した横蹴りが男の腹に突き刺さり崩れ落ちるように男は動かなくなった。


「汐音! 汐音!」

私の名を叫ぶ啓祐さんの声で意識がはっきりする。

辺りを見ると男は崩れ落ちたままで大月先生が栞の足首を心配している。そして秋川先生は瑛梨ちゃんに覆い被さったままで動かない。

「啓祐さん。秋川先生を。早く」

「分かった」

啓祐さんが秋川先生の背中にそっと手を置くと身体が痙攣したように動いた。

「ユッコ、もう大丈夫だから。何も心配はいらないよ」

「啓祐、啓祐、啓祐!」

ゆっくりと秋川先生が体を起こして首を左右に動かし。秋川先生が啓祐さんの胸に飛び込むように何かを吐き出し号泣している。

その姿は母親に抱き抱えられた子どものようで。二人の横で何が起きたのか分からない瑛梨ちゃんがキョトンとした顔で私に向かって駆け寄ってきた。

「汐音おねえしゃん、だいじょうぶ?」

「大丈夫だよ。どうして」

「ち、でてるよ」

瑛梨ちゃんに言われて頬を触ると指に少しだけ血が付いた。多分、カメラの破片が当たったのだろう。

涙が溢れだし思わず瑛梨ちゃんの体を抱きしめる。

「汐音おねえしゃん、なかないで」

「う、うん」

瑛梨ちゃんの優しさが心に染み渡る。


近所の人が警察に通報したのだろう。パトカーや救急車が集まり辺りは騒然としいる。

秋川先生は啓祐さんに付き添われ、私は栞と一緒に警察署に連れて行かれ事情を聞かれた。

私達を襲った男は病院に運ばれ手当をうけているらしい。その為に大月先生は別室で話を聞かれているのだろう。

瑛梨ちゃんは私の腕の中で気持ち良さそうに寝ている。

「大月先生、大丈夫かな」

「汐音が心配することはないよ。事情が事情なだけに罪に問われることはないよ。ただ厳重に注意されるだろうけどね」

その大月先生は不貞腐れた顔をして別室から出てきた。

「何で人を助けて怒られないといけないんだよ」

「亜希は加減を知らないからな」

「喧嘩に加減なんかいらないだろう。あんな男なんて一殺だよ」

「そんな事を言うから警察に怒られるんだ」

啓祐さんが呆れた顔をしている。だけど私はそんな大月先生に助けてもらった。

「大月先生、有難うございました」

「瑞樹さん、気にしないで。喧嘩は僕の専売特許で当たり前の事をしただけだから」

「でも、どうしてあそこに居たんですか?」

「忘れてた。森山先生に用事が有ったんだけど、また今度でいいや」

こんな場所に長居は無用と言い残して大月先生は警察署から逃げ出すように帰ってしまった。

事情を聞いていた警察官が送るからと言ったのを啓祐さんが丁重に断ってタクシーで啓祐さんの家に向かう。


「汐音、手伝おうか?」

「ん、大丈夫だよ。栞は足を捻挫してるんだから座ってて」

勝手を知る啓祐さんの台所でお茶を入れて運ぶ。

秋川先生はまるで別人のように気が抜けてしまって覇気が全く感じられなくなっている。

「はい、瑛梨ちゃんは林檎ジュースね」

「あいがとう」

「啓祐さん。お茶」

「ありがとう」

沈黙が流れ重たい空気が部屋を支配していていつも元気な栞でさえ押し黙ってしまい。

私もなんと言っていのか分からず啓祐さんの横に座り込む事しか出来ない。そんな重い空気を振り払うように栞が瑛梨ちゃんに話しかけた。

「瑛梨ちゃん。お姉さんとあっちのお部屋で遊ぼうか」

「お庭であそびたい」

「それじゃ追いかけっこしよう」

「うん」

私に目配せをする様にして栞が瑛梨ちゃんと庭に出ていく。

「啓祐さん。出来れば事情を聞きたいけど」

「そうだね。あの男の人はユッコの旦那さんだった人だよ。結婚してから自分の思い通りにならないと癇癪を起こしたように時々手を上げる人でね。離婚する時も瑛梨の親権で揉めて結果的にはユッコが親権を取ったんだけど会わせろとしつこく食い下がってね。しばらくは大人していたんだけど最近は仕事が上手く行かなくなって可怪しくなっていたらしい」

「それであんな暴挙に出たんですね」

「皆が助けてくれなかったら今頃はどうなっていたか」

私は栞と写真を撮っていて栞が森山先生の家に遊びに行こうと言い出したからここに向かっていただけだし。

大月先生は森山先生に用事があって通りがかっただけだと言っていた。本当に運が良かったのだろう。

最近の紙面やニュースを賑わしているストーカーの記事を思い出しただけで背筋がゾッとする。

「ユッコ、少し横になって休んだ方が良いんじゃないのか」

「ありがとう、啓祐。落ち着いたからもう大丈夫だ」

秋川先生が大きく深呼吸をして両手で挟みこむようにして顔を叩いて気合を入れている。

母は強しというべきか守るものがあるからこそ強くなれるのだろう。

「瑞樹汐音。本当に申し訳ない」

「秋川先生、頭を上げて下さい。カメラなんて買い換えれば良いんです。命は買い換えることが出来ないんですから」

「それを汐音に言われてしまったら何も言えないな」

やっと秋川先生が笑顔を見せてくれた。命の尊さは誰よりも分かっているつもりだ。

それにメモリーは奇跡的に無傷だったしフォトコンで頂いたカメラもある。

ただ、今まで使っていたカメラの上位機種で使い慣れない所為か思い通りに写真を撮ることが出来なかった。慣れるまで大変だけど仕方がない。

「ユッコ、おきた?」

「瑛梨、ユッコじゃなくてママだろ」

「ユッコ、おこってゆ」

瑛梨ちゃんが飽きてしまい部屋に戻ってきたのだろう。

「汐音、お腹が空いてさ」

「栞はお姉さんなんだから」

思いっきり栞にツッコミを入れたい衝動に駆られる。

そしてお腹が空いたと栞に言われてこの前啓祐さんの家に来る時に瑛梨ちゃんを呼んで食べようと思って買ってきた物がある事を思い出した。

「栞、美味しいものを食べさせてあげるから手伝って」

「よし、美味しいものならなんでもするよ。おお、ホットプレートと言うことは焼肉かな?」

浮かれてキッチンに栞に泡だて器とステンレスのボールを渡すと頭の上に幾つものクエスチョンマークを浮かべていた。

力仕事は栞に任せて私は準備を始める。

「ホットプレートなんかどうするんだ。焼肉か?」

「違います。女の子が大好きな物を作るんです」

テーブルにホットプレートを置いて電源を入れると秋川先生が栞と同じ事を口にした。

何で2人は女の子なのに肉を連想するのだろう。


部屋には甘い香りが漂いホットプレートの上で黄色い生地が膨らみ始めた。

「ホットケーキか。想像もしなかったよ」

「うわ、よだれが出そう」

ケーキミックスを混ぜただけで疲弊しきっていた栞が匂いで復活している。

瑛梨ちゃんの目が輝きだしテーブルに手を付いたまま飛び跳ねだして啓祐さんに怒られてしまった。

「啓祐パパ、ごめんなしゃい」

「はい、瑛梨ちゃんが一番ね」

満面の瑛梨ちゃんの笑顔を見ているだけで幸せを感じてしまう。

ホットケーキにはメイプルシロップにバターを。

それに解凍するだけで使えるホイップクリームとフルーツの缶詰を用意して思い思いに食べる。

すると秋川先生がいつの間にか美味しい紅茶を入れてくれた。

「久しぶりに食べると旨いな」

「ん、空腹が何よりのスパイスだよね」

瑛梨ちゃんは啓祐さんの膝の上で口の周りをクリームだらけにして子ども用のフォークを使って小さな口に運んでいる。

そんな二人の姿を見ていると心がホンワカしてきて視線を感じて顔を上げると秋川先生と栞が私の事を凝視するように見ていた。

「へぇ、汐音もそんな顔をするんだ」

「子どもが早く欲しいという女の顔だな」

「そ、そんな顔してません。ただ、そう。和むなって」

焦れば焦るほどドツボに嵌っていく気がする。

「で、どこまで進んだんだ」

「秋川先生が仰った通り、清く正しくです」

「それでもキスぐらいはしたんだろ」

私の事を誂う秋川先生が酔っぱらいにしか見えない。お酒も飲んでないのに何で。

啓祐さんに助けを求めようとしたのにいつの間にか居なくなっていた。

「汐音おねえしゃん。啓祐のことしゅき? 啓祐パパ、汐音おねえしゃんだいしゅき。ちゅうしゅう?」

「もう、啓祐さんの馬鹿」

瑛梨ちゃんの澄んだ瞳でそんな事を言われたら何も言えなくなってしまいここに居ない啓祐さんに八つ当りしてしまい。

栞と秋川先生に大笑いされてしまった。なんでも瑛梨ちゃんは保育園に通いだして色々な言葉を覚えてくると秋川先生が言っていた。


秋川先生が片付けを買って出てくれ。お腹がいっぱいになった瑛梨ちゃんと栞は気持ち良さそうに寝息を立てている。

まるで姉妹のようにしか見えない。そんな私は足を投げ出して寛いでいた。

「汐音。壊れてしまったカメラの代わりにこれを使いなさい」

「け、啓祐さん。これって」

席を外していた啓祐さんが戻ってきてテーブルの上に置いたのは啓祐さんが使っている大事なカメラだった。

飛び上がるようにして畏まり正座をしてしまう。

「駄目です。こんな大事なものを頂けません」

「どうしても?」

「ずるい」

頑なに拒むと私が一度言い出したら聞かない事を良く知っている啓祐さんが肩の力を抜いて少し首を傾げ私を真っ直ぐに見た。

そんな顔をされたらどうしたら良いのか分からない。

「汐音のカメラがユッコと瑛梨の身代わりになってくれたんだよ。それでも駄目かな」

「啓祐さんはどうするんですか」

「僕は予備のカメラも持っているし、そろそろ新しいカメラをと考えていたからね」

確かにプロのフォトグラファーは予備のカメラを持っていることが多く。特に外で活動するフォトグラファーなら尚更だ。

万が一カメラが故障すれば一瞬を切り取れなくなるのだから。それともう一つ違うレンズを付けてレンズ交換の手間を省くという使い方もする。

啓祐さんの言うとおり私のカメラが身代わりになったと言われてしまえばそれまでだけど納得がいかない。

「汐音。受け取りなさい。啓祐は汐音だからカメラを譲るんだ。汐音に使って欲しくてね」

「私だからですか?」

「啓祐はプロだ。そのプロが汐音の秘めた才能を買い期待を込めているんだ。だからこそ勝手にフォトコンに応募し、取材に連れて行き撮影させて出版社に売り込んだんだ。それにプロは修理用に少なくても3台は持っているからな」

片付けを終わらせキッチンから出てきた秋川先生にプロの意識の高さを思い知らされ、それ以上に私の為に啓祐さんが裏でどれだけ動いていてくれたか初めて知った。

いつも啓祐さんに守られていただなんて……

「泣かないで。湿っぽくなるでしょ」

「はい」

「それじゃ受け取ってくれるね」

「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」

啓祐さんの大事なカメラを受け取り抱きしめると何だか温もりがじんわりと伝わってくるようで宝物ができて嬉しい。

そして何故だか啓祐さんのカメラに触れているとワクワクしてくる。

被写体を探していると丁度良い被写体が目に飛び込んできた。今の私には技術なんて皆無に等しい。

思ったとおりに感じたとおりにシャッターを切る。


今、私は啓祐さんのアトリエに居る。

撮ったばかりの写真を啓祐さんが選んでプリントしてくれた。

「啓祐さん、これからどうするんですか?」

「額装にしてみようか」

「はい」

啓祐さんが作業をしている姿を見ているだけで楽しい。でも、見落とさないように注意深く観察する。

後々必ず役に立つはず、啓祐さんはそう思って作業しているに違いないのだから。

額装やパネルの仕方は学科でも勉強したけれど聞くのと見るのでは大違いだ。

額装にはブックマットとオーバーマットとの2種類がある。

ブックマットととは窓を持つオーバーマットとバックボードと言う台紙をヒンジで繋ぎ止めブック状にしたもので写真をセットする。

オーバーマットは窓を持つオーバーマットのみを使用する方法で直接写真を固定するのでシワが寄りやすい欠点がある。

それでも余白を多く取り固定したりスペーサーを裏に入れたりすれば急場しのぎになる。後々の保存を考えればブックマットが最適だ。

「マットにはどんな種類があるのかな?」

「簡易的で良ければイラストボードでも代用できるけど長期の保存を考えるのなら無酸性のミュージアムボードが一番で色は4色。ホワイト・オフホワイト・アンティークホワイトにブラックがあり国産のボードなら色々な色がありイメージに合わすことが出来ます」

「流石だね」

「森山先生の教え子ですから」

啓祐さんは机に向かったままでミュージアムボードのオフホワイトを定規が付いた45度の角度で切ることが出来るカッターで手際よく台紙に窓を開けている。

そしてリネンテープに精製水を付けてオーバーマットとバックボードを繋ぎ合わせた。

今度は写真を固定するための三角のコーナーをパーマライフペーパーで作りタイベックテープでバックボードに貼り付け写真をセットし金属製の黒いフレーム(額)に入れてくれた。

リネンテープやパーマライフペーパーにタイベックテープは写真を長期保存するために有毒なガスが出ないテープや中性素材を使ったテープのことだ。

三角コーナーは市販のものを使えば楽だけど敢えて作り方を見せてくれたんだと思う。


「うわぁ、もう。こっ恥ずかしいょ」

「おお、凄いじゃないか」

額装された瑛梨ちゃんと栞の寝顔を撮った写真を見せた時の栞と秋川先生の感想だった。

2人の優しさが感じられる写真だと私は思っている。

「天使みたいで可愛いね」

「も、モーリはなんてことを言うのかな」

「栞も瑛梨も可愛いじゃないか」

らしくないくらい栞が真っ赤になりモジモジして、栞が何かに気付いたように瞳を輝かせた。

「モーリ、マジックある?」

「これで良いかな」

「うん、汐音。サインを書いて」

啓祐さんが細字タイプの油性マジクを差し出すと栞がまた無茶なことを言い出した。

困っていると啓祐さんは額からブックマットを取り出している。

「もう、啓祐さんまで。悪乗りし過ぎです」

「良いじゃないか。汐音の作品なんだから」

カフェの雑誌の片隅にあったShioneと同じ様にローマ字で迷った挙句の果てサインをする。筆記体と言うかスクリプト書体と言ったほうが正しいのかもしれない。

「サインが入ると箔がつくな」

「これで汐音が有名になったら高値が付くかな」

「そんな訳ないでしょ」

「そうだ、汐音。綾さんの写真を見せてもらおうよ」

秋川先生と栞に弄られて笑い合って居たのに栞の一言で動きが止まってしまう。

啓祐さんの妹の綾さんのことはいつも心の何処かに引っ掛かっていた。私が逃げていたという方が合っていると思う。

綾さんの事を口にするのが怖かったから。

「汐音、そうしよう。いい機会だと思うよ」

「うん」

「森山先生、お願いします」

栞が森山先生と改まっているのを聞いて覚悟を決める。

アルバムを見せてくれるのかと思ったら啓祐さんは一枚のフレームを持ってきた。

「アルバムが良いと思ったんだけどアルバムはユッコの実家に置きっぱなしでね。これしかここにはないんだ」

「可愛いね、汐音」

「うん、そうだね」

満面の笑顔の綾さんがそこにいて栞の言うとおりとても可愛らしい。

でも…… 澄み切って光り輝く瞳の奥から何かを語りかけてきて心が震える。

「よし、明るい内に帰るぞ。瑛梨」

「はーい」

「それじゃ私もそろそろ。汐音はゆっくりしてていいよ」

「そうだな」

確かにあんな出来事が遭った後だから明るい内に帰ったほうが安心だけど。秋川先生と栞は私の何かを感じ取ったんだと思う。

瑛梨ちゃんが名残惜しそうに手を振って栞に手を引かれながら玄関から出て行く。

「啓祐、後は宜しくな」

そう言い残して秋川先生が戸を締めた。

「汐音。おいで」

啓祐さんが声を掛けてくれたけれどもう動く事も出来ない立ち尽くし溢れる涙を拭うことすら出来ずに子どもの様に声を上げて泣く。

そんな私を啓祐さんが優しく抱きしめてくれる。

綾ちゃんが語りかけてきたのは。手術に対する恐怖でも不安でもなく助けてでもない。

『お兄ちゃん、ごめんね』だった。

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