第19話 出版社


夏休みが終わり9月になると生徒の話題は進路一色になっていく。

目標に向かって突き進んでいる栞も結果が後を付いてくるようになり太鼓判までとは行かないが何とかお墨付きをもらえたようだ。

そんな栞に私はいつの間にか追い越されてしまっていた。

両親からは進学を猛プッシュされたけど私はどうしても就職したくって就職説明会にも参加して大まかな進路を決めようとしたのに決めることが出来ず。

求人票を見てもため息しか出てこなかった。

藤倉高校は進学校で就職する生徒は多くなく既に内定を貰っている人すらいる。


「汐音。息抜きに撮影に付き合ってみないかな」

「啓祐さんの邪魔にならないのなら」

行き詰っていた私を見て森山先生が気分転換に連れ出してくれたんだと思う。

場所は都内のカフェで最近増えてきた雑貨も扱っているカフェだった。

「こんにちは。森山ですけど」

「お待ちしていました。どうぞこちらへ」

「すいません、今日は連れが居るんですけど宜しいですか」

「あら、可愛い。どうぞどうぞ」

アシスタントにでも間違われているのだろうか。啓祐さんと女性の店長さんが名刺を交換してテーブルに着き打ち合わせを始めた。

今日の撮影は雑誌の取材みたい。最初は外に出て外観を写し店の中を撮影して雑貨の撮影に移る。

啓祐さんが大きなバッグから機材を取り出して組み立てるのを手伝う。フォトグラフ学科で何度か見たことがあるライテイングの為の機材だ。

数点を撮影した啓祐さんが何故だか私にカメラを持たせた。

「汐音ならどんな風に撮る?」

「えっ、そんな事を急に言われても」

突飛な事を言われ戸惑ってしまうけど気になる雑貨が有ったので自分で構図を考え撮ってみた。

その後のカフェの料理でも啓祐さんが撮影した後に私が撮ることを繰り返し、パソコンで写真を見ながら啓祐さんがノートに画像番号と共に取材を行っていく。


別の日にもカフェの取材に同行した。これで何回目になるだろう。

取材は一日で何件も回るのでかなり回ったと思う。それに沢山の写真を撮っても雑誌の誌面の都合で全部は載らないと教えてもらった。

今日は都内に出来た新しいカフェで店長の女性も若くて輝いて見える。

「汐音。撮ってご覧」

「はーい」

啓祐さんからカメラを借りて美味しそうな料理を私の思った通りに撮っていく。最近は慣れてきたというか撮影するのが楽しくて仕方がない。

雑誌に掲載される訳ではないので気が楽というのもあるけれど啓祐さんが意図する所が分からない。

「あの、すいません。汐音さんってもしかしてこの写真を撮った汐音さんですか?」

「え、そうですけど」

「嬉しい。私この写真を見た時から是非撮った人にお会いしたくて」

店長が嬉しそうに持ってきたのは私が大賞を取ってしまった時の入賞作品を集めた作品集だった。

確か、写真雑誌の付録のようなものだったと思う。

「サイン貰えますか?」

「私サインなんて」

「汐音、自筆でフルネームを書いてあげなさい」

啓祐さんに言われて指定された場所に瑞樹汐音と書いてしまい恥ずかしくって穴があったら入りたい気持ちだ。

「もしかして雑誌にも汐音さんが撮った写真が掲載されるんですか?」

「とんでもないですよ。森山先生はフォトグラファーだけど私なんてまだまだ足元にも及ばないし」

「でも、凄く良い感性していると思うけどな」

初めてそんな風に言われてどうして良いのか分からない。

それにカメラで食べていこうなんて恐れ多くて考えたこともなかった。


そんな事があり数日して一通の手紙が届き……

私は手紙を握りしめて放課後の廊下を早足で写真部の部室に向かっていた。

部室のドアを開けるのではなく非常口のドアを開ける。

まだ紅葉には早いイロハモミジが青い葉を茂らせていて視線を下に移すと階段に腰掛け森山先生が不思議そうな顔をして私を見上げていた。

「汐音はそんな怖い顔をしてどうしたのかな?」

「啓祐さん、これはどういう事ですか」

「汐音、学校では啓祐さんは駄目だよ」

森山先生に言われるまでもなくそんな事は分かりきっている。でも感情が先走り抑える事が出来ない。

手紙を森山先生の顔の前に突き出すと困った顔をしながら私の手から手紙を受け取って便箋を取り出した。

「これがどうしたの?」

「どうしたのじゃないでしょ。私は」

「僕の仕事が無くなると汐音は思っているんだね」

「そんな事を言ってない」

手紙は私にサインを下さいと言ったカフェの店長さんからで出版社に私の写真を掲載してくれるよう頼んだと書かれてあった。

まるで私が啓祐さんの仕事を横取りしたみたいで胸が締め付けられ今にも泣き出しそう。

「それじゃ、汐音に直接仕事の依頼が来れば受けるんだね」

「そんな事有り得ないでしょ。私はカメラマンじゃないし」

「それじゃフォトグラファーの定義って何だっけ?」

「そんなの名乗るのは自由でしょ。だけど誰かに認められないと」

私の本位ではないけれど私が撮った写真がフォトコンで大賞を取り。あの店長にはサインを下さいと言われた。

「あの店長さんからすれば汐音はフォトグラファーなんだよ。まだまだだけどね」

「認めてくれたのはあの店長さんだけで」

「そうかな。僕が依頼を受けている出版社の編集長から汐音に撮影の依頼があってね。ぜひ受けて欲しいと言う事と。その前に会いたいとオファーを貰っているんだけどな」

いきなり出版社とか編集長やら仕事の依頼って。パニックになり真っ白になってしまう。


森山先生に連れられて部室に行くと栞と徳丸君が雑誌を広げて見ていて、部室に入ると珈琲の香りが漂っている。

最近の写真部の部室は酢酸の臭いから珈琲の香りに取って代わっているのは徳丸君の仕業だ。

何でもカメラの次に珈琲に長けているらしく趣味の広さを感じさせられ。ここがカフェのような錯覚さえ起こす。

「栞、凄いじゃん」

「僕も驚いたよ。瑞樹さんがこんな写真撮るなんて」

2人が広げていた雑誌に目をやると啓祐さんが取材に行った色々なカフェがが特集で組まれていた。

「この写真って」

「もしかして汐音。知らなかったの?」

首を縦にふることしか出来ない。

何故ってページの末尾に小さく撮影 Shioneと記載されていた。

「編集長も汐音の感性には驚いていたよ」

「そんな事を言われても、私、困るよ」

森山先生にそんな事を言われて今にも泣き出しそうな私を栞が抱きしめてくれて椅子に座らせてくれる。

困惑してしまうと言うのが本当の気持ちでどうすれば良いのか分からない。

「瑞樹さん。自分の可能性に懸けてみなよ。こんなチャンスは2度と来ないと思うよ。僕も微力ながら応援するからさ」

「汐音。貴博の言うとおりだと思うよ。私も応援するしこんなチャンスを逃したらフォグラフ学科の皆から恨まれるよ」

「そうかな。啓祐さん、会うだけ会ってみたい」


啓祐さんが編集長さんに話を付けてくれて面接する事になってしまい。

普段着で来なさいと言われて無難というか就活定番のスカートスーツで良いのかなと啓祐さんに聞いたら却下されてしまい悩んだ挙句お気に入りの服で行くことにした。

私の中にある編集部のイメージは机の上は資料や書類がうず高く積まれソファーや机でスタッフが寝ている所しか浮かんでこない。

啓祐さんに連れて来られたのは副都心程近いガラス張りの大きなビルの前で抜けるような秋空がガラスに写り思わず見惚れてしまう。

「こんな大きな出版社なんですか?」

「インフィニート出版は中堅だよ。これからドンドン伸びていくと思うけどね」

高卒予定の私が足を踏み入れてはいけない場所に思えて仕方がない。

そんな私にはお構いなしに啓祐さんはドンドンと綺麗なロビーを歩いて行ってしまう。途中でモデルさんの様な人が黒髪を揺らしながら通り過ぎて行く。

「いまのがPsycheの編集長だよ」

「プシュケって今大人気の女性誌じゃないですか。もうやだ」

「帰りたい?」

「会うだけ会います。その為に来たんですから」

ここまで来たら意地を押し通すしかない。

エレベーターで5階に上がると色々な雑誌名が書かれた部屋がありその一室のドアを啓祐さんがノックした。


「失礼します」

「お、森山君。来たね」

部屋の広さは思ったほど広くなく写真部の部室と同じ様に机が真ん中に集められていて傍らに小さなソファーセットがある。

こんな言い方は失礼かもしれないけれど机の上も整然としていて部屋も小奇麗で少し拍子抜けしてしまう。

「はじめまして。私がカリーノ編集長の有佐です」

「はじめまして、瑞樹汐音と申します。宜しくお願い致します」

40代くらいだろうかスラっとした優しそうな感じでハイネックのニットにパンツルックの女性編集長が出迎えてくれた。

「さぁ、どうぞ」

「有難う御座います」

編集長に促されてソファーに腰掛ける。何だか全てを見透かれている様でドキドキしてしまう。

「あなたの写真を見せて貰って何か光るものを感じたの。フォトコンには参加したことがあるのかしら」

「カメラ会社のフォトコンのネイチャー部門で大賞を頂きました」

「そうなの。この写真がそうね」

「はい」

編集長の有佐さんがノートパソコンで検索し直ぐに私の作品を探しだした。

「汐音さんは進路の方はどうするつもりなのかしら」

「就職を考えているんですが上手く行かなくて」

「私の勘違いかもしれないけれど何処かで汐音さんを見たことがあるのよね」

有佐編集長が額に指を当てて考え込んでいるとドアが開いて2人の女の人が入ってきた。

「編集長、打ち合わせ終わりました」

「ありがとう。資料はいつもの様にデスクに置いておいて」

「はいって編集長。その子って」

「森山君一押しの瑞樹汐音さんよ」

編集部に戻ってきた2人が私の顔を見て驚いていて、何か変な物でも付いているのか気になって仕方がない。

すると徐ろに私達が座るソファーの前にあるテーブルに雑誌を広げた。

「汐音さんって読者モデルの?」

「これはたまたま撮影にお邪魔した時に」

「道理で可愛らしいお嬢さんだと思ってたのよ。決まりね」

何が決まったのだろうか。

「私は水沢愛理です」

「私は一応副編集長の川野理沙と言います。宜しくね。もう一人居るんだけど今度紹介するから」

「あ、あの。何が決まったんですか?」

「汐音さんの仕事よ。カメラマン件取材だけど」

いきなりとんでもない出版社に就職が決まってしまった。

中堅って啓祐さんは言うけれど私にすれば大企業で、編集長の一任でスタッフが決まってしまうものなのだろうか。

「一応、世間的には内定と言うことかしら。これから上層部に掛け合うけど何が何でも押し込むわよ」

「そうですよね。読者モデルのカメラマンなんて素敵だし」

「それにあの会社のフォトコンのネイチャー部門で大賞を取っているのよ。他に持って行かれないようにしなきゃ」

「編集長、そんな凄い子がうちのカメラマンで良いんですか?」

何だか話がドンドン膨らんで私の不安も巨大化して今にも破裂しそうだ。

するとそっと私の手を啓祐さんが包み込んでくれた。

「あの、私まだ18ですし経験も殆ど無くて機材だって持ってないのに」

「誰でも初めはそうよ。大丈夫ちゃんとフォローするから。それに当面の間は森山君に助けてもらいましょう。その方が汐音さんも安心でしょ」

「は、はい」

「学校側には求人票と共にこちらから一筆書いて送付しておきます。それで良いのよね森山先生」

隣に座っている啓祐さんが軽く頭を下げている。

帰り際に副編集長の川野さんから必要書類が入れてあるインフィニート出版の社名入りの封筒を渡され啓祐さんが態々私の最寄り駅まで送ってくれる。

啓祐さんと品川駅で偶然出会って池袋に遊びに連れて行って貰った時もそうだった。

そんな事を考えながら帰路につきお母さんにインフィニート出版に内定した事を告げると腰を抜かしたように驚いてしゃがみ込んでしまい。

それからが大変だった。

お父さんに電話して赤飯を炊いてまるで就職祝いの様な騒ぎで私の方が疲れてしまう。


翌日、狐に摘まれた様な状態で学校に向かう。

最近の栞は徳丸君一筋で朝も一緒に登校して来ることが多い。教室に入り誰とも話す気がしないので机に同化する。

「あれ、汐音。会社見学はどうだったの?」

「うん、疲れた」

「そうなんだ、残念だったね」

私も会社見学程度のつもりだったのにあんな騒ぎになるなんて。

教室のドアが開き我がクラスの担任の秋川先生が入ってきて毎朝繰り返される挨拶を終える。

「ええ、皆に良い報告がある。瑞樹汐音がインフィニート出版に内定が決まった」

「うそ、汐音。本当なの?」

「まだ実感が全くないんだよね。カリーノの編集長に会ったら即採用みたいなことを言われてさ」

何故だか私が栞の質問に答えただけで教室が水を打ったように静かになってしまう。

驚いて顔を上げるとクラスメイトの大半がカリーノの雑誌を持っていた。

「もしかしてこのカフェの写真って汐音が撮ったの?」

「うん、そうだけど」

朋ちゃんが雑誌を広げて私が撮影したページを開いていたので素直に答えると今度は教室が揺れんばかりの声が上がり隣のクラスの担任が教室を覗きに来てしまう。

「凄いじゃん。私この写真を見て今度行ってみようと思ったんだよ。そんな写真を汐音が撮ってたなんて感激だよ」

「ありがとう」

楽しく写真を撮っていただけなのにこんなに人を喜ばせる事が出来るなんて摩訶不思議で。

そんな事を教えてくれた森山先生に感謝したいと思った。






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