第17話 フォトコン
6月末に簡単な表彰式が行われると言うので森山先生に付き添われて会場に向かう。
目の前には青空が写りこんだガラス張りのビルが私を見下ろしていて会場はカメラ会社で行われるらしい。
そして会場に足を踏み入れると審査員の先生もいて森山先生が親しそうに挨拶を交わしている。
表彰式は直ぐに終わったけれどその後にインタビューというか感想を言わないといけないと分かり顔が引き攣ってしまう。
「汐音、どうしたの? 緊張しているのかな」
「当たり前じゃないですか。周りは凄い人達ばかりで」
「汐音なら大丈夫だよ。写真を見て思ったままの事を話して来なさい」
そう言って森山先生が周りからは分からないように私の手を握ってくれた。
場所を移して簡単なインタビューが始まる。
「この写真はどういう状況で撮られたんですか?」
「1年間も学校に居たのにこんな場所があるなんて知りませんでした。初めて見た時に心を奪われたけれどカメラを持っていなかったんです。そうしたら写真部の顧問の先生がカメラを貸してくれて無我夢中で撮っていて担任の先生に怒られてしまいました。授業が始まるって。こうしてここに立てるのも私が元気な体になれたのも私を支えてくれた先生方や友人のお陰です。心から感謝しています。有難うございました」
「元気な体になれたとは?」
「先天性の心疾患を持っていて去年の今頃に手術を受けて元気になれたんです」
私が撮った写真には『生命の春』と題名が付けられイロハモミジの萌黄色と木漏れ日が躍動している4枚組の組み写真になっていた。
何でそんな題名を付けたのか森山先生に聞いたら『springtime of life』だと。
人生の春の時期って…… それを先生は『生命の春』と言い換えたんだ。
写真を一枚だけと言われ再び顔が強張ってしまう。
「あの、顔写真も掲載されちゃうんですか?」
「もちろんですよ」
笑ってと言われるけれどこんな場所で笑える訳がなく顔だけではなく身体まで硬直してしまった。
すると森山先生が片松葉でカメラマンに近づき一言二言何かを告げたと思ったらいきなりカメラを受け取り私に向けた。
カメラを向けられた私は思わず下を向いてしまい恐る恐る顔を上げると優しい森山先生の顔が見え体から力が抜けていくのが分かる。
そして…… そんな慌ただしい事があり平穏な学校生活に戻れ。久しぶりにフォトグラフ学科の授業に出れるような気がしてならない。
栞とお喋りしながら授業が始まるのを待っているとドアが開き講師の先生が。
「な、なんでモーリが」
「酷いな僕は元々皆の講師だったじゃないか。授業を始めるよ」
何故か森山先生が講師としてフォトグラフ学科の授業に来ている。
昨日も一緒に居たのに何も言っていなかった、本当に酷い。でも、知っていれば私は浮かれて授業にならなかったかもしれない。
森山先生流の優しさなんだと思っておこう。
「授業が始まる前に瑞樹さんがフォトコンテストのネイチャー部門で大賞を取った事を報告しておきます」
「え、汐音が大賞って。作品は何処に行けば見ることが出来るんですか?」
「カメラ会社のフォトコンだったのでサイトに行けば見ることが出来ます。それと東京のギャラリーで今日から1週間展示されていますので時間がある人は是非見に行って下さい」
いきなり森山先生がフォトコンで大賞を取った事を言い出し栞が噛み付くように喰い付いて。
周りではノートパソコンのキーを叩く音とマウスをクリックする音だけが教室に響き。
私は机に突っ伏して真っ赤になている顔を隠した。
凄いとか綺麗とか周りから声が上がりやがて拍手する音が聞こえ振り返ると徳丸君が立ち上がり拍手をしている。
そして栞までも拍手をし始めやがて教室中に広がりまるでスタンディングオベーションの様になってしまう。
「瑞樹汐音、皆に言う事は無いのかな?」
「ありがとう。本当にありがとう。コメントに書いてあるようにここに私が居られるのは先生や皆のお陰です。心から感謝してます」
森山先生に促されて慌てて立ち上がり頭を下げることしか出来ない。
「でも、この汐音の顔写真も気になるよね。嬉しさを感じるというかさ。誰が撮ったんだろうね」
「それはその……」
「引き攣った顔写真じゃ可愛そうだからね。引率という形で表彰式に同行した時に僕がカメラマンの代わりに撮ったんだけど問題があるかな」
「へぇ、先生はポートレートが苦手だと言っていたのにですか?」
私がしどろもどろになり栞に突っ込まれているのに森山先生は何を言われているのか分からないような顔をしている。
大人としての余裕なのだろうか。
「確かに僕はポートレートが苦手だと言ったけれど人間は成長するものだから。苦手なものを克服しないとね。若菜も理数系を頑張らないと誰かと同じ大学は難しんじゃないのかな」
「もう、モーリはなんで一番気にしている事を言うかな。それじゃあの水族館の写真を自分の作品にすれば良いじゃないですか」
「被写体になってくれた瑞樹が良いと言うのなら僕は作品として発表することには構わないけれど」
やっと話題が変わったと思っていたのに栞の負けず嫌いの所為で再び私に視線が集中する。
そして栞に至っては射抜くように私を見ていた。
「私は構わないですよ。発表してもらっても」
「それじゃ決定だね」
何が決定なのか分からないけれどやっと話が終結したらしい。
久しぶりの森山先生の授業が終わる頃に教室のドアが開き秋川先生が顔を出した。
「それではここから簡単に夏合宿の話をしたい」
「秋川先生、夏合宿って私達は3年生ですよ」
「瑞樹、良い質問だ。運動部は夏休み前に大半が引退するが文化部はいつだ」
「10月の文化祭で引退だと」
秋川先生が射抜くように質問をした私を見ている。
通例だと3年の合宿は基本的に行われない、行われないというだけで行われた事があったと言う噂は藤倉の生徒なら誰でも知っている。
その真意を聞きたくて質問したのに上手くかわされてしまう。
「まぁ、部活動ではないが授業の一環と考えて欲しい。文化祭で今まで学んだことを全て注ぎ込んだ写真を発表してもらうがな」
「それで合宿は何処で」
「今回は海で行う事に決まった」
フォトグラフ学科の教室が割れんばかりの歓声が上がっているのに秋川先生は腕組みをしたまま不敵な笑みを零している。
「やったー これで自衛隊も真っ青な訓練のような登山から開放される」
「そうかそんなに嬉しいか。喜べ、遠泳が出来るんだぞ。山登りなら座って休むことも出来るが遠泳では休むことも出来ないから覚悟しておけ」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ! 陸自が海自になっただけじゃん!」
歓喜に包まれていた教室が一言でお通夜みたいになってしまった。
森山先生は相変わらず優しい笑みを浮かべている。
栞の一喜一憂する姿から2年の時の夏合宿にみんと一緒に登山に参加しなくて良かったと正直思ってしまう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます