第15話 青天の霹靂
3月に入り2年生として残す所が少なくなってきた。
今日はいつもの所に栞がいなかったので1人で学校に来て朋ちゃん達とお喋りしていた。
すると物凄い勢いで教室のドアが開いて肩で息をしている栞が飛び込んできた。
「し、汐音。これはどういう事?」
「おはよう、栞。何をそんなに慌てているの?」
「これだよ、これ」
栞が机に叩き付けるような勢いで置いたのは1冊のファッション雑誌だった。
そう言えば大月先生に誘われて見に行ったファッション雑誌の撮影でいつ発売される雑誌なのか聞くのを忘れていて先に栞に見つかってしまったらしい。
開かれたページを見て瞬時に顔が真っ赤になる。
見開きになっているページはまるで私の特集みたいでこんな話は一言も聞いていない。
読者モデルの妹分なんて書かれてローマ字でShioneと名前が記載されている。
「その驚き方を見ると撮影に巻き込まれたけれど何も知らないって感じだね」
「う、うん」
言葉を何とか絞り出し頷くことしか出来ない。
すると教室の前のドアが勢い良く開いてショートホームルームまで未だ時間があるのに秋川先生が教室に現れた。
「少し早いが席に付け。瑞樹汐音、この雑誌に付いて説明してもらえるかな」
「はい、大月先生に誘われてファッション雑誌の撮影を見に行きました。そこで半ば強引に読者モデルのお姉さん達に言われて撮影に引っ張りだされて」
「こんな特集記事を掲載されたと?」
「その事は若菜さんが持ってきた雑誌を見て初めて知りました」
私が正直答えると秋川先生がスマホを取り出して何処かに電話し始めてしまった。
その顔は七瀬ヶ浜で木崎先輩と対峙した時と同じ顔で。
「分かった。問題が起きれば覚悟しておけよ。分かったな」
最後に聞こえた言葉だけで秋川先生が誰に電話したのかが分かった。多分、大月先生が責任を取ると言ったに違いない。
「この問題はこれで解決した。あと残るのは校内だな。廊下でコソコソ嗅ぎまわっている奴等。耳の穴かっぽじってよく聞け。今後、瑞樹汐音に不用意に近づいて見ろ木崎の様に丸裸にして全国の学校に入れないようにしてやるからな覚悟しろ。それとホームルームに遅刻してみろ粛清してやるからな」
「「「「「「…………」」」」」」
音も無くしかし確実に足音を立てない忍者のように素早く慌てて教室に戻った生徒が何人いたのだろう。
「あ~ スッキリした。それにしても瑞樹は美人だな」
「そんな冗談を秋川先生の口から聞きたくありません」
「まぁ、良いじゃないか。体験だけは決して裏切らないからな」
秋川先生が意味深な言葉を残してホームルームを初めてしまう。
何らかの責任を取らされた所為では無いのだろうがフォトグラフ学科の授業に大月先生が来ることがめっきり減ってしまった。
その代わりに秋川先生が渋い顔をしながらフォトグラフ学科の授業をしている。
していると言ってもお題を出して撮影させているだけで問題が無いか見に来ているだけと言ったほうが良いかもしれない。
「そうだ、瑞樹。学校にこんな物が届いていたぞ」
「何ですかこれ?」
それは普通の茶封筒で表には学校名と私の名前があり裏にはフォトコンテスト実行委員会の文字がある。
何でフォトコンテストの実行委員会から手紙が来るのだろう。開封して中に入っていた手紙の書面を読む。
「今回、応募がありましたあなたの写真が入賞したことを内定致しました。つきましては後日表彰式等のご連絡を送付致しますので参加の方を宜しくお願い致します?」
「瑞樹、お前いつの間にフォトコンなんかに応募したんだ」
「し、してないですよ。そんな恐ろしい事」
今にも泣き出しそうな私を見て秋川先生が苦虫を噛み潰したような顔になり『自習!』の一言を残して私から手紙と封筒を引っ手繰るようにして教室を出て行ってしまった。
「汐音、凄いじゃん。読者モデルデビューにフォトコン入賞だよ。凄い快挙じゃんか」
「栞は酷いよ。私の知らない所で何かが起きてるんだよ」
「まぁ、意図していないのなら怖いか」
「多分だけど、森山先生が応募したんだと思うけど」
私自身にはフォトコンに入賞した作品自体どんな写真なのかさえ分からない。このまま流されてしまう事だけは絶対にしたくない。
そんな風に覚悟を決めたのに……
「そうだ、秋川先生。あのフォトコンはどうなったんですか?」
「ああ、一応式には参加と言うことで写真データと一緒に返事はしておいたぞ。表彰式は6月末頃だって言っていたから忘れるなよ」
「…………」
「応募した事自体が本人の意志じゃ無い事を伝えたが正規の手続きを経て応募された作品なので今更入賞は取り消すことは出来ないそうだ。それなら表彰式に参加しても問題はないだろう」
開いた口が塞がらないと言うことを生まれて初めて体験した。
どんな作品か分からないのにと食い下がると表彰式で見て素直に感想を言えば良いだろうと言われてしまう。
栞と徳丸君を見ると親指を立ててグッジョブ!をしている。
何がグッジョブ!なのだろう、人の気も知らずに。
私が命懸けの告白をして1年が過ぎてしまった。
森山先生の妹さんの話を聞き酷い発作を起こして病院に担ぎ込まれそのまま手術になってしまい。
夏休み明けに森山先生が私の前から姿を消してしまった事を知った。
手を拱いて何もしなかった訳じゃない。何度も森山先生の自宅を覗いたがいつも留守だった。
それでも行く度に帰ってきている事だけは伺えたけど会うことは叶わなかった。
そして私は3年生に進級した。
フォトグラフ学科では講師が毎回代わり話をしてくれて質問に答えてくれる。
それはフォトグラファーと一言で言ってもポートレート・風景・静物・スポーツと多岐にわたっているからだろう。
5月になり進路を決めなければいけない時期になっている。本来なら2年になる時に決めるのがベストなのだろうけれど私は取り敢えず進学の方を選択した。
どうするか正直迷っているというのが本当の所だ。
最近は写真部の部室に秋川先生が顔を出していて今日もこれから先のことを話していた。
「瑞樹は若菜と違って進学でも就職でも良い条件で行けると思うぞ」
「ユッコ先生は何で一番気にしていることをズバズバ言うかな」
「気にしているのに全くエンジンが掛からないから言うんだ。それともガス欠か?」
「これでも頑張っているんです」
栞は徳丸君と同じ大学に進みたいが栞の成績ではギリギリだと言われてもう勉強している。
それでも傍から見れば頑張っているように見えないのは普段の行いなのかもしれない。
「ああ、汐音。酷い事を考えていたでしょ」
「そんな事はないよ。栞が頑張っているのを知っているから」
「そうだよね、結果が付いてこないんだよね」
模試を何回となく受けているけれど成績は平行線のままだ。周りもそれなりに頑張っているからだろうと思うんだけどな。
将来について語っていると秋川先生のスマホが着信を告げ画面を見た秋川先生が首を傾げている。
「はい、秋川ですが。はい、はい、そうですか……分かりました」
見る見るうちに秋川先生の顔が強張り血の気が引いていくのが分かる。
もしかして保育園にいる瑛梨ちゃんに何か遭ったのだろうか。秋川先生はスマホを持っていた手を力なく下げまるで抜け殻のようになってしまっている。
「ユッコ先生、大丈夫ですか?」
「啓祐が山で滑落して行方不明らしい」
栞が心配して秋川先生の腕を掴むと崩れるように椅子に座り込んで動かなくなってしまった。
森山先生が山で滑落って?
行方不明って遭難って事じゃないの?
頭の中がグチャグチャになってしまう。
「秋川先生、何処の山何ですか。教えてください」
「お前に教えてどうする」
「探しに行きます」
「囀るな!」
先生が大きく息を吸い鋭利な刃物で私の言葉を切り捨てた。
「すまん、汐音。私が悪かった。許してくれ。山岳隊や警察が捜索していると関口先生からだ。汐音の気持ちは痛いほど分かるが行った所で何も出来ないよ。啓祐が登っていた立山はまだ雪深い冬山だ」
「それじゃ早く見つけないと」
「行けても山の下までで何も出来やしない」
「それじゃ家族に連絡して」
私の提案に秋川先生はただ首を横に振るだけだった。
「こんな時だからこそ話しておこうか。啓祐と私は本当の従姉弟ではないんだ。啓祐の両親と私の両親が古くからの友人でな、啓祐と綾が幼い頃に事故で両親を亡くし私の両親が可哀想だと引き取ったんだ。周りには従姉弟だと説明したほうが何かと都合が良かったのだろう」
「それじゃ森山先生は」
「瑞樹が思っている通り天涯孤独だよ。だけど啓祐は捻くれることもなく真っ直ぐに育ち、いつも人の事を真っ先に考える優しい男になった。なのに何故! この世には神も仏もないのか。糞たれが」
秋川先生が部室の机に両手を打ち付け肩を震わせ泣いている。
私と栞そして徳丸君はそんな秋川先生に掛ける言葉もなく立ち尽くすことしか出来ない。
翌日になっても森山先生が生死さえ分からないのに私は泣くことさえ出来ないでいた。
授業は上の空でいつの間にか放課後になっている。
「汐音はモーリと同じ顔をするんだね」
「私が森山先生と同じ顔って?」
「汐音には言って無かったよね。臨海公園で汐音を助けてくれたのはモーリなんだよ」
私が木崎先輩に連れられて臨海公園の水族館に行き動けなくなった私を助けてくれたのはやっぱり森山先生だった。
あの時、私からのSOSを受けた栞は私と先輩の事を心配して相談していた秋川先生に真っ先に連絡し直ぐに臨海公園に向かい。
秋川先生は森山先生に連絡を取ったらしい。
栞も後から聞いた話しだと言っていたけど森山先生は大事な撮影中を他のフォトグラファーに丸投げして車を飛ばして私を助けるために駆けつけてくれた。
そんな事をすればフォトグラファーとしての森山先生の信用は失くなってしまうのに。
「まるで正義のヒーローみたいだった。駅について汐音に電話したでしょ、今にも汐音が死んじゃいそうな事を言うからつい大声になっていて。そしたら後ろから何かが駆け抜けて行ったと思ったらモーリだった。慌てて追いかけて行くとモーリがクリスタルビューから汐音を見つけていきなり飛んだの」
「天使みたいに?」
「うん、そして汐音を抱き上げて駅前の交番の前に駐めてある車まで猛ダッシュ。非公式だけど世界新間違いないよね。車の中で汐音の身体を抱きしめて温めながら必死に名前を叫んでた。今の汐音と同じ大好きで愛しているっていう顔をして」
栞が立ち尽くしたまま大粒の涙を零している。
今更だけど栞に言われて気付かされた、大森先生は一度も私の事を綾ちゃんと重ね合わせてなんかいなかった。
寧ろ綾ちゃんの影と必死になって戦ってくれていたんだと思う。
そんな先生に私は何て事をしてきたのだろう。
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