第14話 撮影


制約だらけの生活から開放されたのに周りの景色がフルカラーからセピア色に褪色しモノトーンに変わっていく。

バスケットボールの試合で翔ぶように活躍する森山先生の姿をみてワクワクした気持ちも。

ドキドキしっぱなしだった初詣に森山先生の家にお呼ばれや森山先生の壁ドンも。

今はまるで遠い過去のようだ。

制約はあったけれど高校生になって楽しいことを沢山手に入れることが出来た。

そんな沢山の楽しいことと引き換えに元気な体を手に入れたのだろうか。

クラスメイトとお喋りして部活では栞や徳丸君と写真について語り合い。これが普通の高校生活なのかもしれないけれど何故か何処かがスースーする。

『本当に汐音は楽しいの?』

そんな事を囁くもう一人の自分がいて。

『もちろん楽しいよ』と失ったモノに気付かない振りをする私が居る。

そんな自問自答の禅問答を繰り返しているうちに3学期が始まっていた。


「汐音、教室移動だよ」

「そうだ、次はフォトグラフ学科の授業だったんだ」

「もう、何を呆けているのかな」

「ごめん」

きちんと講義を受けて最近では撮った写真を皆が褒めてくれるようになった。

それでもいまいち身が入らないと言うか心に棘が刺さったままで、その事を必死に忘れようと無意識にしているのかもしれない。

フォトグラフ学科の教室に入ると既に大月先生が教室にいた。

相変わらずカラスの様な全身ダークな色合いで統一されているけれど今日は何だか違う気がする。

チャイムが鳴り授業が始まるとそんな事はもう頭の片隅にもなかった。

やがて今日の課題に入り栞と2人で代わりばんこにカメラを向ける。

「そうだ、汐音は気付いた? 今日の大月先生の格好」

「いつもと同じじゃないの?」

「腰のところの白い羽飾り」

栞に言われて大月先生を見ると確かに腰の辺りで白い羽が舞っていた。それでもファッション関係の撮影をしていればお洒落の一環かも知れない。

「大月先生、その白い羽って素敵ですね」

「ああ、これね。楽しい事が来るお守りらしいよ」

フォトグラフ学科の仲間が大月先生に羽のことを聞いた答えに鼓動が反応してしまう。

楽しい事が来るお守りって……

何で大月先生が、それに大月先生は撮影でしかこの辺に来たことがないって着任した時に言っていたのに。

授業が終わり大月先生の後を追う様に教室を飛び出す。


「大月先生、あの」

「どうしたの? そんなに慌てて。そう言えば瑞樹さんは最近元気が無いというか覇気が感じられないんだけど僕の授業がやはりつまらないのかな?」

「そんな事はないですけど」

「そうだ、今度の週末に都内のスタジオで撮影があるんだ。見に来ない?」

あまりにも突然の誘いに真っ白になってしまい立ち尽くしてしまう。すると腰の辺りに衝撃を感じ後ろで栞が肘打ちした事に気付く。

「まぁ、瑞樹さんが見たいのならだけど」

「邪魔にならないのなら」

「それじゃ決定だね。それと他の生徒達には秘密だよ。全員は連れていけないからね。若菜さんも一緒にどうかな?」

「見てみたいのは山々なんですけれど。週末は先約があるので」

栞は徳丸君と撮影デートだって楽しみにしていたので仕方がない。

自分で動かないと何も変わらないと思い撮影を見せてもらうことにした。


大月先生が指定した待ち合わせ場所は都内の初めて降り立つ駅の前だった。

気温は低いけれどポカポカしていて温かい。それに今の私は冬の寒さが苦手な私じゃない。

「瑞樹汐音さんですか?」

「は、はい」

突然、見知らぬ小柄な女の人に声を掛けられ驚いてしまう。すると直ぐに女の人が名刺を見せてくれた。

「私、大月先生のアシスタントをしてます。立花って言います。瑞樹さんを迎えに行くように先生に言われて」

「有難う御座います」

立花さんが案内してくれたのは閑静な住宅街に囲まれた高い白い塀の一軒家だった。

門を潜ると広くて綺麗な芝生の庭と真っ白な住宅と言うよりお屋敷がある。

「おはよう」

「おはようございます。ここがスタジオですか?」

「そうだよ。プロのモデルを使うときは屋内のスタジオを使うことが多いけれど今日は読者モデルを使った撮影なので自然光の下で撮影するんだ。その方がより親しみやすいからね」

一軒家のお屋敷みたいなスタジオに入ると沢山の人が働いている。

お姉さん達がメイクさんにナチュラルなメイクをしてもらっていて髪型も綺麗に整えている。

照明をアシスタントの立花さんが一生懸命にセッティングして大月先生はファッション雑誌の編集部の人らしき人と打ち合わせだろうか何か喋っていた。

その向こうではスタイリストさんが洋服のチェックをしている。


撮影が始まると大月先生の顔つきが変わりあまり見たことがない真剣な表情になっているのは仕事モードだからだろうか。

そしてある事に気づいた。

それは大月先生とモデルさんの距離だ。何と表現すれば良いのだろう、薄い見えない壁かな。

モデルさんはもちろん大月先生も笑ってはいるけれど大月先生の笑顔はモデルさんをリラックスさせる為のそれで意思疎通は取れているけれどガラス越しに話しているようだ。


午前中がひと段落して少し遅い昼食になった、私の分まで用意されていたお弁当を頂いている。

編集部の人やメイクさんにスタイリストさんと次の打ち合わせをしながらの休憩だ。

「大月先生は撮影していて楽しいですか?」

「楽しいかと聞かれても仕事だからね。それに真剣勝負で撮影が上手くいかなければカメラマンは仕事を干されて路頭に迷うことになるんだよ」

「そうですよね。それにファッション雑誌は洋服がメインですもんね」

「そんな事を言ってはモデルさん達に失礼だよ」

確かに大月先生の言うことは一理ある。それでも初めて大月先生が撮影したファッション雑誌を見た時から変わらない私が感じた素直な感想で。

「この事はあまり人に話したことがないのだけど。僕は孤児なんだよ。ライカって知っているかな」

「ライカはドイツのカメラメーカーですよね。今でも愛好家が多い」

「よく勉強しているね。僕は生まれて直ぐにライカM3と一緒に施設の前に捨てられていたんだ。だから僕にはカメラしかなくてね。脇目も振らずに死ぬ思いで勉強したよ。だからかな他人と関わるのが少し苦手でね」

大月先生の言葉通りなのだろう施設で暮らしながら学校に通うのでさえ大変だと思うのにカメラの勉強をするのはどれだけ大変か私には想像もつかない。

私自身も人と関わるのが苦手で栞とばかり遊んでいたし一歩踏み込んで痛い思いを何度も経験してきた。

「大月さん。その子は誰なの? もしかして彼女とか」

「僕の教え子だよ」

「ええ、本当に大月さんって講師をしているの?」

「酷いな。僕ってどんなイメージなんだか」

一歩引いたクールで他人を寄せ付けないイメージなんて読者モデルに言われて大月先生が苦笑いをしている。

多分だけど私が感じている事と同じような事をモデルさんも感じているのだと思う。


で、何故だか今私はメイクさんにメイクをされ髪の毛をブローしてもらっている。

何でもモデルさん達は私がスタジオに入ってきた時から気になっていて新しいモデルだと思っていたらしい。

とんでもない勘違いなのに妹みたいと言われ良いから良いからと半ば強制的にメイクされている。

そして……

「あの、私。シロートなんですけど」

「私達だって汐音ちゃんと同じシロートの様なものだよ。プロのモデルじゃないし本業はOLやフリーターに肉体労働者だもん。大丈夫だって」

「そうそう、何事も体験あるのみだよ」

読者モデルの中でも群を抜いて人気がある紗羽さんと和泉さんにお気軽に言われたってこの雑誌は全国で20代に大人気のファッション雑誌なんだよ。

飛び入りの私なんかが参加して編集部の人は何も言わないのだろうか。

スタイリストさんが用意した服に着替えて何回か撮影し大月先生と編集部の人が写真をパソコンでチェックしている。

「室内から庭に移動してみましょう」

「そうだね」

駄目だしされるのかと思ったら場所を移動しての撮影らしい。

庭にいどうするとアシスタントの立花さんがドリンクを持って来てくれたので喉を潤しながら読者モデルの紗羽さん達と他愛のない会話をする。

「大月さんって学校ではどんな感じなの?」

「あんまり変わらないですよ。格好とか話し方とか」

「へぇ、そうなんだ」

20代のお姉さんとあまり話した事がないので何だか嬉しい。

「汐音ちゃんって高校生だよね。好きな人っているの?」

「高校2年生です。好きな人はいました。でも、酷いことをしちゃってもう会えないんです」

「そっか、残念だね。そうだ、この雑誌を見てくれると良いね」

考えもしなかった事をお姉さんに言われ心が揺れる。大月先生は森山先生の事を師と仰いでいて森山先生はどう思っているか分からないけれど。

もしかしたら大月先生が撮影したこの雑誌を見ることがあるかも知れない。

そう思っただけで熱いものがこみ上げてきて。

「それじゃ撮影を開始しようか」

「はーい」

今の私に出来る事はカメラの向こうに居るかもしれない森山先生に笑顔を見せることだけ。

そんな風に考えただけで撮影が楽しくなってきた。

「よし、今度は少しポーズを変えて。そう、良い感じだ」

「瑞樹さん、もう少し顔を上げて」

何だか大月先生の雰囲気が変わり傍にいるモデルのお姉さんが驚いた顔をしている。

段々、楽しさが周りに伝染していく感じがした。

少し寒く感じるのは着ている服のせいだろう。お姉さん達の話では季節を先取りして今の時期は主に春夏のファッションになるんだって。

プロじゃないと公言しているけれどそんな事は関係なく寒さなんて感じさせない笑顔をしていた。

日が傾いてくると撮影は終了してしまう。自然光で撮っているので太陽との関係は切っても切れない。

個人的にはこの時間から夕方までの時間の撮影が好きだったりする。

そんな事を栞に話したら物悲しいと言われてしまった。

モデルのお姉さん達にまた一緒に撮影しようと言われてしまうが丁重にお断りした。

私がファッション雑誌になんて烏滸がましいし恥ずかしいから。それでも帰り際に編集部の人に名刺をもらい連絡先を聞かれ教えることになってしまった。

「それじゃ、瑞樹さん。ここで」

「大月先生。本当に有難うございました」

「いや、感謝するのは僕の方だよ。瑞樹さんのお陰で楽しく撮る意味が少しわかったような気がするから。今日はありがとう」

駅まで送ってくれた大月先生と別れ藤倉に帰る。





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