第12話 写真部


新しい季節が始まる、4月になり2年に進級した。

栞と一緒に体育館前に掲示されているクラス分けを見に行く。

「また、一緒だね」

「うん、担任も変わってないけれど」

「お前らが面倒事ばかり起こすから押し付けられたんだ」

振り向くと秋川先生が腰に手を当てて立っていた。

でもパンツスーツ姿ではなく淡いグリーンの小花柄で腰の辺りにリボンがあしらわれた春らしいワンピースを着て白いカーディガンを羽織っている。

「また、宜しくお願いします」

「もう、厄介な問題を起こすなよ。俺は知らないからな」

「なるべく大人しくしています」

2年生が使う3階の教室に向かうと朋ちゃん達とも同じクラスで楽しく2年生を過ごせそうだ。

体育館で入学式が執り行われ真新しい新一年生が入場してくる。

一年前に私達も同じ事をしていたんだと思うと感慨深い。

滞り無く入学式が終わり今後の授業について簡単な説明がある。説明と言っても選択学科の事についてが殆どだ。

「残念な話だが俺はフォトグラフ学科の常任講師から外れた。お前らにとってはラッキーかもしれんが。詳細は配ってあるプリントで指定されている教室で講師から話を聞くように。遅れるなよ。移動開始!」

相変わらずの口の悪さで不慣れなクラスメイトはバタバタと移動をし始め、慣れている私達はゆっくりと動き始める。

「汐音、少し不安だね。モーリは何も言ってなかったの?」

「うん、撮影のスケジュールなんかはよく話すけど学校のことはあまり話さないから」

「そうなんだ」

指定された教室に向かうと見慣れた顔が勢揃いしていて少し安心する。

教室のドアが開いて講師が入ってきて愕然としてしまった。黒いスーツに白いスタンドカラーのシャツを着た森山先生と同年代の男の人が現れた。

背丈は森山先生より少し低く顔立ちもはっきりとしている。

「これから一年間講師を努めます大月亜希と言います。宜しくお願いします」

「大月先生ってあのファッション雑誌とかの」

「知っている生徒さんもいるようですね。僕の仕事のメインはファッション雑誌関係の撮影がメインでポートレートを得意としています。それと撮影でこの辺には来たことがあるのですが良いスポットなんかがあれば教えて欲しいなと思います」

教室がざわつくほど名の知れた先生なのだろう。

森山先生はポートレートが苦手だと言っていたので講師が代わるのは仕方がないことなのかもしれない。

それでも私には前もって言ってくれたって。

「大月先生、前任の森山先生はどうしたんですか?」

「えっと、僕は非常勤講師として講義をしますが仕事との兼ね合いもありますので森山先生はサポートと言う形になっています。森山先生を師と仰いでますので未熟者の僕としては心苦しいところではあります」

「それじゃ二人共非常勤と言うことですか?」

「えっと、ですね。森山先生は撮影がない時は写真部の顧問として校内にいることになっています。急用の場合は写真部に行くか常勤講師だった秋川先生に相談してみてください」

栞が私の代わりに猛然と大月先生に詰め寄ってくれた。

それでも写真部の顧問として校内にいてくれるだけ内心はほっとする。

大月先生のプロフィールや経歴が書かれたプリントが配られ先生が撮影している雑誌や写真などが用意され皆が見て歓声をあげていた。

「汐音はこの写真を見てどう思う?」

「綺麗だなって」

「もう、素っ気ないんだから」

「正直な感想を言っただけだよ。綺麗だって」

確かにモデルさんが綺麗だからと言う訳じゃないけれど素敵と言うよりは綺麗という表現がしっくり来る。

森山先生が撮ってくれた水族館での私の写真とは明らかに異質のものだ。

ただの綺麗な写真であってそこからは何も伝わってこいない。

チャイムが鳴ると大月先生は慌てるように教室を出て行ってしまった。

「モーリと全てが正反対だね」

「そうかな」

「派手と地味、車だってほら」

校舎の窓から外を見ていたフォトグラフ学科の女生徒が歓声をあげていて、窓の外を見るとオレンジ色のオープンカーが校門から出て行く。

「あれってアウディのロードスターだよ。モーリの車は白いバン」

「お洒落と実用性ってこと?」

「そうかもね。ファッション雑誌関係の仕事をしていると仕方がないのかも。そうだ汐音はいかなくて良いの? 写真部に」

栞に言われて教室を見ると大半の生徒は既に写真部の部室に行ってしまったようだ。

慌てて栞の手をとり写真部の部室に向かうって、写真部の部室って何処?


「こんな所にあったんだ」

それが写真部の部室の印象だった。

特別教室がある棟の一階の一番奥に写真部の部室があり、突き当りには鉄製のドアがあって非常ドアの表示が上部に付いている。

出遅れた為かフォトグラフ学科の生徒の姿が見当たらない。

写真部と書かれたドアをノックしても返事はなかった。

「失礼します」

返事はなくドアを開けると徳丸君の姿が見え栞に落ち着きがなくなった。

栞の様子が少しおかしいのは徳丸君と話している姿をよく最近だけど見かけるからだろう。それとこの鼻を突くような臭いはなんだろう。

「この臭いが気になるみたいだね。今はデジタルカメラが主流だけど少し前まではフイルムカメラだったから印画紙に現像する時に酢酸を使うからこんな臭いがするんだよ。今も暗室で時々だけど現像しているからね」

「へぇ、そうなんだ」

「最近は印画紙に現像することも少なくなっているから臭いも酷くないけどね。奥が深いんだよカメラも現像も」

部室の中はさほど広くなくカーテンで仕切られている向こうが徳丸君の話していた暗室なのだろう。

右手にスチール製の書庫がありその前に机が集められ周りにイスが置かれていてその一つに徳丸君が座りノートパソコンを弄っている。

問題の顧問の姿が見当たらない。

「瑞樹さんは森山先生の事を探しているんでしょ」

「えっ、なんでそう思うの?」

「実は秋川先生に言われて木崎先輩の事を調べたのは僕なんだ」

徳丸君の突然のカミングアウトに驚いてしまう。それ以上に驚いたのは私絡みの事も知っている口調だったから。

「調べたと言っても聞き耳を立ててただけで」

「それってもしかして」

「う、うん。僕って黙っていると周りから認知されにくいらしんだ」

秋川先生は徳丸君の影が薄い事を恐らく逆手に取ったのだろう。休み時間などに2年生が使う廊下などに行けば噂話などを聞くことが出来る。

それだけではなく秋川先生の事だから2年の女生徒に1年のあいだで話題になっている木崎ってどんな奴かなどと話したに違いない。

基本、女の子は噂話が好きで中には情報をいち早く知りたがる女の子もいるから。

後は木崎先輩の事を知っていそうな同じ中学だった男子生徒を呼び出して尋問したか。

そんなことを考えていると栞に脇腹に軽く肘打ちされた。

「僕は森山先生と瑞樹さんの事を話すような事はしないから」

「ありがとう。そうだ徳丸君って気配を消すのが上手いのなら動物の写真なんかを撮ったら楽しそうだけどな」

「僕が動物の写真を?」

「うん、街にいる野良猫とか面白い写真が撮れそうだよね」

頬を赤くして照れている徳丸君が森山先生は非常ドアの向こう側に居ると聞いて重たい鉄のドアを開けた。


「うわぁ、凄い」

目に鮮やかな萌黄色が飛び込んできて澄んだ空気が流れていて。

ドアを開けると直ぐにコンクリートの階段があり白衣姿の森山先生が光り輝く大きな木を見る様に座っていた。

「おっ、若菜と瑞樹もやっときたか」

「モーリ、やっと来たかじゃないでしょ。なんでこんな大事なことを汐音には話さなかったの」

「苦肉の策だったからね。ユッコは汐音のことに関して健康上の配慮が必要で環境をあまり変えたくないと提言して仲が良いクラスメイトと一緒に自分のクラスになるように働きかけたけれど非常勤の講師である僕にはそんな権限は無いからね」

「それじゃどうやって」

栞に突っ込まれると森山先生が肩を落とした。

「新しい講師の大月君とはちょっとした知り合いでね。彼は仕事が忙しいから講師は無理だと突っ撥ねたんだけど前任が僕だと分かると僕がサポートに就くならと条件を学校側に出したんだ」

「それでモーリがサポートなんだ」

「学校側は2年生のフォトグラフ学科に非常勤講師は2人も必要ないという考えでね。特例として顧問が定年退職してしまった写真部の顧問になるのならと言われて承諾したんだ。実を言うと嫌いという訳じゃないんだけど大月君のことが苦手でね」

大月先生の得意分野はポートレートだと行っていたのでポートレートが苦手な森山先生とは合わないのかもしれないと思った。

空気が澄んだこの場にいると全てがちっぽけな話に思えてしまう。

「森山先生、あの大きな木はなんていうの?」

「あれはイロハモミジだよ。楓と言えったほうが分かりやすいかな」

「藤倉にこんな場所があったなんて知らなかった。写真を撮りたいけれどカメラを持ってきてないや」

「僕のカメラを貸してあげるから撮ってご覧」

森山先生のカメラを初めて触らせて貰った。

重みが合って私のカメラとは全く違うけれどファインダーを覗いた瞬間にそんな事は忘れてしまう。

構図や角度それに設定を変えて大きな楓をカメラに収める。

まるで時が…………

「あれほど問題を起こすなと言ったはずだが、若菜に瑞樹」

「秋川先生?」

背後から秋川先生の低い声が聞こえ我に返って振り返ると栞が顔を引き攣らせ立ち竦み。

秋川先生は森山先生の胸倉を掴んだまま私の方を見て笑みを浮かべているけれど瞳は笑っていない。

どうやらチャイムの音までもが耳に入らなかったようだ。

放課後に呼び出されタップリと油を絞られてしまった。





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