第10話 ギガント級


寒さが一番厳しい2月になっていた。

でも、今日は冷え込みも落ち着いて寒気団の中休みなのだろうか春を思わせるポカポカ陽気だ。

私にとってはラッキーと言えば良いのだろうか。

フォトグラフ学科の授業が2時間続きであり美術学科の絵画と合同で行われる。

どんな授業かといえば2時間ある前半の1時間は自由行動で後半の1時間で作品を発表することになっていた。

被写体を探して校庭を歩き回っているとスケッチしている美術学科の人を被写体にして撮影している人がいる。

一切テーマが与えられず校内なら何を撮っても良いという初心者には難しい課題で。

花壇に植えられた綺麗な花を撮って振り返ると今度はフォトグラフ学科の生徒がモデルになっていて思わず挙動不審になってしまう。

他の授業を邪魔しなければ自由に動きまわっていいので今日は手の空いている先生方があちらこちらにいる。

その中には秋川先生もいて周りに集まった生徒から逃げていた。

多分、被写体かモデルになってくれと懇願されているのだろう。

森山先生や美術学科の東雲先生の周りにも生徒が集まっているけれどアドバイスを貰っているんだと思う。

しばらくして栞と合流して成果を見せ合っていると美術学科の生徒が森山先生と何かを話していて、気になり思わず聞き耳を立ててしまう。

どうやら森山先生をモデルに絵を描きたいらしく必死に食い下がっていると先生が根負けしたのか大騒ぎになっている。

「汐音、面白そうだから行ってみようよ」

「ええ、邪魔になるから遠慮しておこう」

「そんな事を言っていて良いのかな。モーリをカメラに収める絶好のチャンスなのに」

確かに森山先生の授業中の写真は凄く撮りたいと思うけど……

私が迷っていると栞に手を引かれ強引に連れて行かれてしまった。

「どんなポーズが良いかな」

「そうだね。誰かと一緒なんて面白そう」

どうやら構図を考えているようだ。

遠巻きに伺っていたら美術学科を選択しているクラスメイトの朋ちゃんと目が合ってしまう。

「あっ、栞と汐音。ちょうど良いじゃん」

「えっ?」

「だって栞達はシャッター押すだけでしょ」

光だの構図だのと反論しようとしたのに完全にスルーされてしまい、美術学科の朋ちゃんが数人でポーズを決めている。

「そうだ、あれしか無いんじゃない」

「そうだね。今、ネットで話題になっているし」

「変なポーズなら協力しないからね」

嫌な笑みを浮かべて朋ちゃんが栞に何かを耳打ちしするといきなり栞が私の背中を押した。

「悔しいけど汐音に譲る」

「ええ、モデルなんか嫌だよ。恥ずかしいし」

「へぇ、モーリと一緒が嫌なんだ」

森山先生には聞こえない様に一番言われたら嫌なことを栞が言い出した。それは嫌じゃないけれど私はモデルが嫌だと言っているだけで。

話が一気に変な方に行き始めて花壇の間の校舎の壁を背にして立たされてしまう。

これってまさか……

「僕はどうすれば良いのかな。時間はあまりないよ」

「モーリは汐音の顔の横に右手を付いて」

「こんな感じかな?」

あの時は怖かったけれど森山先生ならなんて思ったのが大間違いだった。

今日に限って森山先生は白衣姿じゃなく打ち合わせ先から学校に直行してきたと言っていて。

品川で偶然出会った時と同じようなスーツ姿で。

「ちょっと遠くない?」

「うん。そうだモーリ掌じゃなくて腕を壁につけて」

「こうかな? 瑞樹は大丈夫?」

こんなの大丈夫じゃないよ。森山先生との距離が一気に縮まって吐息を感じるくらい近くに森山先生の顔がある。

恥ずかし過ぎて森山先生の顔なんか見れない、耳元から先生の声が聞こえてきて真っ赤になり俯いてしまう。

「それだ。絶対に動かないで」

無理だよ。動かないでなんて言われても動けず、ただ時間が早く過ぎる事を願う。

時が永遠に止まってしまったかのような感覚になり栞の声が段々遠くなっていく。

「瑞樹!」

森山先生の声で我に返ると暖かいものに包まれ腰に腕を回され支えられていて。

視界には真っ白なシャツのボタンが見えて凄く鼓動が波打っているけれど私じゃない。どうやら極度の緊張で貧血を起こしてしまったらしい。

大きく深呼吸すると森山先生のジャケットを握り締めて事に気付き慌てて離れた。

「森山先生、ごめんなさい」

「大丈夫なんだな」

「はい。ありがとうございます」

朋ちゃん達もホッとした顔をして栞を見ると何故か親指を立てていた。

多分、大丈夫と言う意味なのだろう。

「皆、ごめんね」

「もう、いきなり汐音がモーリに抱きつくから本当にびっくりしたんだよ」

「そ、そんなんじゃないってば」

「ごめん、ごめん。冗談だよ。でも良かった、何もなくって」

皆が笑顔になり私も開放されて胸を撫で下ろした。

「それじゃ、もう大丈夫なんだな」

「モーリ、もうちょっとだけお願い」

「えっ、終わったんじゃないのか?」

「もう少しなんだよね。だから今度は栞がお願いね」

朋ちゃんが栞の腕を掴んで私が今まで立っていた場所に栞を連れて行く。

校舎を背にした栞が挙動不審になっている。

「わ、私は……」

「仕方がないな」

「ちょ、モーリ。近いよ~」

森山先生が栞に壁に腕を付くと栞が腰を抜かしたようにしゃがみ込んでしまった。

「む、無理だよ。モーリの壁ドンはギガント級の破壊力なんだもん」

「ふふふ、美術学科を舐めちゃいけないよ。下書きなんてとっくに終わってるからね」

「くぉら! 騙したな」

栞がしゃがみ込んだ姿勢から一気に立ち上がり朋ちゃんを追いかけまわし始め。

森山先生は呆れた顔をして私は美術学科の子達とお腹を抱えて笑う。


休憩を挟んで後半の授業が視聴覚室で始まる。

発表する写真を選ぶ時間があり。各々の机にあるパソコンに繋がれたカードリーダーにメモリーを入れて今日の一番を決める。

「私はもう既に今日の一番は決まってるから汐音は頑張って決めてね」

「変な写真じゃないでしょうね」

「えへへ、気になる? そんなに見たい?」

栞が自信満々でカメラからメモリーカードを取り出すと後ろから手が伸びてきて栞の手から抜き去った。

驚いて振り返ると栞のメモリーカードは森山先生の手中に納まっていた。

「うわぁ、モーリ何をするの?」

「不適切な写真がないかチェックさせてもらうよ」

「そんなの有るわけ無いじゃん」

栞の抗議も虚しく問答無用で森山先生が教壇に有る自分のノートブックパソコンに栞のメモリーカードを差し込んで画像をチェックしている。

しばらくすると栞が呼ばれて森山先生からメモリーカードを受け取って戻ってきて直ぐにカードリーダーに突っ込んだ。

「もう、やっぱり消されてる」

「ああ、壁ドンの写真でしょ」

「最高の構図で今日一番の出来だと思ったのに」

「私からすれば流石森山先生と言うべきかな。あの状態で周りのシャッター音を聞き逃さなかったって言うことでしょ」

チェックされたメモリーカードから栞が必死になって写真を選んでいるという事は授業中なのにまた気を抜いていたに違いない。

私は校舎の風景写真を発表して、栞は校舎の窓ガラスに写り込んだ空の写真を発表し終えた。

生徒の手元には全員の名前がプリントされている紙が配られていて写真を見て感じ思ったことを記入するようになっていて授業の最後に回収され。

次の授業で森山先生からまとめられた皆の感想と先生の総評が書かれた物がそれぞれ渡されることになっている。

チャイムが鳴り授業が終わった途端に栞が森山先生に詰め寄った。

「モーリは酷いよ。消去しちゃうなんて」

「拡散されると敵わないからね。それに人の作品だから取り敢えず僕のパソコンには保存してあるけど」

「まぁ、仕方がないか。そう言えばモーリの写真は静物か風景ばかりだけど」

「そうだね。仕事として頼まれれば撮ることがあるけれど、基本的にポートレートは苦手だからね」

森山先生の言葉に栞が怪訝そうな顔をして私を見ている。

教室でプライベートの写真だと前置きして発表した水族館で私を撮った写真のことを考えて、その事を聞くんだと思った。

「そうか。モーリには兄妹とか居ないの?」

「ん~ 妹が居たけど」

「居たってどういうこと?」

「はい、この話はお終い。次の授業に遅れるよ」

栞が視聴覚室の壁にある時計を見て慌てて私の手を取り視聴覚室を飛び出す。

森山先生の言葉が心に引っ掛かっている。

居たって何で過去形で話すのだろう。もしかして……




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