第9話 新年早々

残すところ一ヶ月もしないで今年が終わる。

高校生になり色々な人と出会い少しずつ変わっていけたと思う。それはクラスメイトや秋川先生だったり頼りになる栞だったり。

この冬に私にとって命を失っていたかもしれない事が起こり自分自身の気持ちに気付いてしまった。

それは大きく私を変えてくれた森山先生の事だ。先生の存在が私の中でとても大きくなりつつある。

でも、自分から動くような軽はずみな事はもう二度としないと決めた。

クリスマス・イヴには栞とお互いのクリスマスプレゼントを買いに行き交換し、夜は大切な両親と聖なる夜を過ごした。

寝る前に森山先生のことを考えてしまうのが日課になり癖になってしまったようだ。

今晩は独りなのかな?

また、何処かで食事をしているのかな?

秋川先生と一緒なのかな?

そう言えば学校外での先生達のことを私は何も知らない。

恋人がいたらどうしよう。

高校生なんか相手にしてくれないかもしれない。

また、ネガティブになってしまう。


「栞、おはよう」

「あのね、汐音。おはようじゃなくて。あけおめでしょ」

「明けまして御目出度う御座います。本年も何卒宜しくお願い致します」

「何で漢字だらけの堅苦しい挨拶をするのかな?」

新年早々、栞と藤倉駅前で大笑いしてしまう。藤倉で初詣といえば八幡様と私達が呼んでいる八幡宮に藤倉宮や月島神社の弁天様が有名だ。

その他にも神社仏閣が多い藤倉ではこの時期は大賑わいになる。

月島神社が一番近いけれど階段が多く毎年家族で行っていた。

それに月島神社は恋愛成就のご利益があると有名で、流石に両親の前で恋愛成就の絵馬を奉納する様な心臓は持ち合わせていない。

今年は高校生になったので栞と初詣に行く事を許してもらえたので八幡宮に来ていた。

関東でも毎年ベストテンに入るくらい人出があり藤倉駅前も大変な事になっている。

「凄い人出だね。三が日で260万人は伊達じゃないね」

「そんな事を行っていないで早く初詣しないと買い物なんて出来ないよ」

「そうでした。ってこの格好じゃね」

いつもアクティブな栞がお淑やかに見えるのは振り袖の所為だろう。

サーモンピンクで和花柄の振り袖を着てお正月らし金の帯を締めている。

何でも高校生なんだからと両親に言い包められて着慣れない振り袖を着せられたらしい。

「でも、パパは大喜びだったんでしょ」

「大喜びどころか泣いて喜んでたし。人のカメラを勝手に持ちだしたバシャバシャ朝から撮りまくてた」

「それで正月早々親子喧嘩なの」

「当然じゃない。フォトグラフ学科の生徒にとってカメラは命の次に大事なんだから」

口では偉そうな事を言うのに何で学科の課題になると真剣さに欠けるんだろ。それに肝心な時に命の次に大事なカメラを忘れてくるし。

なんて突っ込んで見ても良いけれどお正月なので止めておく。

私の格好は赤いチェック柄のシャツワンピに襟元にファーが付いたベージュのコートを着て黒いタイツに茶色のブーツを履いていてもちろん中も外も防寒対策は完璧だ。


人の流れに乗って参道に向かうと先の方まで人の頭で埋まっていた。

それでも栞とのお喋りは楽しくってつい時間を忘れてしまう。

八幡様の階段の下まで来た時に栞が目の前に居る親子連れに気がついた。

お父さんの方はフードにファーが付いた黒のダウンジャケットを着ていて女の子はフード付きのピンクのダウンジャケットを着ている。

サラサラの黒髪が印象的でお父さんの肩に顎を乗せて頬を膨らませていた。

「ほら、汐音。可愛いよ」

「本当だ。待ちくたびれたのかな」

栞が晴れ着を着ていることなんてお構いなしに女の子に睨めっこを挑みだした。するとそれに気付いた女の子が笑顔になりはしゃぎだす。

声は掛けないけれど手を降ったりピースサインをしたりしてじゃんけんをし始めるとキャッキャと女の子が声を上げてお父さんが気付いたようだ。

「ん? 瑛梨どうしたんだ?」

「おねえたんとあしょんでりゅの」

「お姉ちゃん?」

舌足らずの女の子に言われて振り向いたお父さんの顔を見た瞬間に私も栞も冷凍人間になってしまった。

「瑞樹と若菜じゃないか。明けましておめでとう」

「モーリ?」

「も、森山先生。独身じゃ……」

頭の中が新年早々真っ白になってそれ以上の言葉が出てこない。お父さんだと思っていた人は森山先生で……

「けいちゅけパパ。まえ」

「啓祐」

「パパ……」

「ほら、お前らも進まないと迷惑だぞ」

栞も私も壊れかけのゼンマイ仕掛けのロボットのように歩き出す。

そんな私と栞を見て森山先生は盛大にクエスチョンマークを大量生産している。あまりの衝撃で私は壊れてしまいそうだ。

「もしかして僕の娘だと勘違いしたんじゃ。正月早々冗談がきついな僕の子どもの訳ないじゃないか」

「それじゃ、まさか」

「そのまさかだよ」

「ゆ、ユッコ先生の娘さんなの? 有り得なくない」

可愛らしい女の子は秋川先生の愛娘だった。確かに秋川先生は美人だけどクールビューティーと言うか雪女の方がしっくり来るかもしれない。

そんな遺伝子を受け継ぐとこんな可愛らしい女の子が誕生するのだろうか。

秋川先生は男子校の教員だったというところが大きいのかもしれないけれど性格はそうそう変わる物ではないと思う。

「瑛梨ちゃんって言うんだ。お姉ちゃんは瑞樹汐音だよ。宜しくね」

「……(ガン見)」

「うわ、珍しい。汐音が子どもに拒否されてる」

「元旦なんだから変なことを言わないでよね」

何故だか瑛梨ちゃんは栞に対しては笑顔を見せるのに私に対しては笑顔を見せてくれない。

正直、物凄いショックで立ち直れそうにない。

「ほら、瑞樹。凹んでないで行くぞ。瑛梨も仲良くしないと怒るぞ」

「けいちゅけパパ。きらい」

森山先生が慰めてくれるけれど瑛梨ちゃんにますます嫌われた気がするのはどうしてだろう。


気が付くと本殿の前まで来ていて真っ白なまま参拝してしまう。

「やっぱり御神籤でしょ」

「そうかな」

新年早々嫌な予感しかしないのは気の所為だろうか。

初詣に来て御神籤をしないで帰るなんて有り得ないという栞の言葉で揃って引くことにした。

「もう、涙が出そうだよ。栞」

「あはは、汐音だけ大凶ってある意味最強なんじゃない」

「瑞樹、八幡様にはあれがあるじゃないか」

森山先生が言うあれとは強運掴み矢の下にある凶みくじ納め箱と言いって凶の御神籤を入れると強運がつかめるという物で私の御神籤を箱に収める。

強運掴み矢は八幡様の破魔矢と並び人気があるそして皆で破魔矢を買い出店を見に行くと色々な出店があって目移りしてしまう。

定番のお好み焼きに焼きそば・たい焼きに大判焼きでしょ金魚すくいも外せない。

りんご飴にイチゴ飴やブドウ飴なんていうのもある。お面屋さんに射的やだるま落とし、綿菓子にフランクフルト。

カニ汁屋さんからは良い匂いがしてカラフルな金平糖まである。ワンタンは身体が温まりそう。

そんな中で目に飛び込んできたのはチョコバナナの出店だった。

スタンダードなチョコバナナからホワイトチョコやカラフルなピンク色や水色の物まであり。ナッツやカラースプレーを使って可愛らしくデコレーションされている。

速攻でスタンダードなチョコ2本とピンクのイチゴ2本の4本買って森山先生に瑛梨ちゃんと栞の前に突き出す。

「一応、女の子だし、これかな。ゴチになります」

「ん、それじゃ遠慮無く頂こうかな」

栞がイチゴチョコレートを森山先生はスタンダードなチョコを手に取った。

残るのはイチゴとチョコだけど瑛梨ちゃんの視線はチョコバナナと私の間を行き来している。迷いに迷ってやっと手に取ってくれたのはイチゴだった。

直ぐに森山先生の方を向いてしまったけれど一瞬だけ笑顔が見えて嬉しい。

「ほら、瑛梨。言うことがあるんじゃないか」

「おねえたん。あいがとー」

「うわ、可愛い。萌えちゃいそう。でもお母さんはあのユッコ先生なんだよね」

はにかみながらお礼を言ってくれただけで大満足だった。

栞が私もこんな娘が欲しいというので結婚して産んだらと言うと可愛いかなって聞いたのに私と森山先生が顔を見合わせて即答しなかったので猛抗議している。

「瑞樹達はこれからどうするのかな?」

「栞と小町でウインドウショッピングでもしようかと思ってます」

「それじゃ、少し付き合おうかな」

「やった! 瑛梨ちゃんと一緒だ」

先生の提案に栞が振り袖なのに拳を突き上げ周りの視線を集めて真っ赤になり撃沈した。

小町と言うのは八幡様から藤倉駅まで続く路地にあるお洒落なお店が集まっている場所の事でクラスメイト達にも人気がある。


「あれ、可愛いよね」

「そうだね。でも値段がね」

元日と言うこともあり小町通りもかなりの賑を見せている。

それでも森山先生は瑛梨ちゃんを抱いたまま私と栞に付き合ってくれていた。

「何で森山先生は付き合ってくれるんですか?」

「暇だからじゃ答えにならないかな」

「そう言われてしまうと返す言葉が無いですけど」

「気にしなくていいから。嫌なら嫌と言うしね。それに大事な教え子に悪い虫でも付いたら困るからね」

森山先生の本気とも冗談とも取れない言葉に栞がお腹を抱えて笑っている。私は何だか複雑な気持ちになってしまう。

それでも先生が側に居ると不思議と安心してしまう自分がいる。

何も買わないのに散々冷やかしでお店を見て回りそろそろ藤倉駅前に出る時にトイレに行きたくなってしまう。

「ごめん、トイレに行ってくるね」

「えっ、汐音。1人で大丈夫?」

「もう、子どもじゃないんだし大丈夫だよ。森山先生と一緒にいてね」

早足で人混みを掻き分けるように駅前に向かう。


鏡で変なところがないかチェックしてトイレから出て栞と先生の姿を探す。

キョロキョロしていると2人連れの男の子に声を掛けられてしまった。

「ねぇ、彼女。何を探しているの?」

「一緒に探してあげるよ」

「友達を探していだけですから」

「もしかして2人なの? 超ラッキーじゃん」

何がラッキーなのか分からないけれどこれ以上話す気にはなれない。

男の子の間をすり抜けようとすると行く手を阻まれてしまう。

「退いて下さい」

「嫌だと行ったらどうする?」

同い年か年下にしか見えない男の子がにやけた瞬間に木崎先輩の顔が脳裏に浮かび動けなくなってしまった。

それが迷っている様に見えたのか男の子が更に話しかけてくる。

「ねぇ、海でも見に行かない」

「そうそう穴場のスポットを知ってるんだ。一緒に行こう」

沢山の人が行き来しているのに誰も助けてくれない。周りからすればただのナンパだと思っているし、彼等にしてもただのナンパに過ぎないのだろう。

でも、私にとっては真新しい傷口に塩を塗りこむような事で身体が硬直してしまう。

「ママ! らっこぉ!」

突然、男の子達の後ろで声がしてぎょっとした男の子達が振り返り森山先生の姿が見えて先生に抱かれた瑛梨ちゃんが身を乗り出して私に向かって抱っこをせがんでいる。

「汐音、遅いぞ。そんな所で何をしているんだ」

はっとして森山先生に歩み寄り瑛梨ちゃんを抱っこすると瑛梨ちゃんが頬を寄せて私の首に小さな手を回してくれた。

「な、なんだよ。子持ちなら子持ちって言えよ」

「マジ、ありえねぇ。高校生かと思ったのに」

森山先生に睨みつけられた男の子達は慌てふためいて尻尾を巻いて逃げ出した。

ほっとするのも束の間、森山先生の影から栞がスマホで狙っていてシャッター音が聞こえ怒る気も失せた。

「森山先生、ありがとうございます。何度も迷惑をかけちゃって」

「僕は別に何もしてないよ。声をかけようとしたら瑛梨がいきなりママなんて言い出すから僕は瑛梨に合わせて汐音と呼んだだけだから」

「瑛梨ちゃん、ありがとう」

きちんと瑛梨ちゃんの顔を見てお礼を言うとツンとされてしまった。

栞曰く、瑛梨ちゃんは将来ツンデレのプリンセスになるらしい。

「森山先生と汐音の子どもって可愛んだろうな」

「栞、それ以上の事を口にしたら」

「ご、ごめん。汐音が怒ると本当に怖いんだから。お正月と言うことで、ね」

何が『ね』なのだろう顔が赤くなるのを怒った振りをして誤魔化してしまった。森山先生となんて考えただけで頬が火照ってしまいそうだ。

森山先生のスマホが着信を告げて森山先生は誰かと喋っていて、瑛梨ちゃんは栞に抱かれてあやしてもらい笑い声を上げてはしゃいでいる。

私は森山先生に助けられた事ばかりを思い出していた。

品川駅と燕ヶ岳でそして七瀬ヶ浜に今日の事。私にとって森山先生は……


「汐音。聞いてるの? 新年早々ボーとしてないでよ」

「ごめん、何だっけ」

「もう、森山先生がまだ時間は大丈夫かって」

いきなり栞に名を呼ばれて現実に引き戻され話の流れが分からず首を傾げてしまう。

「一応、先生が生徒に対してこんな事を言ってはいけないのだけど時間が許すのなら僕の家にどうかなって」

「先生の家に行っても良いんですか?」

「大丈夫だよ。ユッコも居るしね」

「行きます! 是非」

駅前なのに大声で返事をしてしまい栞に恥ずかしいと顰蹙を買ってしまう。思わぬ展開になり意気揚々と先生の後を栞と付いて。

藤倉駅前から八幡様の参道を横切り小高い住宅街に向かっていく。


「凄い!」

それが森山先生の家を見た時の第一声だった。

白のワンボックスが駐められた広い駐車場から生け垣で仕切られた通路を進むと羽目板の純和風の平屋建ての古民家が見える。

家の前には広い芝生の庭があり家の後ろや横は木々に囲まれとても静かな環境なのだろう。

玄関を入ると広い玄関ホールになっていて内装は綺麗にリフォームされているみたい。

「遅いぞ、啓祐。お客って……まさか貴様」

「仕方がないだろ。初詣に八幡様に行ったら偶然会って瑛梨におやつを買ってもらったんだぞ。お礼代わりだ」

出迎えてくれた秋山先生が顔を引き攣らせている。

ジーンズにざっくり編まれたセーターを着た普段着姿の秋山先生はモデルのようにしか見えないし、こんな事を言うと怒られるかもしれないけれど凄く女性だった。

200円のチョコバナナがとんでもない物に化けてしまった。

家の中にはサンルームのように広い縁側があり各部屋には縁のない正方形の畳が市松模様のように敷き詰められていて琉球畳だと教えてくれた。

それに外観はかなり古そうで部屋の中にはそれほど大きくないストーブがあるだけなのに凄く温かい。

秋川先生の話では昔の民家は縁側などによって外と部屋との間に空間が設けられているので日差しが部屋まで入らないので冬は温かく夏は涼しく造られているらしい。

「もしかしてこれ全部秋川先生の手作り何ですか?」

「そうだが何か文句でもあるのか」

「美味しそうです」

「まぁ、良いだろう。新年と言うことで大目に見てやる。啓祐もだぞ」

秋川先生に釘を差されたのに森山先生は素知らぬ顔をしてスルーしてしまった。

2人は従姉弟と言っていたので幼い頃からこんな関係なのだろう。美味しそうな料理が目の前に用意されていた。

木目が素敵な座卓の上には色とりどりのお節料理が重箱に綺麗に詰められてサラダや煮魚が大皿に盛られている。

「改めて、明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします」

「頂きます!」

新年なのできちんと挨拶を交わしてから料理を頂く。

「ん、おひしい」

「栞は食べながら喋らないの」

「まるで姉妹みたいだね。瑞樹が大人しいお姉さんで若菜が活発な妹って感じかな」

「幼馴染だし栞に助けられる事の方が多いですよ」

幼い頃から姉妹のように育ってきたけれど身体が弱い私は栞に元気をもらい助けられてきた。それが当たり前のように。

でも栞にすれば手芸なんかの女の子ぽい事は私から教わったと言う。

「秋川先生達も姉弟みたいにですか?」

「そうだねユッコは幼い子頃から人の世話をするのが大好きだったからね」

「何だか凄く女の子なんだ」

学校での秋川先生からはあまり想像できない姿だ。

こんなに綺麗で美味しい料理を作れるのだから素敵な女性なんだと思う。

「今ではこんな男みたいな口調だけどね。新任の教師として赴任した男子校で色々とあってね。鎧を身に纏ってしまったんだ」

「もしかして乱暴とかですか」

「まぁ、大事には至らなかったけれどね。それに似たような事かな。女だからと生徒からも先生からも見られてね」

「そうだったんですか。でも今は共学なんだしワンピース姿も魅力的だと思うけど」

まだ子どもの私がこんな事を言ったら失礼かもしれないけれど何だか分かる気がする。

教師からもクラスメイトからも心疾患があると言うだけで腫れ物に触るように扱われてきたから。

「ん、勢いで聞いちゃいます。秋川先生の旦那様はどんな人なんですか?」

「腐れ縁みたいな奴だったよ」

「高校・大学と一緒でね。大学を卒業と同時に結婚したんだけどユッコは完璧主義だからね、仕事も家庭も完璧にしていた。そして瑛梨が産まれてからは育児も」

「凄く大変そう。私には無理かも」

まだ何も始まっていない私達にはどんな物か分からないけれど全て完璧になんて出来そうにない。秋川先生はどれだけのスペックを持っているのだろう。

「そうだね。完璧になんて無理だよね。やがて旦那が音を上げてしまったんだ、息苦しくてユッコとはもう一緒に居られないって」

「そうだったんですか。それじゃバツイチなんですね」

「あいつが根性無しだから別れてやったんだ」

照れ隠しで秋川先生は根性なんて言っているけれどそんなものではどうしようもない事なのだろう。

美味しい料理を沢山頂いてから家の中を見せてもらった。


7畳の洋間はアトリエになっていて8畳の洋間が寝室になっている。

その他に続き間になっている6畳の和室が2つ、サンルームの様な縁側は5畳くらいでリビングダイニングが10畳のフローリングでキッチンも凄く広い。

トイレもバスルームもとても綺麗にされている。

「ママ、おねえたんとあとぶの」

「よし! 栞お姉ちゃんと勝負だ」

「うん!」

広い家の中を見せてもらっていると瑛梨ちゃんが何処からか羽子板を持ってきて晴れ着姿の栞と広い庭に飛び出していった。

コン・コンと途切れ途切れだけど羽の音が響いている。

「何でお正月って羽子板や独楽回しなんだろう」

「羽子板は魔除けだからだ。昔は子どもが生まれて初めての正月に男の子には破魔矢を女の子には羽子板を贈る習慣があった。あの羽に付いている硬く黒い玉はムクロジと言う大木の種で、漢字で書くと『無患子』と書いて子どもが患わなと言う意味があり。羽はトンボに見立てて正月に羽を突くと夏になって蚊に食われることがないと信じられていたからだ」

「凄い、羽子板にそんな深い意味があったんですね」

ポカポカと暖かい縁側で秋川先生と羽子板をして遊んでいる栞と瑛梨ちゃんを眺めている。

こんな事になるのならカメラを持ってくればよかった。今日のところはスマホで我慢しよう。

「あのバカはまだ洗い物が終わらないのか。啓祐、いい加減にしろ」

「今終わった所だよ。やいのやいの言うな」

「何だと私に対しての挑戦と受け取っていいんだな」

「誰がユッコなんかに負けるか」

食事の片付けをしてくれた森山先生がエプロン姿で縁側に現れた。

そして秋川先生と顔を突き合わせた森山先生がエプロンを投げ捨てて庭に出ていき羽子板勝負をし始めた。

栞は驚いた顔をして瑛梨ちゃんは諦めた様な顔をしている。

優雅なお正月の羽子板がハードなスポーツになってしまった。まるで世界レベルの卓球の光速ラリーを見ているようだ。

羽が壊れてしまうくらいの連続音が鳴り響く。

「そうだ、瑛梨ちゃん。汐音お姉ちゃんはあやとりが上手なんだよ」

「あやとい?」

「見てみたい?」

「うん!」

あやとりなんて栞が言い出したけれど適当な紐なんて何処にも見当たらない。

「えへへ、紐がないって思っているんでしょ。初詣で並ぶと思って時間潰しに持ってきたんだ」

「懐かしいね。これって」

「そうだよ。汐音のお母さんが作ってくれたやつ」

栞が取り出したのは小さい頃に母が私と栞の為に作ってくれたあやとりの紐だった。

あやとりは毛糸一本を輪にしてするけれど軽すぎるので母が毛糸を指編みして少し重みのある紐を作ってくれた。

1人あやとりは基本の形から色々な形を経て元の形に戻る。

瑛梨ちゃんに合わせてゆっくりと組み替えながら元の形にすると羨望の眼差しで見つめられ少し照れくさい。

今度は栞と2人で取り合うと小さかった頃のことが鮮明に浮かんでくる。楽しくなり色々な形を作ってみた。

四段はしごに三段はしご、東京タワーにダイヤやお猪口。

箒にカニにゴム。連続技の鉄橋・亀・ゴムからの飛行機。

指ぬきを瑛梨ちゃんの目の前で見せると手品でも見たかのようにはしゃいでくれた。

「へぇ、あやとりか懐かしい事をしているんだな」

「日本独特ですよね、ユッコ先生」

「残念だがあやとりは世界各国にあってな、国際あやとり協会なんてものもあるんだ。中には子ども遊びとしてではなく呪術師が占いとして行う地域もあるんだぞ」

「そんなにあやとりも奥が深いんだ。知らなかった」

秋川先生の事をよく知る森山先生が完璧主義と言い切るのがよく分かるくらい秋川先生は色々なことを詳細に知っている。

遅くなるといけないのでそろそろお暇することにした。

「新年早々、お邪魔しました」

「それじゃ俺等も帰るから。瑛梨、帰るぞ」

「はーい」

秋川先生が瑛梨ちゃんを抱き上げて玄関を出て行くのを追う様に森山先生の家を後にする。

「秋川先生は一緒に住んでいるんじゃないんですか?」

「何で俺が啓祐と一緒だと」

「あんなに広い家なのに」

「月の島のマンションに住んでいるよ。畳の部屋は掃除が面倒だしあんな広い庭の手入れなんか大変だろ」

完璧主義というか合理的と言えば良いのだろうか。チリひとつ無いシンプルなフローリングのマンションの一室が浮かんでくる。

森山先生の家は庭まで綺麗だったと言うことは先生もマメなのだろうか。

「啓祐は年に数回とことん綺麗にする主義だからな。それに全く料理はできないぞ。前に作らせたらアバンギャルドな物が出来てきた事があったな」

「前衛的な味って」

「食えるはずがないだろ。そんなもの」


藤倉駅から月の島電鉄に乗り込み家に向かう。最寄り駅に着いて私と栞が電車から降りる。

「またな」

「瑛梨ちゃん、また遊ぼうね」

「うん!」

栞には笑顔なのに未だに私には微妙な顔しかしてくれない。

「瑛梨は啓祐の事をパパと呼ぶくらい大好きだからな。ライバルが現れたと思って警戒しているんだろ」

「子どもは本当に正直だからね」

「それじゃ、学校でな。いらないことをべらべら喋るなよ」

「「はーい」」

一応、秋川先生に栞と一緒に返事をしたけれど疑問符が浮かんだままだ。

だけど森山先生の家に遊びに行けて秋川先生の知らない一面や色々な事を知ることが出来て凄く楽しかった。

これも強運掴み矢のお陰かもしれない。

「へぇ、汐音は幸先の良いスタートだと思っているんでしょ。ライバルが現れたのに。ニブチンなんだから」

「ライバルって瑛梨ちゃんのこと? 森山先生が大好きな瑛梨ちゃんのライバルと言う事は。わ、私が森山先生のことを大好きって」

「そんなの誰が見てもバレバレでしょ。まぁ、森山先生が気付いているかは別の話だけどね」

間欠泉から水蒸気が吹き出すように真っ赤になってしまう。

改めて栞に言われ自分の気持ちが駄々漏れなのを知った年の初めになった。


冬休みが終わり藤倉高校を震撼させる出来事が起きた。

男子生徒は息を呑み。気圧されて後ずさりする男子生徒まで現れた。

一方の女子生徒は歓喜の声を上げ。有名女優が現れたのかと思うほど黄色い声援を贈っている。

「なぁ、若菜に瑞樹。やっぱりスーツの方が良いんじゃないか。下がスースーして落ち着かないんだが」

「女子がそんな事を言っちゃ駄目ですよ。最初が肝心なんですから。時期に静かになりますよ」

私と栞の予想と裏腹に騒ぎは大きくなり親衛隊やファンクラブまで立ち上がってしまう。

男子からはあの姿から発せられる男言葉とのギャップが堪らないらしく。女子は元々宝塚の男役のように見ていた子達がたくさんいて騒ぎに火を付けた。

何の騒ぎかというとスタイル抜群の秋川先生が花柄のモノトーンワンピで学校に来たからで。

フォトグラフ学科の私と栞はこのチャンスを逃すはずもなくシャッターを切った。

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