第2話 サンシャイン水族館
高校生活は順調そのものだった。クラスメイトも先生も私のことを特別視することもなく毎日が楽しい。
ただ体育だけはどうしても気後れして見学してしまうことが多い。
主治医からは長距離走以外の体育程度の運動なら問題無いと言われたけれど両親は納得できずに小学校の時は殆ど見学させられた。
中学になると体育の授業には参加させてもらえたけれど身体を動かして来なかった所為で少しでも動けば息が上がってしまう。
無理をすればその反動が体に現れ体育の後の授業では動けなくなってしまった。
苛められた事は無いけれど疎ましく思っていたクラスメイトは少なくなかったはずだ。バスケットボールでディフェンスをしていた時に言われた言葉が特にきつかった。
『瑞樹さんがディフェンスじゃ怖くて攻めることが出来ない』
もしも私が反対の立場だったら同じ事を考えてしまうかもしれない。万が一にでも接触して何かあれば忘れられない嫌な思い出になるだろう。
午前中最後の授業は体育の授業で男女ともバスケットボールだった。
そんな事を思い出しながら制服のままで体育の授業に向かおうとすると背後から冷たい声がした。
「瑞樹! お前は今日も見学なのか?」
「秋川先生……」
「最初に特別扱いしないと言ったはずだが。それにだ。お前の主治医からも両親からも体育程度なら大丈夫だとお墨付きをもらっている。いつまで甘ったれているつもりだ。着替えろ!」
秋川先生に叱責され渋々と体操着に着替えて体育館に向かう。
「あっ、汐音が来た」
「瑞樹さん、今日は体育やるんだね」
「う、うん」
「皆、待っていたんだよ」
思いも寄らない言葉で顔をあげるとクラスメイト全員が私の事を見ていて。直ぐにウォーミングアップの為のストレッチを二人一組になって始めた。
バスケットボールは5対5で行われるために4チームに分かれて行われ。
試合時間は10分ハーフで試合がない生徒はスコアーを担当してバスケ経験者は審判をし、他の生徒は邪魔にならないようにパスやシュートの練習をしている。
私がいるチームは後半からの試合でコートでは栞が元気よく走り回っていた。
「汐音、応援しているからね」
「う、うん。頑張ってみるよ」
汗が眩しい栞に背中を押されコートに入ると体育の先生がクラスメイトに何かを言っている。
「おーい、春川。フォローで瑞樹のチームには入れ」
「はーい」
春川さんは栞のチームでディフェンダーをしていたクラスメイトだ。多分、私がチームの足を引っ張ってしまいハンデになるからだろう。
「瑞樹さん、宜しくね」
「うん」
「私はあくまでもバックアップであってメインは瑞樹さんなんだから頑張ってね」
「はい、宜しくお願いします」
畏まって頭を下げると友達じゃんと笑われてしまった。
10分ハーフが今日は短く感じられ久しぶりにかいた汗が心地良い。これも皆が遠慮なく私に向き合ってくれているからだろう。
それでも午後の授業は流石に身体が重くって後日栞にノートを写させてもらった。
自分自身で選び後悔したフォトグラフ学科の授業は拍子抜けだった。
カメラの種類から始まり絞りやシャッタースピードに露出などの基本的なことから講義が始まり、担当の森山先生はあまり揚々のない声で淡々と授業を進めていく。
私達以上に拍子抜けだったのは真剣にこの学科を目指してきた人達だろう。何故なら森山先生の講義にとてつもなく大きな期待をしていた筈なのだから。
それが基本中の基本からの講義では授業に身が入らないのも仕方がないのかもしれない。
中には机に突っ伏して寝ている生徒までいる。
そんな事には一切お構いなく森山先生は講義を続けた。初心者の生徒には有り難いし考えてみれば基本からというのがセオリーなのだろう。
最初からフォトグラフ学科を選んだ私と栞もだけど、他の学科で篩いに掛けられた2次希望の生徒も真剣にノートをとっている。
梅雨の時期が来るとフォトグラフ学科の授業もデジタル一眼レフカメラを実際に使っての授業が行われていた。
二人一組になって自分達でカメラの設定を自由に変えてシャッターを切る。
「もう、栞は変な顔を撮らないでよね」
「いや、これが今日の一番だと思うけどな」
「却下です。消去、消去」
授業の終わりには一番だと思う写真を発表しなくてはいけなく。変顔を発表されるなんて耐えられない。
クラスメイトとも打ち解けて放課後もお喋りすることが増えてきた。
「そうだ、今度浴衣を着て遊びに行こうよ」
「何で浴衣なの?」
「浴衣を着て行くと色々と割引を受けられて無料になることもあるんだよ」
「それじゃ詳しいことはラインでね」
家に帰り今度の休みに友達と浴衣で出掛けることを母に告げると急急と浴衣を引っ張りだして来てくれた。
今まで家に引き篭もり気味で友達と出掛けることなんて殆どなかったので余程嬉しかったのだろう。
白地に赤と黒のレトロな感じがする花模様の浴衣にラベンダー色の帯を締め。纏め上げた髪には淡いブルーの朝顔の簪が挿されている。
待ち合わせ場所のエキュート品川の2階にある雑貨屋さんの前で栞達を待っていた。大きなトップライトのサンシェードの隙間から青空が見える。
すると巾着袋の中でスマホが着信を告げ取り出すと栞の名前が浮かび上がっていた。
「汐音、今何処にいるの?」
「えっ、待ち合わせ場所だよ」
「今、藤倉の駅なんだけど今日は中止になるかも」
「ええ、どうして?」
栞の言葉で頭の中がプチパニックになってしまう。
「電車が車両故障と凄い大雨で全く動かないんだよ」
「それじゃ」
「もう片方も事故で全然駄目みたい」
「電車が動かないのなら仕方がないよ。適当に時間を潰して私も帰るから心配しないで」
そう告げてスマホを切るとラインが大騒ぎになっていて。今日は中止にしようとメッセージを送ると次々にメッセージが届き中止が決定する。
スローペースな私はいつも早く動き出すことを心掛けているのが裏目に出てしまったらしい。再びスマホが着信を告げると母からだった。
心配を掛けるのが嫌で友達と一緒だから大丈夫だと思わず嘘をついてしまう。そうしないと今度は我が家が大騒ぎになり父が会社を早退して迎え行くなんて言いかねない。
途方に暮れて吹き抜けになっている2階からぼんやりと1階にある花屋さんに視線を投げ出した。
栞には適当に時間を潰すなんて言ったけれど殆ど出掛けた事のない私に行く宛もなく、ここは都内の駅ナカで家に帰る電車しか知らず尚更ため息しか出てこない。
「これからどうしようかなぁ」
「瑞樹汐音はこんな所で何をしているんだ」
背後から突然フルネームで名前を言われ驚いて振り返るとスーツ姿の男の人が立っていて鼓動が跳ね上がり息苦しくなって胸を押さえてしゃがみ込んだ。
「ごめん、驚かせるつもりつもりはなかったんだ。僕だよ、森山だよ」
「ええ、森山先生?」
見上げてもスーツ姿の男の人に森山先生の面影など微塵もない。だけど声だけは確かに森山先生の声で。
「メガネを掛けて髪の毛をこうすると分かって貰えるかな?」
「ぷっ。森山先生じゃん」
目の前にはボサボサヘアーの森山先生の顔があり思わず笑ってしまう。
「笑うことは無いじゃないか」
「だって見ず知らずの男の人にフルネームで声をかけられて。心臓が止まるかと思いました」
「…………」
「もう、冗談ですよ。私の心臓はこの位の事で止まるような柔じゃありません」
森山先生の顔が一瞬強張り笑顔で冗談だと告げると一気に森山先生の身体から力が抜けた。流石に心疾患のある女の子にしてはブラックジョーク過ぎたかも。
でも息苦しくなったのは本当で森山先生がイケメンに見えたからなんて口には出せない。
「笑えない冗談はもう言いっこなしだよ」
「はーい。そう言えば先生はこんな所で何をしているんですか?」
「今度の写真集の打ち合わせが終わって帰るところ」
「私は皆と遊びに行く予定だったけれど電車が不通になってドタキャンで途方に暮れているところです」
そう告げると森山先生がスマホを取り出して盛大にため息を付いた。多分、森山先生の自宅も藤倉駅の方なのだろう。
「それじゃ、何処かに遊びに行こうか」
「へぇ?」
「電車が動かないんじゃ帰れないし何処かで楽しく時間を潰す方が建設的かなって」
先生から思いも寄らない提案をされて真っ白になる。
この歳になって父親以外の男の人と出かけたことがないし、それに相手は学校の先生だ。
「やっぱり冴えない僕とでは嫌だよね」
「そんな事ないです。でも先生と生徒ってまずくないですか? それにスーツと浴衣じゃ」
「僕は非常勤の講師であって先生じゃないし。それじゃまずは買い物だね」
流されるままに連れて来られたのは池袋駅の東側にあるデパートだった。
紳士服売り場で待たされてしばらくすると森山先生が現れて思わず息を呑んでしまう。視線の先には浴衣姿の森山先生の姿が……
渋い茶系の浴衣に濃紺の帯を締めて焼きが入った下駄を履いている。
スーツ姿から浴衣に着替えてきたのも驚いたけれどそれ以上に釘付けになったのは学校では冴えない顔だった。
ボサボサの髪の毛を纏めて普段は掛けている黒縁のメガネがなくまるでイケメンのモデルのようだ。
「先生、メガネはどうしたんですか?」
「スーツなんかと一緒に預かって貰ってきたよ」
そう言って落ち着いた色合いの巾着を少し掲げている。私が聞きたいのはそんな事じゃなく。
「ああ、だってあれは伊達だから」
「伊達メガネだったんですか?」
「ユッコが目立つ事をするなってうるさくてね」
「ユッコって? もしかして……」
ユッコは秋川先生の事で森山先生とは従姉弟だと教えてくれた。
優しくない秋川先生にそんなあだ名があったなんて何だか面白い。
デパートから出ると暑い空気に包まれる。それ以上に周りの視線が熱すぎる。
二人共浴衣だというのもあるけれどそれ以上に隣を歩いている森山先生の所為だ。だって回りにいるカップルの女の子が先生に見惚れて男の子が焦っている位だもん。
学校でもそれなりにインパクトがあったけれどギャップがあり過ぎて直視することが出来ない。
でも、何故かとても安心するのは森山先生が私に合わせてゆっくり歩いてくれているからだと思う。普段からスローペースだけど今日は浴衣なので更にゆっくりになっている。
池袋なんて初めて来た気がする。
休日だから凄い人で暑さが倍増している感じがするのは気の所為じゃないと思う。
それ以上に少し前を歩いてくれる森山先生のせいで顔が火照る。
「大丈夫か? 瑞樹」
「は、はい。凄い人ですね」
「そうだな。これでも少ないほうだよ」
そんな事を平然と言われ私にはこんな場所は無理だと思った。
両脇にそそり立つ建物にはひっきりなしに人が出入りしていて、通りでは大きな看板を持った人や何かを配って客寄せをしている人もいる。
目の前に高速道路が見えてきて友達から聞いたことがある東急ハンズの脇をエスカレーターで降りていく
。地下道には歩く歩道があり森山先生の後について行くと先生が止まった。周りは歩いているのに多分私のことを気にかけてくれているんだと思う。
最初の歩道は何とか降りられたのに二個目では少し躓いてしまった。
「あのな、瑞樹は少し運動不足なんだ。それと自分から出歩くようにしないと」
「はーい。やっぱり先生なんじゃん」
「じゃ、彼氏とかなら良いのか?」
「違います」
私が頬を膨らませて抗議すると転びそうになった私の腕を掴んでいた手を離して笑われてしまう。
地下街に入ると空調が効いていて涼しい。それ以上に色々なショップがあって目を楽しませてくれる。
地下なのに噴水のある広場があってカップルや家族連れがお喋りをしていた。
「先生、何処に行くんですか?」
「水族館かな。それと先生は何とかならないのかな」
「先生は先生だし。無理ぽいかな」
森山先生が笑顔で仕方がないと言う顔をしたけれどお互い浴衣を着てこんな所で『先生』なんて呼んだらいけないことをしているみたいだ。
だけど森山さんとか啓祐さんなんて名前で呼べるはずもない。
深い青色のエレベーターに乗り込んで上に向かいドアが開くと係の人が案内してくれる。
目の前には滝のような噴水があり右手にチケット売り場が。
「うわ、高いよ」
それがチケットの値段を見た感想だ。高校生の小遣いでは水族館に入ったらちょっと厳しいかも、バイトでもしていれば別の話だけど私にはバイトなんて出来ない。
携帯代も親持ちで今の小遣いで満足しているし、これ以上親には迷惑をかけるなんて。
そんな私のことをスルーして森山先生がチケットを購入してきた。
「じゃ、行こうか」
「でも、先生……」
「気にしない。僕が誘ったんだしね」
チケット売り場の左手に水族館とプラネタリウムの入り口があり、カウンターでチケットを渡して左手の入り口を進む。
突き当りを右に進むと水族館の入り口が見えてきた。最初の水槽は珊瑚の水槽でその次は。
「凄い、イワシがクルクル回っているって変な魚がいる」
「コブダイだね」
大量のイワシが竜巻みたいに回転していてその中に赤い変なおじさん顔の魚が居た。
海底洞窟を思わせる水槽ではウチワみたいな海藻だと思ったらヤギと言うサンゴの仲間だって先生が教えてくれた。
「えっ……」
空から日が降り注ぎ小魚や大きなエイが回遊している。
目の前にはパノラマのような初めて見るサンゴ礁の海が広がっていて。周りから音が消え心を奪われて見惚れてしまう。
どれだけ時間が経ったのだろう我に返り森山先生を見ると両手の親指と人差し指で四角を作り構図を決めている。
「先生、何を撮ろうとしているんですか?」
「一枚だけ。ね」
「もう、一枚だけですよ」
森山先生がミラーレス一眼カメラを何処からとも無く取り出している。
確か一眼レフカメラからレフレックスファインダーつまり光学式ファインダーを除いて小型軽量化を図ったカメラだ。
私もカメラを持ってくるべきだった。いつもはスマホで事足りてしまうけど一応フォトグラフ学科を選んだのだから後悔してももう遅いし皆と遊ぶのなら水族館には多分来ない。
何故人気なのか分からないダンゴムシの仲間だと言われているオオグソクムシやタカアシガニもいるけれどタカアシガニを見るとあの芸人しか思い浮かんでこなかった。
ラッコを見て順路を進むと不思議なマンボウが泳いでいる。
「森山先生、カメラを貸してもらえますか?」
「おお、流石フォトグラフ学科」
「もう茶化さないでください。カメラを持って来なかったことを後悔しているんですから」
カメラを借りてあわよくばさっきの写真を消去しようとしたのに森山先生はわざわざメモリーを入れ替えて貸してくれた。
クラゲトンネルはとても不思議だった。
トンネル上になっている水槽の中を沢山のクラゲが浮遊している。それに半球状の水槽の中でもクラゲが泳いでいて円柱形の水槽ではタコクラゲが上へ下へとフワフワしていた。
階段で上に向かうと青い世界から緑の世界になっていて淡水魚のアクアリウムになっている。
熱帯の水辺の様にたくさんの植物が配され私でも知っているネオンテトラまでいる原色のヤドクカエルは気持ち悪かったけれど陸ガメのホシガメは可愛い。
沖縄やカリブ海にグレート・バリア・リーフの水槽はカラフルな色とりどりの魚が泳いでいてまるで宝石箱のようだ。
私がカメラを持って集中し始めると森山先生は何も言わずに側に居てくれた。
日本の清流を模した水槽を抜けるとお決まりの売店になっている。
「下はちょっとした動物園の様になっているぞ」
「先生、早く」
心臓が別の意味でドキドキしてとても楽しい。
「アシカが空を飛んでるみたい」
「面白い表現をするね。瑞樹は」
頭上の大きなドーナツのような水槽でアシカが気持ち良さそうに泳いでいて時々止まって下にいる私達を見たりする。
何故かカモなんかと一緒にアルマジロにアリクイやワオキツネザルがいた。ペンギンは可愛らしいけれど暑いせいか匂いが少し気になる。
大きなペリカンもいたけれど大きいといえばアマゾンの巨大魚だった。
2メートルもあるピラルクやレッドテールキャットは怖そうだけど近くに来ると面白い顔をしている。
近くから水が落ちる音が聞こえてきて出口が近いことを知った。
楽しければ楽しいほど終わりは物悲しい。
「次は何処に行こうか」
「えっ、帰らないんですか?」
「瑞樹のことだから多分お母さんには友達と一緒だって言ってあるんでしょ」
色々な意味で森山先生は期待を裏切ってくれる。
どこに行くのかなと思ったら水族館の隣のプラネタリウムだった。白と黒の市松模様の床には星や月を模した金や銀色のソファーが置かれている。
これから見るプログラムはOne Planet the Earthと言う題でハワイの火山やイースター島のモアイが視界いっぱいに映しだされ。
地球の力強さや太古から続く生命力を感じ地球の未来に思いを馳せや未だ見つからない地球外生命体の出会いを予感させてくれる。
BGMが歩きまわった身体に心地良いって、もしかして森山先生は私の体のことを考えてくれているのかもしれない。
ランチは少し歩いた場所にあるカフェだった。
休日だったのに少し遅いランチだから直ぐに席に座れて本日の生パスタを注文する。
私はバジルとトマトのパスタで先生はナスとトマトのアラビアータだ。店内はとても落ち着いた感じがしてゆっくり出来る。
注文したパスタもとても美味しい。
「先生はこんなカフェまで知っているんですね」
「仕事柄かな。好きな写真ばかり撮っていてもお金にならない事の方が多いからね」
「でも、写真集まで出しているのに」
「今でもいろんなモノを撮っているよ。料理だったり商品だったりね」
結構フォトグラファーって大変みたいだ。
カフェでも私と森山先生は目立つようで女の子達がこちらを伺いながら何かを喋っている。
多分、誰だろうあのイケメンとか私の事を不釣り合いだとか言っているんだと思う。
「瑞樹はマイナス思考なんだね」
「だって他の人より身体が弱いからやりたい事も出来なかったし。正直、周りの元気な子達が羨ましくて」
「僕の知り合いのフォトグラファーなら瑞樹を選ぶと思うけどな」
森山先生ならと言いかけて言葉を飲んだ。
小さい頃の自分がまた顔を出す。子ども故に加減が出来ずに両親を心配させる度に身体が弱いのだから自分が出来る事をしなさいと言われ続け。
好きな事ややりたい事を口にすることが出来なくなり常にゼロから下に居ることに慣れてしまった。
「先生は中学の頃から才能に恵まれていたからそんな事を言えるんですよ」
「そうかな、僕はそうは思わないけどな。誰しもが磨き磨かれていつの日か必ず輝き出す原石なんだと思っているけれど」
「先生もそうだったんですか?」
「子どもの頃に親父が買ってくれたトイカメラが大好きで写真に嵌っていった。何度も何度もコンテストに応募しても酷評しかされなかった。誰かの真似だとかね。でも諦めなかったよ。
写真を撮るのが好きだったから」
私にも夢中になれるものがあるのだろうか。友だちと遊ぶことも出来ずに家に引き篭もって本ばかり読んでいたので一人で空想することは得意だったけれど寂しかった。
自分を変えたくって我儘を言って藤倉高校に入学して少しだけ自分でも変わった気がする。
先生の言うとおり壊れないように磨いていけば良いんだよね。
少しでもポジティブになんて考えて顔を上げると森山先生がいつの間にかケーキを注文して手を伸ばそうとしていた。
「ああ、一人だけでケーキ。ずるい」
「瑞樹があんまり真剣に考え事をしているからね、つい。じゃ、どっちが良いのかな?」
もう、何がつい何だか。女の子にスイーツは切っても切れない物なんだから。どっちがって…… テーブルを見るとケーキが2種類あった。
「チョコレートとサワーチェリーのケーキとホワイトチョコとラズベリーのベイクドチーズケーキだよ」
「うっ」
「シェアして食べようか」
チョコレートの方は甘さ控えめでサワーチェリーの酸味が程よく調和して美味しかった。
ベイクドチーズは濃厚でラズベリーとの相性が抜群でフォークが止まらない。
楽しい時間は進むのが早く感じる。まだ時間はたっぷりあるけれど両親に心配をかけないようにと言われ電話して今から帰ることを告げた。
販売機で切符を買ってホームに行くと森山先生がグリーン車の停車位置で止まると直ぐに電車が流れ込んできた。
2階建ての電車の真ん中に青と白のラインが入っていて四つ葉のマークがある。
いきなり先生に手を繋がれて電車に乗り込み2階に上がり空いている席に腰掛けた。
「先生、いきなり女の子の手を取るのはマナー違反ですよ」
「ごめん、ごめん。開いている席が限られているからね」
どうやら先生はホームに滑りこんでくる電車を見て空いている席をチェックしていたみたいだ。
それよりもグリーン車なんて別料金なのにと思っていたら先生がグリーン券を取り出して乗務員に提示していた。
グリーン車は座席も広くリクライニング出来てとても楽ちんで。それに2階席なので景色もよく揺れが少ない気がしていつの間にか眠りに落ちていた。
途中で森山先生に起こされたような気がするけれど寝ぼけていて藤倉駅で乗り換えたのもあまり覚えていない。
意識がハッキリしたのは毎朝学校にいくために使っている月の島電鉄の最寄り駅だった。
「瑞樹、両親が迎えに来ているみたいだから僕はここで」
「はい、今日は有難うございました。とても楽しかったです」
私が笑顔で頭を下げると森山先生は優しそうな目で頷いてくれて、ドアが締まり電車が走りだし私は両親が待つ改札へと向かった。
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