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「では君の都合のいい日に出掛けよう。せっかくだから一泊しないか。その方が社員旅行のイメージが掴めそうだ」


「一泊ですか?……はい」


 先生と旅行……。


 私は住み込みの家政婦。今でも部屋の内鍵は掛けている。深い理由なんてない。先生を敬遠しているわけでもない。ただそうすることが、習慣になっているだけ。


 箱根の温泉は、学生の時に友人と行ったことがある。


 ちょっと嬉しい。

 先生と二人旅。


 先生は私から手を解くと洗面所に消え、すぐに座敷に戻る。せっかく書き上げた原稿を数枚抜き取ると、丸めてゴミ箱に投げ捨て座卓に座り直した。朝食を配膳するとすぐさま箸を手に取る。よほどお腹が空いていたようだ。


「いただきます」


「はい。いただきます。先生、原稿を書き直すのですか?」


「やはり、ピンとこない。吉岡はもっと情熱的な男だ。獣のように一度手に入れた琴子を自分から逃がしたりはしない」


 先生の言葉にドキッとした。先生の中にも吉岡と同じ獣の部分があるのかな。


 先生は味噌汁の匂いを嗅ぎ、瞼を閉じ口元を緩める。まるでワインをテイスティングするみたいに味噌汁を一口含み、瞼を開けると私に視線を向けた。


「美味い、この味は一生食したいな」


 一生?

 えっ?一生?

 これってプロポーズ?


 ……そんな、わけない。

 一生、ここで家政婦をしろという意味に決まってる。


「深い意味はない。それくらい、美味いということだ」


 ……ですよね。


 一瞬、先生と吉岡が重なり、ドキドキしたんだ。

 私の思考回路も突然抱き締められ混乱した。


 先生はいつもストレート。その言葉に裏はない。深読みするなんて、今日の私はどうかしている。



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