26

 ◇


 ――午前九時。玄関のチャイムが鳴る。


 こんな時間に一体誰だ。

 俺の家にはセールスマンと宗教の勧誘しか来ない。


 近所付き合いなど、一切していないのだから。


 仕方なく玄関に向かい、引戸を閉めたまま磨りガラスに映るシルエットを眺める。体つきから、どうやら訪問者は女性らしい。念のために、引戸越しに声を掛ける。


「誰だ」


「おはようございます。スーパーKAISEIです。昨日は大変失礼致しました。お詫びに伺いました」


 スーパーKAISEI?

 昨日のお詫び?


 例の生卵の女か?

 だとしたら、俺に危害は加えないだろう。


 鍵を外し引戸を開けると、彼女が緊張した面持ちで立っていた。手にはスーパーの袋が握られている。


「只野様、昨日は大変失礼致しました。お怪我はありませんか?」


「ない」


 数秒で会話は終わってしまった。

 気まずい沈黙が流れる。もう話すことはない。


 ……だが、待てよ。

 彼女は俺のイメージする小説の主人公だ。


 恋愛小説のためにも、俺は彼女と付き合わなければならない。


 桃色のアドバイス……。


【ナチュラルな言葉】

 そうだ、ナチュラルだ。


「ナチュラル」


 自信満々に口にしたのに、彼女はノーリアクション。


「ぇ?……あのこれ、良かったら召し上がって下さい」


 生卵の女が大量に卵を持ってきた。卵が好きすぎて自宅で鶏でも飼っているのか。



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