第9話 こうみえて調理中

 しばらくすると、夜風に鳴る木々のさざめきに混じって、虫の声が戻ってきた。



「へっ。したり顔で、まだそう遠くには行ってない、だとさ。ど素人がよ」



 スキピオが苦笑した。

 ミトラが震える声で、



「に……逃げんでよかと?」



 恐怖が蘇ってきたのだろう。

 そのせいか、あれほど警戒していたにもかかわらず、今はカトーにしがみついている。



「まだそう遠くにはいっとらん。言いかえりゃあ、少しは遠くにいったと思っとるわけよ。まさか、その場に留まっとるとは思うまあが」


「まして、木の上なんかにはな」



 三人はリンボクの巨樹によじのぼっていた。


 もっともミトラにそんな芸当ができるわけもなく、ふたりで押し上げ、引っ張り上げて、滑り落ちないよう抱えている。

 地面との間には幾重にも枝葉がのびて、視界を遮っているのだが、眼下の男たちが長槍を突くたびに、



「ひッ……」



 と、叫びそうになるので、袖の端を噛ませて、やり過ごしたのだった。



「最初にみた連中の頭数からいって、三班か四班ってとこだろう。波状捜索をやる余裕はねェだろうが、念には念をいれとかねェとな。一応、ぐるっと見てくらァ」



 スキピオはするすると降りていき、闇の中に姿を消した。


 カトーとミトラは樹上で待った。

 たなびく雲が中天の半月を隠しては、また流れ去っていく。

 なにか物音がするたびに、ミトラが身をすくませた。



「ムジナヘビかマミトカゲじゃろ」



 どのくらい待っただろうか。 

 ようやくスキピオが戻ってきて、



「大丈夫だ。半径二マイルにゃ誰もいねェよ。降りてきていいぜ」



 抱え降ろされたミトラは、その場にへたりこんでしまい、



「怖かったばい……」


「んだよ。よく泣くやつだな」


「よほど怖かったんじゃの。まあ、無理もないとは思うが」



 カトーは、かまどの跡をまた掘りはじめた。



「そういうときには、旨いもんに限るんで。やっと、待ちに待った晩飯じゃ」


「だな。走りまわったんで腹ペコだぜ」


「副隊長さんが少しほじくっとったのう。うまく焼けとるとええが」


 木炭をよけて石をどかすと、先ほど突っ込んだ葉の包みを取りだした。

 すでに熱した脂の匂いが立ちのぼり、香草の刺激的な芳香と混ざりあっている。



「お、ええみたいなの」


「匂いでバレて、連中に晩飯を盗まれるんじゃねェかとヒヤヒヤしたぜ」


「直火で焼いとったら、もってかれてたのう」



 葉の包みをとくと、野鳥の蒸焼きが湯気をあげていた。

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