ふざけたペンネーム主


「ふむ。これはなかなか面白いですね」


「どれ?」


 冷蔵庫にあったもので作ったサンドウイッチを食べながら、復活したエマが聞いた。


「これです」


 ヴェラがエマに見せたファイルタイトルには、



『そして誰もいなくなった』PN:燻製にしん 初投書☆。 そう書かれてあった。



「あぁ、これね。最初の本物の投書だから覚えているわ。でもそれ、薄気味悪いし、娯楽欄向けじゃないから没にしたんだけど……」


『そして誰もいなくなった』そう書かれた封筒に入って、ウィスパー寄稿文店の店先に設置してある投書箱に入っていた。

 初の投書であるにも関わらず、蜘蛛の巣に塗れていたので、エマは『燻製にしんさん』にとても申し訳ない気持ちになった。


「クローズド・サークルをテーマにしたもののようですが、7名も人命が奪われてしまうと言うのは、穏やかではありませんね」


「そうでしょう?殺され方とか詳しく書いてあったから、ひょっとしたら犯罪の告白投書なんじゃないかと思って、本社に問い合わせてみたんだけど……」


 自分で自分の罪を告白するようなそんなアホな犯人が居るはずがない。ヴェラはそう思ったが、


「まさか……」


 言葉に詰まったエマの様子を見ると、少し不安になった。


「……アイルランドの近くにある無人島で7人が殺害された事件が実際にあったのよ……でもっ、でも、それは30年も前の事件だからねっ!」


 慌てて取り繕うエマ。


「そっ、そうですっ!きっと、その事件を元ネタにした二次創作ですよ。それにしても、実際に起きた凄惨な事件を元ネタにするなんてどんな神経をしてるんでしょうか」


「そう思うよね!私もそう思ったもん。当時は何度も読み返して、警察に届けようかって真剣に考えたもの」


 投書には、とある無人島の洋館に招待された職業も面識もない7人が次々と殺害されて様が描かれていた。

 

1人目は食事に混ぜられた毒によって絶命。

2人目は薪を拾いに出かけ、頭を斧で割られた状態で発見。

3人目は脱出しようと、乗ったボートが沖で転覆。

4人目は森へ逃げ、狼に食い殺される。

5人目はベッドに潜り込んだ猛毒蜘蛛によって死亡。

6人目は燃料コンロが爆発し焼死。

そして、7人目は孤独に耐えられず、自ら命を絶った。


 登場人物には全て、名前がなく、無人島の名前も書かれていなかった。

一見すると、細かい設定が未決定のあらすじのようであった。


「稚拙で簡素な文章ですけど、要所、要所で随分、描写がリアルですね」


「そうそう、特に殺人の所とか、台詞とか。だから余計に薄気味悪いって思ったのよね」


「うーん。これをフィクションと仮定すると、ミステリー小説のネタには十分過ぎます。えぇ、とても良いインスピレーションをもらいましたっ!」


「えぇっ、ミステリー処女作で7人も殺すの⁉初回限定だからって暴れ過ぎじゃない?最初は、1人くらいにしといた方が……」


「何をとち狂ったことを言ってるんですか。私が目指すのは日常系ミステリーですから、誰も死にませんよ。精々、殺人未遂を犯した犯人が主人公達に寄ってたかって追いかけ回された挙句に、断崖絶壁に追いつめられるくらいです」


「なんだぁ」


 エマは、ほっと、胸をなでおろした。


「したがって、このファイルはもういりません」


 ヴェラは、手についたケチャップを床に擦ぐりつけると、ファイルをソファの上に放り出した。


「ちょっとっ!いくら没ファイルだからって、乱暴に扱わないでよねっ!」


 慌てて、エマがソファに置いてあった、鞄の中にファイルをしまい込んだ。


「鞄にしまってどうするんですか?」


「いえね、やっぱし怪しいから、もう一度調べてみようと思って……」


「そう言えばレイチェルさん遅いですね」


「レイチェルってば、つまらなくなったから逃げたのよ」


お茶菓子を買いに昼前に出て行ったレイチェルは昼を過ぎても帰ってくる気配がない。


「こういうのってミステリーの世界ではアンフェアなんだそうです」


「こういうのって?」


「作者の都合よく、登場人物が減ったり現れたりすることですよ。全然、喋ってないことに気がついた作者が『やっべぇーっ。出掛けたことにしちえっ』とか『うん。ずっと隠れてたことにしよう』とか。プロット切らないで書くと、後から複線思いついて、無理やり埋め込むと、ストーリー構成が破城するんです。それを回避するために、理不尽な登場人物の退場やポッと出のキャラが必要になってくるんですよ」


「へぇ……そうなんだ」


「ふっ、でも結局、ストーリーが薄っぺらくなるんですよねー。目の肥えたユーザーに叩かれるんですよねーそれはもうやり玉にあげられてー。プロットって大事だって激しく後悔するんですよー」


 ヴェラはどこか遠いところを見ながら、そんなことを呟いていた。


「ちょっと、なに言ってるかわからないんだけど……そうだっ!さっき言ってた、クローズド・サークル?ってなに?」


 日ごろフィクションを書かないエマには、プロットや複線、云々の話はよくわからなかったが、小説家も大変なんだなぁと、同じ文屋としての同情だけはした。


「クローズド・サークルって言うのは、平たく言えば『閉鎖的空間』のことです。無人島とか吹雪の中の山小屋とか、限られた空間とそこに居る限られた人物達だけで物語を構成する。ゲームで言うところの縛りプレイのようなものですよ」


「なんだ。なんか不思議系な感じじゃないんだ」


 露骨に落胆した仕草をして言うエマ。


「その態度はなんですか。エマはミステリー・サークルの親戚か何かだと思ってたんですか⁉」


「そっ、そんなことはないよっ!」


 みるみる顔が赤くなって行くエマ。


 それを見たヴェラは、相変わらずわかりやすなーと、目を細めたのであった。


 

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