エマと太腿


「それにして、もろくなのがないですね」


「まあ。ここに入ってるのは全部、没投書ばかりだからね」


「あぁ。そうでしたね。忘れてました」


「これなんてどう?『ロマン島での出来事』って言うんだけど」


 エマは投書ファイル入れから、小説のネタになりそうなファイルを選んで、ファイルの中味に目を通しているヴェラの前に並べていた。


「ほうっ!面白そうなタイトルですね。ふむ…ふむ………むっ!」


 手にしていてファイルを置いて、新しいファイルをパラパラと捲るヴェラ。

 序章の部分が終わったところで、ヴェラの表情が見る見る間に曇って行く。


「何ですかこれは⁉『名もない無人島に流れ着いた俺は、目を覚ますと、そこには……裸のお姉ちゃんたちが俺を介抱してくれていた。しかも全員がバインバインだった』これはアホな男の妄想話じゃないですかっ‼」


 ヴェラはそう言いながら、ファイルを床に投げつけた。


「もうっ!ヴェラったら、そんなに大きな声で言わないでよっ、その……卑猥な表現を……」


 なぜか、エマが顔を真っ赤にしている。


「えっ?卑猥な表現ってどの部分かにゃ?ほら言ってみエマ、ほれほれ」


 しめしめと喜色満面なレイチェルがすかさず、エマに言った。


「へっ!そそそそれは……」


 エマは手に持っているファイルで顔を隠してしまった。


「『バインバイン』ですか?これって卑猥ですかね?」


「あぁ、なんで言っちゃうかなぁ。恥ずかしがり屋さんのエマって可愛いのにぃ~」


 えっなにそれ、見たい。ヴェラは切実に思ったが決して口には出さなかった。


「レイチェルの意地悪っ!大体、この投書持って帰って来たのレイチェルでしょ‼」

 

 ほらね。


 手近にあったランプを振りかざしたエマを見ながら、ヴェラはついさっき学んだことを復習する意味で、深々と頷いた。


 口は災いの元。


 例えそれが、捏造された悪意に基づく冤罪であってもである。


「はい。そうでしたごめんなさい。元船乗りのおじさんが、良いネタがあるって言うから。しかも報酬が『太腿を触る』だけで良いって言うから……」


 変わり身の早さっ‼


 しかも、さりげなく、エマが喰いつきそうな話題まで織り込んで、話題まで逸らすとは……


 できる。


 さすが、エマと一緒に仕事をしているだけある。ヴェラはレイチェルのエマの扱い方の上手さに驚いた。


「えっ、それ初耳なんだけどっ!まっまさか、レイチェルってば、その…太腿を……太腿をっ‼」


 エマは声を裏返しながら、『太腿』を連呼したあと、真っ赤な顔をさらに真っ赤にして、ついに、その場に座り込んでしまった。


 漫画だったら両耳から煙がでるやつだ。ヴェラはエマの様を見てそんな事を考えながら「エマはこの手の話になると、想像力豊かだからねっ!」っと呑気に親指を立てているレイチェルに、


「っで、本当に触らせたんですか?」と聞いた。


 正直、レイチェルなら「うん。別に減るもんじゃないし~」とか平気で言いそうである。


が、


「通報したっ!聞き終わった後にねっ」と言ったので、ヴェラは少し安心した。


「当分、エマさんは使い物になりませんね」


 膝を抱えて座り込んだエマは、カチカチ歯を鳴らしながら「太腿…太腿…太腿」と『太腿』を連呼している。


 『太腿』にトラウマでもあるのだろうか?ヴェラは首を傾げながら、ファイル入れを覗き込むと面白そうなファイルタイトルを物色したのであった。


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