第6話


 人の気配で目が覚めた。

結局あのまま眠ってしまったらしい。

こんな状況で眠ってしまうなんて迂闊すぎる。

ここ最近遅くまで部活をやっていたから無理もないのかもしれないけれど。


 どれくらい眠っていたのだろう。

部屋は締め切られ明かりは入ってこない。

暗い部屋をぐるっと見渡すと、小さな赤い光が見えた。

タバコだろうか。



「……起きてる?」

そっと呼びかけてみる。

赤い点がすっと動き人の形が少し見えた。



「眠れたか?」


「うん、私どれくらいの間眠ってた?」


「8時間くらいだな。いまは5時前だ」



 そんなに眠ってたのか。恥ずかしさと情けなさで顔が熱くなった。

男はずっと起きていたのだろう。

布団は私が使っているし、いくら縛られているとはいえ私が逃げ出す可能性もあったのだから。



 ピッ、と電気がつけられ反射で目を瞑る。

ゆっくりと目を開けると、男が目の前にしゃがんでいた。



「……えっ」

ぷちっ、ぷちっと音を立てて手足のバンドが切られる。


「飯にするぞ」

男は部屋の隅から袋を引き寄せ、中から水の入ったペットボトルとサンドイッチを私に寄越した。

そっと手を伸ばしそれを受け取ると男は満足そうな顔をし、自分の分を取り出す。

私と同じペットボトルが1本。サンドイッチは私より多かった。


「いただきます」

男のしっかりとしたその言葉につられ、私も小さな声で繰り返す。

昨日私が言ったことを覚えていたのか男は時折水を飲みながらサンドイッチにかぶりついていた。

まだ食べ方は綺麗とは言えないが、思い出したように水を飲み息をつく。

そしてまたかぶりつく。昨日とはだいぶ違ったその様子に私はホッとした。

食べ方はお世辞にも綺麗とはいえないが、なんとも美味しそうな顔をして食べる人だ。


 そんな男の顔を見ているとぐぅと腹がなった。

慌てて腹を抑えると、男の笑い声が少し聞こえた。

私はサンドイッチの包みをぺりぺりと開け、一瞬ためらってから口に入れた。


美味しい。空っぽの胃に栄養が染み渡るようだった。

サンドイッチの味が緊張や疲れで乾いた口の中に濃く広がる。

ペットボトルを開け水を喉に流しこむと、冷たいものが通って行く感覚が心地よかった。


「うまいな」

男がこちらに話しかける。

口元にマヨネーズをつけた男の顔は、思いの外優しげだった。

「うん、おいしい」

「足りるか?」

「私は大丈夫。……口、ついてるよ」

自分の口元をトントンと叩き、男に教える。

男は口元を親指で拭うと恥ずかしげにそっぽを向いた。


 男は私よりだいぶ先に食べ終わったようで

「ごちそうさまでした」

そう言ってタバコに火をつける。

それからしばらくして食べ終えた私は、男の散らかしたままのゴミが目につき自分のものと一緒に袋にいれた。

食事というのは不思議なもので、人に安心を与えてくれる。

余裕といえるだろうか。

もともt私は他人と一緒に食事をとるという行為に1本のラインを引いている。

簡単には他人を入れさせないライン。そのラインはこの緊急事態によりいとも簡単に踏み壊された。


昨日までの男と私の関係は、こうして着実に変わっていっていたのである。

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