冷たく冷やして召し上がれ

放課後、調理室でシャカシャカと水、グラニュー糖、粉寒天を混ぜていた。

今日の調理部のメニューは水ようかんだ。

暑い季節にピッタリの和菓子だと思う。

お菓子作りって楽しいしね。


「有里依は相変わらずお菓子作り好きね」


「だって楽しいじゃん。水からようかんになっちゃうんだよ?」


「材料、水だけじゃないけどね。それどこの錬金術よ…」


さくらは苦笑しながら手元の鍋にこしあんと塩を入れる。


「有里依、良く混ぜてね。ここの混ぜ具合で食感変わるから」


「了解、さくら」


先ほどよりも丁寧に鍋の中身を混ぜていく。

こしあんのいい匂いが調理室内に広がっていく。


「これできたら追瀬君にあげるの?」


「うん、そのつもり」


「じゃあ余った分は明日の昼に沙斗子と食べようか」


「いいわね。でもそんなにたくさんはないから藤崎や田無にはあげられないかな」


「そだね。明日のお昼は3人で食べよう」


「見つからないようにしないとね」


シャカシャカシャカシャカ。

調理室のあちこちで鍋を混ぜる音が響いている。

どのグループもこしあんを入れたのだろう。音がゆっくりになっていく。


「そういや、この間追瀬君とデートするって言ってたよね、あれどうだったの?」


「良くも悪くもいつもどおりだったかな」


「いつもどおり?」


「うん、いつも放課後に図書室で一緒に勉強してるじゃない?あんな感じ」


「図書館以外はいかなかったの?」


「とくに行かなかった…」


「カフェでお茶くらいしたらよかったのに」


「本当にね。でもその時は学校以外で会ってるって緊張しちゃってそれどころじゃなかったのよ」


「まあ、緊張はするよね」


「そうなの!ありえないくらい緊張しちゃってさあ…。でも悟は超普通だったし」


「あはは、緊張してる追瀬君て想像できないかも」


「だよね。普通に待ち合わせて普通に図書館行って…あ、でも駅までは送ってくれた」


思い出して嬉しくなったのか、さくらの頬が緩む。

水ようかんはもう少し混ぜたほうがいいかな。

火を若干弱くして、ゆっくりと混ぜ続ける。


「良かったじゃん。そういや服は結局なに着ていったの?」


「有里依のアドバイス通りワンピース着ていったよ。小花柄のやつ」


ワンピース着たさくらか…

自分で進めておいてなんだけどまったく想像できない。

さくらは普段着はパンツスタイルが多いし、そもそもワンピースを持っていたことに驚きだ。


「そのワンピース手持ち?」


「まさか。ワンピースなんて持ってなかったから買ったわよ」


「わざわざ買ったの!?」


「なによ、悪い?」


「いや、悪いってことないけど。気合入れたんだね」


「まあね。水ようかんどう?もういいんじゃない?」


「そだね」


火を止め、とろけたあんこをカップに入れていく。カップを冷蔵庫に入れてしばし待機。

だいたい1時間くらい冷やせば完成だ。

空いた鍋を洗いながら話を続ける。


「ワンピースについて、追瀬君何か言ってた?」


「うん、意外だったって言ってた」


「それ以外は?」


「に、似合うって言ってくれた」


「へえ、追瀬君も気の利いたこと言えるんだね。そっちが意外だよ」


わたしの知っている追瀬君は無口で無愛想で周囲の感情に疎い人だと思っていたのだけど。

そんな褒め言葉も言えるんだね。

それともそれはさくら限定?だとしたら嬉しい事なのだけど。


「それはそうかもね。悟ってそういうとこ鈍そうだし」


「でもその鈍そうな追瀬君が褒めてくれたんでしょ?自信持っていいんじゃない」


「そ、そうかな。なんか恥ずかしいな」


「あはは、さくらが乙女してる」


「笑うなっ」


さくらから軽い拳骨が飛んできて、こつんと頭を小突かれる。


「ごめんごめん、珍しかったから」


「まったく、からかわないでよね」


「他になんかあった?」


「うーん、なんかって言うなにかはなかったかな。さっきも言ったけどいつもどおりだったし」


「そっか、次があるといいね」


「それね。そうなんだよねー。

次こそはちょっとお買いものとか、一緒にご飯食べたりとかカフェでお茶したりとかデートっぽいことしてみたいな」


洗い終えた鍋を拭いて片付ける。

あとは水ようかんが固まるのを待つだけだ。


「デートっぽいことか」


「有里依はないの?こういうデートしてみたい!みたいの」


「なんだろうなー、映画観たり?水族館に行ったり?あ、手をつないで海辺を歩きたい」


「おお、デートっぽい」


「あとはね、一緒に下校したい」


「それデート?」


「帰宅デート」


たとえば、だ。手をつないで防波堤の上を雑談しながら帰宅してみたい。

でも実のことを言うと、それは友達とでもいい。

誰かと雑談しながら防波堤の上を歩いてみたいんだ。

わたしは海や川が好きだ。

だから川縁を大好きな誰かと一緒に歩きたい。それは別に彼氏じゃなくていい。さくらや沙斗子で十分だ。


「さくらは何度か追瀬君と一緒に帰宅してるよね?」


「駅までならね」


「自転車2人乗りとかした?」


「それはないなあ。いつも悟は自転車押してるし。でもいつかは2人乗りできゃあきゃあ言いながら帰ってみたいな」


「いいじゃん、帰宅デートって感じ!」


「憧れちゃううな、そういうの」


その後しばらく雑談を続け、1時間半ほどたったころ冷蔵庫を覗くと水ようかんがいい感じに固まっていた。


「どうやって追瀬君にあげるの?」


「ラッピング袋持ってきた」


そう言ってさくらは鞄から透明な袋を取り出す。

そしてその中に水ようかんを一つとスプーンを入れる。


「カップは明日返せばいいよね」


「うん、それでいいんじゃない」


袋の口をリボンで縛れば可愛らしいラッピングの完成だ。


「じゃあ私、悟に渡してくるね」


「いってらっしゃい。そのまま追瀬君と帰る?」


「ううん、調理室に戻ってくるよ。だからちょっと待っててもらっていい?」


「わかった。待ってる」


さくらは軽く手を振るとぱたぱたと部屋から出ていった。

私にもいつかあんな風に会いに行ける人ができるのだろうか。

微笑ましい気持ちで、さくらの背中を見守った。




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