君を好きなのは私だけじゃない

「何か呼び出されたんだけど」


ある日の朝、唐突にさくらが手紙を差し出した。


「呼び出し?」


差し出された手紙を受け取って中身を読んでみる。


『水口さくら様

お話がありますので放課後、中庭のベンチで待ってます』


これだけ。

用件も差出人の名前すら書いていない。


「何か怪しくない?」


「ね、怪しいよね。行かない方がいいかな」


「うーん、そうだね。行かない方がいいかも…。行くならついて行こうか?」


小鳥遊君の時のようなことになっても困るし、誰か陰に隠れて見守っていた方が良いかもしれない。

でもこの字を見るに、差出人は女の子っぽい。

さくらが女の子に呼び出される理由ってなんだ?もしかして「お姉さまっ」的な展開か?

姉御肌で男前のさくらならあり得そうで怖い。


「用件が書いてないのが怪しいのよね」


「その字、女の子っぽいよね。もしかして…いや、まさかねえ」


「ちょっと、有里依、あんた何想像してんのよ。やめてよね、そういう趣味ないから!」


「あはは、ごめんごめん。それは知ってるけどさ。

でも、だったらなんだろう…?」


「うーん…」


「有里依ちゃん、さくらちゃん、おはよう。どうしたの?深刻そうな顔して…」


さくらと2人で頭をひねっていると沙斗子が登校してきた。

真剣な私たちの顔を見て首をかしげている。


「沙斗子、おはよう。実はさくらが呼び出されてね」


「呼び出し?さくらちゃん何かやらかしたの?」


沙斗子は見事に誤解しているらしい。

そこでさくらが先ほどの手紙を見せる。


「違う違う、先生にじゃなくて、これ」


「手紙?お話があります…。なんか怪しいね」


「でしょ?沙斗子もそう思うでしょ?」


「ん、なんていうかほら、有里依ちゃんの時のこともあるし、うかつに行かないほうがいいんじゃないかな」


「そうだよね…」


「行くならせめて、私と有里依ちゃんと…なんなら勅も呼ぼうか?」


確かにそれはいいかもしれない。

私の時も助けてもらって、またお世話になるのは難だけど、いざってときに男手があった方が良い。


「じゃあ…無視してまた呼び出されるのもあれだし、お願いしようかな」


「うん、まかせてよ、さくらちゃん!」


「いつかのお返しってことで、さくらに何かあったら守るよ」


「沙斗子、有里依、ありがと」


「じゃあ私、勅にも声かけてくるね!」


「お願いします」


沙斗子がぱたぱたと田無君の方へ向かっていく。

そしてしばらく話した後、こちらへ戻ってきた。


「さくらちゃん、勅、オッケーだって。

それで…その…話の流れで追瀬君にも話しちゃって…追瀬君もくるって…」


「え?本当に?やだ、どうしよう、恥ずかしいんだけど…!」


「まあ、いいじゃん、さくら。せっかくなんだからお願いしようよ」


「有里依、他人事だからって…」


「いいじゃない、さくらちゃん。男手は多い方が安心だよ」


「…まあ、…そうね」


こうしてさくらは呼び出しに応じることになった。

しかし何も起こらないといいんだけど…。

一抹の不安が胸をよぎる。



放課後、さくらは中庭のベンチに向かう。

私と沙斗子、追瀬君、田無君はベンチの見える木陰に隠れていた。


「…水口さん?」


「は、はい」


ぞろぞろと10人ほどの女子生徒がさくらの前に立った。

これはちょっとやばいんじゃないの?


「あんた、どういうつもり?」


「なにが…ですか?」


さすがのさくらも腰が引けている。

追瀬君と田無君が腰を浮かせた。


「追瀬君のことよ!図々しいと思わないの!?あんなにべたべたして…追瀬君に迷惑でしょ!」


「そうよそうよ、いっつも追瀬君にへばりついて、うっとうしいったら!」


「あんたみたいな女が追瀬君に釣り合うとでも思ってるわけ!?」


あちゃー、このパターンか。

追瀬君はモテる。ものすごいモテる。

どのくらいかと言えば藤崎君と並んで学年2トップを張れるくらいにモテるのだ。

それだけに今回の呼び出しの内容は想定すべきだった。

さくら、大丈夫かな、助けに行った方が…。


「……そんなの、あなたたちに関係ないじゃないですか」


「は?なに生意気言ってるわけ?」


「関係ないって言ってるの!悟が誰とどう過ごそうが悟の勝手でしょ!?

そちらの勝手なわがままを私に押し付けないでよ!」


「生意気だって言ってんのよ!」


一番前にいた女子生徒がさくらを突き飛ばす。

その瞬間、追瀬君が駆け出した。


「さくら!」


「悟…!?」


突き飛ばされたさくらの肩を追瀬君がそっと抱く。

私と沙斗子も慌てて駆け出した。


「はいはい、そこまでにしましょうか」


気がつけば田無君も駆け出していて、女子生徒の腕を取り押さえている。


「ちょ、なによあんたたち…」


「ていうか追瀬君なんでここに…」


「彼氏が、彼女の心配しちゃいけませんか?」


追瀬君はさくらの手を引き、ゆっくりと立たせる。

そして女子生徒を正面から見据えた。


「は!?彼氏!?彼女!?」


「そうです。水口は俺の彼女です。つきまとってるとかなんとか好き勝手言ってくれましたけど、人の彼女に何手出ししてくれてるんですか」


怒ってる…。追瀬君が猛烈に怒っている。

私と沙斗子はとりあえずさくらの両脇に立ち、これ以上誰かから暴力を受けないようにガードする。

田無君が女子生徒の腕を離した。


「追瀬君はその女に騙されてるのよ!本当はつきまとわれて迷惑なんでしょ!?」


「なに言ってるんですか?彼氏が彼女につきまとわれて嫌な気分になるわけないでしょう?

むしろ俺が水口を好きだからつきまとってるんです。勝手な妄想で勝手な嘘言わないでもらえませんか」


「で、でも…」


「でもも何もない。これ以上水口につきまとうようなら、今度は俺があなた方を排除しますよ。

その覚悟はできていますか…?」


「…っ」


そしてそのまま女子生徒たちは走り去っていってしまった。

…まあ、これで良かった…のかな?


「さくら、大丈夫?」


「さくらちゃん、痛いところとかない?」


「有里依も沙斗子もありがと、私は大丈夫」


「ならいいんだけどさ」


「さくら、ごめんな。俺のせいで…」


追瀬君は申し訳なさそうにさくらへと向き直る。


「なに言ってるの、別に悟のせいじゃないって!」


「でも、あいつらの目的は俺だったんだろ…」


「そうだとしても、悪いのは彼女たちで、全然悟のせいとかじゃないから」


「それに、さっき勝手に彼氏彼女とか言っちゃってごめんな。

俺が待たせてるのに…」


「それも別にいいよ。むしろ…ああやって守ってくれて嬉しかった」


「そう…行ってくれるなら嬉しいんだけど…」


『おい、沙斗子、朝霞、俺ら邪魔だろうから帰ろうぜ』


ひそひそと田無君が言う。

それもそうね、これ以上この2人の邪魔をすることもない、か。


「さくら、私たち帰るから。あとは2人でなんとかしなよ」


「え、ちょ、有里依!?」


「じゃあ、また明日ね、さくらちゃん、追瀬君」


「悟、水口、またなー」


私たちは駆け足で、その場を後にした。



翌朝、登校するとさくらが私の席で待っていた。


「おはよう、さくら。どうしたの?」


「おはよ、昨日のお礼言おうと思って。ありがとね、助かったわ」


「私なんにもしてないよ。何とかしてくれたのは追瀬君と田無君でしょ」


「まあ、そうなんだけどさ。居てくれて助かったから。ありがと」


「そういうことなら…どういたしまして」


無理に固辞する必要もないのでお礼はありがたく受け取っておく。

それにしても、昨日追瀬君はさくらのこと彼女って言ってたけど結局どうなったんだろう。


「で?昨日は結局どうなったの?」


「んー、あの後は別になんにもないよ。普通にしゃべりながら帰っただけ。

あ、一応駅まで送ってくれた」


「良かったじゃん。それで?結局2人は付き合ってるの?」


「ううん、付き合ってない。昨日悟とも話したんだけどね、あの場ではとっさに彼女って言っちゃたけど、付き合うのはもう少し待ってくれって言われた」


「そっか、残念だったね」


「まあね。でもいいんだ。ああやって守ってくれただけで十分」


「さくらが良いなら良いんじゃないかな」


にかっと笑顔でさくらが応えた。

もしかしたら、昨日のようなことはこの先何度かあるかもしれない。

それでもさくらには追瀬君がついてる。

それならきっと、この先も大丈夫だよね。

私は小さく息を吐いた。

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