君の彼女、予約

「なあ、水口。今日の放課後時間もらってもいい?」


ある日の朝、追瀬君がさくらに声をかけていた。

さくらは笑顔で「いいよ」と答える。


「じゃあ、放課後にまた声かけるよ」


「うん。でもなんの用?」


「ここじゃ言いづらいから、また後でな」


「わかった、またね」


さくらがひらひらと手を振り、追瀬君は自席に戻る。


「追瀬君、なんの話だろうね?」


「告白の…返事とかだったら嬉しいな」


「あー、それはあるかもね。放課後に2人っきりで内緒話…いいじゃん、ロマンチックじゃない」


「楽しみなような、不安なような」


不安が大きいのか、さくらは手を顔の前でこすり合わせている。

そんなに不安がることないと思うんだけどな。

傍から見ててさくらと追瀬君は付き合ってないのが不思議なくらい仲良いんだし。


放課後、私はさくらを残して先に帰ることにする。

ちらりとさくらの方を見ると、追瀬君と連れだって教室を出ていくのが見えた。



翌日の昼休み。私と沙斗子はさっそくさくらを問い詰めることとする。

さくらは朝から機嫌が良かったから、昨日の話も悪い話じゃなかったのだろう。


「で?どうだったわけ?」


「さくらちゃん、機嫌いいし、もしかして付き合うことになった?」


「いやーそこまではいかなかったんだけどね。

えっと、その…

付き合うことを前提に友達でいてほしいって言われた」


どういうことだ?

それはつまり、いつかは付き合いだすけど今のところはお友達でってことなのかな?


「うん、そんな感じ。

今はまだ悟は恋とか愛とかわからないから付き合う気はないけど、いつか彼女を作りたくなった時に彼女にするのは私以外考えられないって言われた」


「ひゃー、なにそれ、もう告白じゃん!付き合わない意味がわかんないよ!」


「本当だよ!なんでそれで付き合わないの!?」


「だから悟にそういう気が今のところないからで…」


さくらは顔を赤くして説明している。

くそう、かわいいなあ、もう。

追瀬君もそんなさくらのかわいらしさに気がついたのだろうか?


「ていうか、さくらちゃん、追瀬君のこと名前で呼ぶことにしたんだ?」


「は、そう言えばそうだ!さくら、いつの間に!?」


「それは…昨日悟に下の名前で呼んでもいいか聞いたら、いいよって言ってくれたから」


「もしかして追瀬君もさくらのこと下の名前で呼んでるの?」


「うん…、少なくとも昨日はそう呼んでくれた」


「わー、やったね、さくらちゃん!」


「うん、嬉しいな」


嬉しそうなさくらに、こちらまで頬が緩んでくる。

よかったね、さくら。


「はー、しかしこれでさくらも彼氏持ちかあ…」


「まだ彼氏じゃないって!」


「でもいつかはそうなるんでしょ?羨ましいなあ。沙斗子も彼氏いるし…私だけ独り身…」


「だって有里依ちゃん男に興味ないじゃない」


「そうなんだけどね。彼氏持ちってのにあこがれるっていうか」


別に誰かを好きなわけじゃない。

本当のことを言えば彼氏が欲しいわけでもない。

ただ単に「彼氏持ち」っていうステータスにあこがれているだけだ。


「有里依は動機が不純なのよ」


さくらがお弁当のご飯を掬いながら言う。

まったくおっしゃる通りでございます。

ステータスとして彼氏が欲しいなんて、相手の男の子に失礼だよね。


「さくらの言うとおり、私はただステータスとして彼氏持ちになってみたいだけだからなあ。

そんなんじゃ、できるもんもできないよねえ」


「ていうか、前に自分で彼氏できる機会を棒に振ったのは誰よ」


「そうでした」


彼氏持ちになってみたいなんて口で言ってるだけで、実際はそのための行動なんてなんにもしていない。

本当にただ口にするだけ。


「有里依ちゃんは何か趣味とか見つけたら?そしたらそんなステータス気にならなくなると思うよ」


「趣味、ねえ」


「休みの日とか何してるの?」


「ごろごろして携帯いじってごろごろして漫画読んでる」


「せっかくなんだから料理とかしたらいいのに」


「うーん、料理は部活とお弁当で十分かなあ。家でまでやる気が起きないよ」


「本読んだり、ランニングしたりは?」


「面倒臭い」


「有里依ちゃん…」


「有里依、あんた…」


「ごめんなさい。でも休みの日は宿題以外なんにもしたくないんです」


それが正直なところだ。わざわざ出かけたくないし、特別なことをしようと思わない。

あえて言えば…


「そう言えば家庭菜園してるよ」


「そうなの?」


「それを早く言いなさいよ!」


「だから強いて言うならガーデニングが趣味になるのかな?」


「うんうん、いいじゃない、趣味、ガーデニング!女の子らしくていいと思うよ!」


「有里依ちゃんにちゃんと趣味があって私ほっとしたよ」


「そんなに心配されてたんだ…」


それはそれで複雑だ。


「で、なに育ててるの?」


「ナスとキュウリとトマト」


「…ガーデニングっていうより本当に家庭菜園だね」


「なんかおばさんぽい」


「し、失礼な!最初に家庭菜園って言ったじゃない!

あとは季節によってその季節に育つ野菜とかハーブとか育ててるよ。シソとかミョウガとか」


「ますます家庭菜園!って感じね。ま、いいんじゃない、有里依が楽しいのなら」


「うん楽しいよ。超楽しい」


植物がすくすく育っていくのを見るのすごい楽しいんだから。

それに食べられるしね。ちなみに今日のお弁当に入れたプチトマトも自作だ。



「話は逸れたけどさあ…結局さくらは追瀬君といつから付き合うの?」


「まだその話する?いつからかとかそういう話はしてないな。

本当にその内って感じ」


「ふうん、じゃあその内、が早く来るといいね」


「うーん、前にも言ったけど私、悟と付き合うことについてそんなに焦ってないからさ。

その内ならその内で良いと思うんだ」


「そだね、さくらちゃんがいいと思うペースで仲良くなっていけたらそれでいいんじゃないかな」


「そうね、彼女の座は予約済みなわけだしね」


「うん、だから焦らずのんびりいくよ」


さくらがそう言うのなら、それはきっと本当に焦ってないのだろう。

焦る必要もないしね。

いつかくる「その内」をのんびり待とう。




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