君との距離を縮めよう
夕暮れの図書室。私はさくら、追瀬君と一緒に勉強をしていた。
今日は沙斗子は用事があると言って先に帰ってしまったし田無君はそれについて行ってしまった。
藤崎君は部活だ。藤崎君は笹井先輩と共に陸上部に入っていて、たしか専門は短距離走だそうだ。
「お、追瀬はさ、有里依のことどう思うの?」
さくらが突然口を開いた。
は?なに言ってるの?
もしかしなくても、昨日田無君が言ってたこと気にしてる?
「どうって?友達だと思ってるけど?」
「じゃ、じゃあ私は?」
「水口のこと?友達だろ?」
「そっか…」
「そうだな、朝霞の前でこういうこと言うの気が引けるけど、どちらかと言えば水口の方が親密かな。
メールとかするし。普段話す量多いし」
さくらの顔がぱあっと明るくなる。
本当にわかりやすいな…。
「ごめん、朝霞。気、悪くした?」
「ううん、そんなことないよ。私もそう思うし」
「なら良かった」
追瀬君はすまなそうな顔をするが私はいいよと手を振る。
むしろ友達の恋が前に進んでいるようで嬉しいことだ。
「さくら、良かったじゃん」
「うん、追瀬がそう言ってくれて嬉しいな」
「そう?水口が喜んでくれたならいいけど」
…これだけ仲良くてなんでこの2人付き合ってないんだろ。
そんな疑問が私の頭をよぎる。
とはいえ追瀬君には恋愛感情はないんだよね。私と同じで。
だからこそわかる気がする。
追瀬君の言う親密はあくまで友達として。
さくらの思う親密は恋愛感情的な意味で。
もちろんさくらは追瀬君の気持ちを知っている。
それでも喜ばずにいられないのが乙女心なのだろうけど。
ま、さくらが喜んでるならそれでいいんですけどね。
さくらを見やると相変わらず乙女な顔をしている。かわいらしいもんだ。
でもきっとそんなさくらを見つめる私も緩んだ顔をしているのだろう。
私は再び手を動かして勉強へと戻った。
翌日の放課後。今日は部活がある。
今日のメニューはべっこう飴だ。なぜべっこう飴…。
作り方は簡単だ。
水に砂糖を入れて鍋で温める。
砂糖が溶けてきつね色になったら型に流し込んで固まるのを待つだけ。
簡単な割に美味しいのがポイントかもしれない。
ゆっくりと鍋を温めていると、隣で同じように砂糖を溶かしているさくらが鼻歌を歌っている。
「どうしたのさくら、ご機嫌じゃない」
「えへへ、この後飴できたら追瀬のところに持っていくんだ」
「お、いいじゃん。約束でもしたの?」
「うん、昨日メールでべっこう飴作るって言ったら、食べてみたいって返ってきたの」
「へえ、良かったじゃん」
「うん!だから頑張って美味しいの作るよ」
嬉しそうなさくらを見ているとこちらまで嬉しくなってくる。
「なに、有里依、にやにやしちゃって」
「いやー?さくらが恋する乙女の顔してて可愛いなーって思ってた」
「なにそれ」
「そのまんまだよ。べっこう飴、美味くできるといいね」
その後しばらく砂糖水を煮詰めていくとやがてきつね色に染まってきた。
とろっとしたそれをゆっくりと型に流し込んでいく。
「よし、あとは固まるのを待つだけだね」
「どれくらいかな」
「1時間くらいで固まるって言ってなかったっけ?」
そう言いながら鍋を洗う。
さくらは椅子に座ってまだにこにこしている。
「そういうわけだから、今日は一緒に帰れないや。ごめんね」
「いいよ別に。せっかくだから追瀬君に送ってもらいなよ」
「そう…できたら嬉しいな。でもほら、自分からは言い出しにくいじゃない?」
「そうだね、自分から送ってくれとは…言いにくいね」
「それに藤崎と帰るかもだし…」
「あ、それは心配ないよ。藤崎君、今日は笹井先輩と帰るんだって喜んでるの聞こえたから」
「ホントに!?じゃあ、一緒に帰れるかな」
「てことは追瀬君、さくらに飴もらうためだけに残ってるってことじゃないの?」
「!!」
さくらがぱっと顔を上げた。
嬉しいような困惑したような顔をしている。
「たぶん…そうだよね」
「そう…思っていいのかな。自惚れじゃないのかな」
「さくらー、もうちょっと自信持ちなって」
「有里依、他人事だからって…」
「他人事だもの」
じゃっかんふくれた顔をしつつもさくらは嬉しそうだ。
良かった良かった。
さくらと追瀬君はちゃんと進展してるんだね。
「早く、付き合える日がくるといいね」
「うん。でもね、それについてはあまり焦ってないんだ」
「そうなの?」
「ほら、有里依と小鳥遊のこと見てたからさ。焦ってもいいことないのわかってるから」
「そっか。そだね。2人のペースで仲良くなればいいと思うよ」
「ゆっくりかもしれないけど、でも着実に仲良くはなっていってると思うんだよね」
「昨日追瀬君もさくらとは親密って言ってたもんね」
「言ってたね。あの言葉、嬉しかったな」
もちろんあくまで友達として。
さくらはそのことに気がついているんだろうけど、それでも嬉しいと言っている。
それなら私からあえて言うことなんてなにもない。
しばらくして、べっこう飴が固まってきた。
きれいなきつね色に輝いている。
「もういいかな?」
「いいんじゃない?型から外れる?」
「よ、っと。うん大丈夫。ちゃんと固まってるよ」
「じゃ、包装しますか」
「一袋5個ずつくらいが可愛いかな」
「うん、それくらいがいいわね。それ以上だとごちゃごちゃしちゃし」
ラッピング用の袋に5個ずつべっこう飴を入れていく。
明日沙斗子と田無君、藤崎君にも分けてあげよう。
藤崎君には笹井先輩用も渡したら喜ぶかな?
「よし、できた」
「私もできた!追瀬、喜んでくれるかな」
「絶対喜んでくれるよ!こんなに可愛くできてるんだもん」
「そうだと…いいな。それじゃ有里依、私、追瀬のとこ行ってくるね」
「うん!行ってらっしゃい。頑張ってね」
「ありがと。また明日ね」
そう言うとさくらは鞄を持っていそいそと調理室を出ていった。
ちゃんと渡せてるといいな。
さて、私は帰ろうか…。あ、せっかくだから藤崎君には今日中にべっこう飴渡しておこうかな。
そしたら帰りに笹井先輩にも渡せるだろうし。
調理室を出て校庭へ向かう。
トラックの隅でストレッチをしている藤崎君を発見できた。
「藤崎君!」
「お、朝霞。どした?」
藤崎君は不思議そうに顔を上げる。
「あのね、これ、今日の部活で作ったんだけど…良かったら笹井先輩と食べて」
鞄からべっこう飴を2袋取り出し藤崎君に渡す。
藤崎君は一瞬きょとんとしたと思うと、次の瞬間には満面の笑みになっていた。
「マジで!?いいの?サンキュな!ところでこれなに?」
「べっこう飴」
「飴かあ。ちょうどいいじゃん。部活の後って甘いもん食べたくなるんだよね。
しかも笹井先輩に渡す分まで…。なんかしょっちゅういろんなもん食わせてもらって悪いなー」
「いいよ。そんなことより頑張って渡してよ」
「おう!頑張るよ!本当にサンキュな」
「それじゃ私帰るね。ばいばい」
「おー、また明日な」
校庭を出て帰宅することにする。
さくらも藤崎君もちゃんと渡せているだろうか?
2人の思いが、ちゃんと伝わることを切に願う。
私もいつか、そんな風に思う相手ができるといいな。
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