開いた隙間を埋めたくて

「そういやさー、三日月はなんで調理部入ってないの?」


ある日の放課後。私とさくら、沙斗子、田無君、藤崎君、追瀬君の6人は図書室で勉強会をしていた。

そこで藤崎君から疑問の声が上がる。


「沙斗子が料理できるようになったのが最近だから」


さくらが遠い目をして答える。

いつかの沙斗子が作った兵器を思い出しているんだろう。

私もうっかり思い出してしまった。思い出したくなかった!


「そうなの?じゃあ、今からでも入ればいいのに。たまに勅の弁当作ってやってるんだろ?」


「それはそうなんだけどね、私自身そんなに料理に興味ないし。それに…」


「それに沙斗子は俺と帰るからダメだ」


田無君が割って入る。

まあ、そうだろう。調理部は週に2回しか活動が無いとはいえせっかく2人っきりになれるチャンスを沙斗子は逃したくないだろう。


「お前ら本当に仲良いよな…」


藤崎君は呆れたようにため息をつく。

ちなみにさっきから追瀬君は会話を完全に無視して勉強している。

集中力が高いのかスルースキルが高いのかは謎だ。


「まあな!俺沙斗子大好きだから」


「よくそんなこと恥ずかしげもなく言えるな」


「冬弥だってしょっちゅう笹井先輩好きだって言ってるじゃねえか。同じだっての」


「そりゃそうだ。でもなー俺の笹井先輩への愛はでかいぞ?」


「知ってるっての。あんだけ毎日言ってりゃあな。

それに毎回つきあう悟は偉いよな」


「藤崎君て笹井先輩とけっこう仲良いよね?付き合ってないんだ」


以外だった。あれだけ毎日好きだと言っていて、部活中とかも仲よくしてるって話をよく聞いていたからてっきり付き合ってるもんだと思ってた。

私がそう言うと藤崎君はがくっと肩を落とす。


「それがなー、一応告白はしてるんだけどな…先輩、今誰とも付き合う気が無いってさ」


「へー、追瀬や有里依みたいなこと言うのね。恋愛に興味ないタイプ?」


「水口、それは違うぞ。笹井先輩は悟や朝霞みたいに恋愛に興味ないっていうんじゃない。

ただ部活や受験勉強で忙しいから誰かと付き合う暇がないってだけだ。


たぶん…」


「たぶんなのね」


「言うな。俺の心が折れる」


そう言って藤崎君は拗ねたように唇を尖らせる。

本当に笹井先輩のことが大好きなのだろう。


「藤崎君は諦めないんだね」


沙斗子がにこっと笑って言う。


「おう!だって俺笹井先輩大好きだからさ!そう簡単には諦めねえよ」


「水口、三日月、その辺でやめておけ。冬弥の笹井先輩語りが始まるぞ。


ここにきて追瀬君が顔を上げる。

一応話は聞いてたみたいだ。ってことはスルースキルが高いんだな。


「なんだよ、悟。いいじゃねえか、語ったって」


「冬弥の笹井先輩語りはもうさんざん聞いてるし長いんだよ」


追瀬君はうんざりした表情でばっさり言い切った。

…私たちの知らないところで嫌ってほど聞かされたんだろうな…。


「悟はケチだなー」


「ケチなんじゃない。冬弥がくどいんだ。勉強でもしてろよ」


「ちぇー」


それっきり藤崎君は大人しく勉強に戻る。

なんだかんだで追瀬君は藤崎君のコントロールがうまいなあ。

その隙を見てさくらがここぞとばかりに追瀬君に化学を教わりに行く。

さくらもずいぶん追瀬君と話すのに慣れたよね。

前はあんなにがちがちだったのに。


「朝霞はさー」


ふと田無君から声をかけられた。


「ん?」


「朝霞も悟と一緒で恋愛に興味ないタイプ?」


「うん。興味ない。全然興味ない」


「なんで?」


「なんでって言われてもなー。関心がわかないからとしか言えないかな」


「恋愛はいいぞ?楽しいぞ?」


「勅、そういう押し付け良くないよ」


やんわりと沙斗子が割って入る。


「沙斗子はそう思わないの?」


「そう思わないわけじゃないけど、興味ない人に無理やり押し付けるようなことじゃないよ」


「まあまあ、沙斗子も田無君も…。

恋愛が楽しかったりさびしかったりするものらしいっていうのは知ってるけどね、今は関わろうとは思えないんだよ」


「ふーん、悟みたいなこと言うんだな。朝霞って悟に似てるよな」


「あはは、それ、前に沙斗子にも言われた」


「やっぱり?見かけとかは全然似てないし雰囲気も違うんだけど考え方がそっくりなんだよね」


そんなに似てるかな。自分じゃ相変わらずわからない。

ちらりと追瀬君を見るとさくらに化学を教えている。

追瀬君…ね。

勉強できてかっこよくてスマートでクールで。

そんな人に似てるって言われて少しは喜ぶべきなんだろうか?


「いっそさあ、朝霞と悟でつきあっちゃえば?恋愛興味ない者同士さ」


「「勅!!」」


沙斗子と藤崎君が同時に声を上げた。

さくらと追瀬君は聞こえていなかったのかきょとんとしている。


「な、なんだよ、お前ら」


「勅、そういうこと軽々しく言うなよ」


「そうだよ、勅。さっきから言ってるけど価値観の押し付けはよくない」


まあまあ、と憤る2人をなだめる。

藤崎君は渋そうな顔をして黙り込み、沙斗子は眉間にしわを寄せている。

きっと田無君はさくらが追瀬君のことを好きなのを知らないで、軽い気持ちで言っただけなのだろう。


「悪かったよ。でも俺、大したこと言ってないだろ。なんでそんなに怒るんだよ」


「それは…」


「沙斗子?」


「あとで説明する」


「ちゃんと俺にわかるように言えよ。

朝霞、悪かった」


「ううん、いいよ。私はそんなに気にしてないから」


たはっと笑って誤魔化した。

それっきり、みんな静かに勉強へと集中する。

時折誰かが誰かに勉強を教える声だけが響く。


私が追瀬君と付き合う…ね。

考えたこともなかったや。

友達が好きな人なんだから当たり前か。

まあ、田無君に悪気はなかったんだろうし気にするほどのことでもない。

そもそも私は誰とも付き合う気なんてないんだから沙斗子も藤崎君もあんなに気にする必要なんてなかったんだ。

もちろん2人が声を上げてくれたことは嬉しい。

それは私のためでもあるだろうし、さくらのためでもあっただろう。


悶々と考えている内に下校時間となり、私たちは学校を出た。



「さっき沙斗子と藤崎はなにあんな大声出してたの?」


さくらが尋ねる。

やっぱりさくらは話を聞いてなかったようだ。


「んー、田無君がね、恋愛に興味ない者同士、私と追瀬君でつきあっちゃえばって言ったから」


「は?田無、そんな無神経なこと言ってたの?」


「うん」


「…有里依はその気あるの?」


「まさか。こんな言い方失礼かもだけど、全然興味なし。

あ、追瀬君にって言うより恋愛とか誰かと付き合うとかってことにね」


「追瀬…には?」


「別に嫌いじゃないけど、ただの友達でしょ。

だいたい友達が好きな人を好きになるとかありえないから」


「そっか、ならいいんだ」


さくらはほっとしたように微笑んだ。

まったく。なに心配してるんだか。


「さくらが心配するようなことなんて何もないんだからね」


「うん、それなら大丈夫。有里依と男の取り合いなんてしたくないもん」


「私だって嫌だよ」


あはは、と笑って見せた。

そんなの冗談じゃないもんね。漫画やドラマじゃあるまいし。


沈む夕日を背に、さくらと2人、笑いあった。


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