とろけるようにゆっくりと

「そっか、それじゃあうまくいったんだね」


さくらが追瀬君に告白した翌日のお昼休み。

沙斗子が喜びの声を上げた。


「うん、まあ、振られちゃったんだけど…

でも友達になってくれたから成功っちゃあ成功、かな」


ソーセージを頬張りながらさくらがはにかんだ。

さくらの様子を見て私と沙斗子も微笑み合う。

ちょっと前までは口もきかなかったような仲だったんだからそれから比べたら数段の進歩だ。


「さくらちゃんが成功だと思うなら、それで成功なんだよ」


「そうそう、マイペースに仲良くなっていけばいいじゃない」


「そうだよね、ありがと。

にしても…藤崎が気づいていたのにはちょっと驚いたかな」


さくらが苦笑する。


「たしかに…意外と藤崎君て鋭いところがあるのかもね」


「さくらがわかりやすかっただけってのもあるけどね」


「そんなにわかりやすかったかな」


「言ったじゃない。追瀬君と話してる時のさくらは恋する乙女の顔してるって」


「そうかなー、自分じゃわかんないんだけど」


プチトマトを突いてさくらは再び苦笑する。

してたよ。恋する乙女の顔。

すごく可愛かったもの。藤崎君だって気がつくだろう。


「でもこれで、追瀬君が少しでもさくらちゃんのこと気にしてくれるといいね」


「そうね、追瀬が意識してくれたら…嬉しいな」


「まったく意識しないってことはないでしょ、さすがに」


「でもほら、追瀬君鈍いから」


「そうなんだ?」


「うん。前に勅がぼやいてた。「あんなにモテるのに気がつかないのはどっかおかしい」って」


「そうなんだ。でも直接好きって言ったんだし、まったくなにも思わないってことはないでしょ」


「そうだといいな」


「そうだって。さくら、あんまりネガティブになっちゃダメだからね?」


「わかってる。せっかくちゃんと友達って言ってもらえて、メアドもゲットしたんだから。

ゆっくりだけど、仲良くなるよ」


「その意気だよ」




放課後、調理室で調理器具の片づけをしていた。

ちなみに今日はパウンドケーキを焼いたので明日のお昼にでも沙斗子におすそ分けしようと思う。


「さくらーそっち片付いた?」


「うん。有里依は?」


「おっけーだよ」


「じゃ、帰りますか」


鞄を片手に調理室を出たところで藤崎君に遭遇した。


「あ、水口今ちょっといい?」


「いいけど」


「どしたの?」


なんでいるんだろう?今日は呼んでないのに。

いぶかしがる私たちを余所に藤崎君は突然頭を下げた。


「水口、本当にごめん!」


「は?なにが?」


「俺、悟に余計なこと言っちまった。そのせいで水口のこと傷つけたかもしれねえ。だからごめん」


「余計なことってまさか…」


「さくらが追瀬君のこと好きかもってやつ?」


「そうそれ。悟変なとこでバカだから、それを水口に言っちまっただろ?

それで水口が嫌な思いしてないかって思って…」


「それなら、大丈夫よ。私はたしかに追瀬のこと好きだし、振られちゃったけど、それで嫌な思いなんてしてない。

むしろちゃんと友達になれてメアド交換できたから、私としては良かったと思ってるよ」


「本当に?それでつらくねえの?」


「本当だって。たしかに藤崎は余計なこと言ってるし、それを直接私に言っちゃう追瀬は鈍感だと思うけど…」


「だよな、俺すぐ余計なこと言っちゃって…」


「いいって、本当に嫌な思いとかしてないから。そんなに藤崎が気に病むことないよ。

むしろよく言ってくれた。

藤崎が言ってくれなきゃ私も前に進めなかっただろうしさ」


「そう、いってくれると俺も少し気が楽になるよ」


「そうだ、これあげる」


さくらが鞄の中から今日作った個包装してあるパウンドケーキを2切れ出して、藤崎君に手渡した。


「さっき部活で作ったんだ。笹井先輩と食べなよ」


「え…?いいの?」


「いいの。余計なこと言ったお返しに余計なことしちゃう。だからこれでおあいこってことで、ね?」


「サンキュ!俺も勇気出して笹井先輩に渡してくるよ!」


「うん、頑張れ」


「本当にサンキュな。それじゃ俺、部活戻るから」


「いってらっしゃい」


「頑張ってねー」


藤崎君は満面の笑顔で走っていった。

さくらもすっきりしたような顔で見送っている。


「藤崎に気を使わせちゃったな」


「そうだね。でもあれで良かったんじゃない?

さくらは追瀬君と仲良くなれて、藤崎君も笹井先輩と仲良くなれたなら、それはきっといいことだよ」


「そうだよね。藤崎、うまくいくといいね」


再び昇降口へと向かって歩き出す。

今晩、さくらは追瀬君にメールするのかな?

藤崎君が謝りにきたことは…言わないか、さくらなら。

静かに沈む太陽が赤く、校舎を照らしていた。



翌日の昼休み、みんながお昼を食べ終わったタイミングで私とさくらはパウンドケーキを取り出した。

今日のお昼は追瀬君、藤崎君、田無君と3人の友達で笹井先輩の弟である笹井慶介君も一緒だ。


「昨日部活で作ったから良かったら食べて」


「いいの?マジで?やった、美味そう!」


「俺の分まで!ありがとなー。わ、美味え!」」


田無君と笹井君はさっそく包みを開けて頬張っている。


「俺、昨日ももらっちゃったけどいいの?」


「いいよ。昨日のはただのお礼だから」


「昨日って?」


「なんでもねえよ」


追瀬君が首をかしげているが藤崎君はお構いなしだ。

沙斗子も田無君としゃべりながら嬉しそうに包みを開けている。

みんな美味しそうに食べてくれていてすごく嬉しいな。


「にしてもさー、冬弥と悟はずるいよなー。こんな美味いもんしょっちゅう食べてるんだろ?」


田無君が不満そうに声を上げた。

藤崎君と追瀬君が週一で調理部に顔を出していることを言っているのだろう。


「いいじゃねえか。勅だって彼女の手料理食べてるんだろ」


「そ、それはそうだけどさ」


「勅、私の手料理になにか不満でもあるの?」


「ないって!最近は……」


「俺だけ誰にも飯作ってもらえてない…」


「あはは、ドンマイ」


しょんぼりとする笹井君の様子がおかしくて、思わず笑ってしまう。


「慶介だって笹井先輩の手料理とか食えるんだからいいじゃんか!ずるいぞ!羨ましいぞ!」


「姉貴の手料理なんか食ったってなんも嬉しくねえよ!」


「贅沢言うなよ!」


藤崎君は本当に笹井先輩が好きなんだなあ。見ていて微笑ましい位だ。

笹井君は結構背が高いけど(たぶん175センチくらい?)笹井先輩は結構小柄な人だったよね。

身長180センチある藤崎君からしたらさぞかし可愛いんだろう。

性格もすごくいいって聞いてるしきっといい人なんだよね。


なんかみんな恋してて羨ましいな。

なんて、恋に興味のかけらもないけれど、羨望に似た眼差しをみんなに送った。


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