ゆっくりと、君のペースで
「追瀬、今いい?さっきの授業なんだけど…」
「俺にわかることなら」
先日調理部に追瀬君と藤崎君を呼んでから、明らかにさくらと追瀬君の距離は縮まっているように見える。
いや、正確に言うならさくらが積極的に追瀬君に話しかけるようになったのだ。
「調理部に2人を呼んだの、正解だったみたいだね!」
なんて沙斗子は無邪気に喜んでいるし、私もさくらが頑張っているようで素直に嬉しい。
このままゆっくり、追瀬君の気持ちがさくらに傾いてくれたらな…と思う。
さくらもそんなに焦っている風ではないしお互いのペースで仲良くなれたらそれが一番いい。
「有里依ちゃん?どうしたの?」
「あ、ううん。さくらと追瀬君はうまくいってるみたいで嬉しいなって」
「そうだよね、このままうまくいくといいね」
「ね」
「でもさ」
「うん?」
「追瀬君と有里依ちゃんはどこか似ているから、ちょっと不安かな」
そう。うまくいくといい。
でも。沙斗子の言うとおりだ。私の中の私がアラートを上げる。
"追瀬君と有里依ちゃんはどこか似ている"
だとしたら追瀬君も恋愛になんて興味なくて、誰かに好意を向けられてもそれに応えることなんてないんじゃないの?
私が小鳥遊君の好意をばっさり断った時のように、追瀬君もさくらの好意をあっさり遮ってしまうのでは?
そんな不安が時折胸の中でざわめく。
うまくいってほしいのはたしかなんだけど、うまくいかないんじゃないかっていう不安。
さくらに傷ついてほしくない。
でもさくらの気持ちを私が勝手に止めるなんてこと出来ないし、追瀬君の気持ちだってわからないし変えられない。
「たしかに、不安は不安だよね。でもだからって私らにはどうにもできないんじゃない?」
「それはそうなんだよね」
それにしても、こないだまで「好きかどうかなんてわからない」って言ってたさくらだけど今ではすっかり恋する女の子だ。
羨ましいやら微笑ましいやら。
「有里依ちゃん、またぼーっとしてる」
「あー、ごめん。なんかさくら見てると微笑ましいなって思ってさ」
「そうだね。なんか初心でいつものさくらちゃんっぽくなくて可愛いよね」
「本当にね。あんなさくら初めて見るよ」
「いつもは姉御っぽいのに、追瀬君と話してる時は恋する乙女だもんね」
「沙斗子もそう思う?」
「思う思う」
くすくすと沙斗子と笑いあう。
予鈴が鳴ってさくらが追瀬君に手を振っていた。
お昼休み、さくらと沙斗子と3人で机を囲む。
「最近さくらちゃんと追瀬君、いい感じだよね」
「そ、そうかな。なんか私ばっか話しかけにいってて、ウザがられてないかな…」
「大丈夫じゃない?だってさくらが話しかけに行くって言っても1日1回くらいでしょ。全然多くないと思うけど」
「ならいいんだけど…」
「そんなに気弱になることないよ、さくらちゃん。今のペースでゆっくり仲良くなっていけばいいんじゃないかな」
相変わらず沙斗子はさくらの背中を押している。
沙斗子は誰かを応援するのが上手だ。相手の気持ちに沿って、丁寧に相手を応援する。
田無君も沙斗子のそんなとこに惚れているのだろうか。
「追瀬ってさ、有里依に似たとこあるじゃない?」
さっきの沙斗子との会話を聞かれていたのだろうか?
「そうだね、追瀬君と有里依ちゃんて似てるよね」
「でしょ?だから好きって言っちゃったら、すごい拒絶されそうで怖いんだよね」
「追瀬君はそんなことしないと思うけど」
言外に「有里依ちゃんと違って」と言われているようで気にはなるが、ここはスルーしよう。
私が他人の好意をばっさり拒絶したのは事実だ。
「そう…だといいな。特別になんてなれなくてもいいから、追瀬と私が一緒にいることが普通になってくれると嬉しい…かな」
「さくらちゃん、無欲だねえ。でもいいと思うよ。さくらちゃんと追瀬君のペースでゆっくり仲良くなればいいんじゃないかな」
「そうそう、焦ってもしょうがないしさ。私が小鳥遊君を振ったのだって急な接近に戸惑っちゃったってのが大きいんだし。急ぐことないよ」
沙斗子と私がそう言うと、さくらは安心したように微笑んでプチトマトを口に放り込んだ。
うん、それでいい。
不安がないと言えば嘘になるけど、それでもさくらの気持ちがうまく追瀬君に届けばいいと思う。
「放課後さあ、一緒に勉強とかしてみたら?」
放課後の調理室。
いつかのようにひき肉をこねながら私は言った。
今日の調理部のメニューはピーマンの肉詰めだ。
ちなみに今日も藤崎君と追瀬君が食べに来ることになっている。
カレーを食べてもらってから、週一程度のペースで2人を調理部に呼んでいたのだ。
隣ではさくらがピーマンの種を取りながらぽかんと私を見ている。
「は?何の話?」
「追瀬君の話」
「どういうことよ」
「追瀬君てさ、放課後図書室で勉強してるでしょ?だからさくらも一緒に勉強したらどうかなって思ったんだけど、どうかな?」
さくらはしばし目をしばたたかせると視線を手元のピーマンに戻した。
「そんなの、追瀬の邪魔にならないかな」
「追瀬君に直接聞いてみたら?追瀬君なら嫌なら嫌ってはっきり言うでしょ」
「それは、そうかもなんだけど…。断られた時のダメージが大きいかも」
「まあただの思い付きだからさ。無理にとは言わないよ」
「うーん」
さくらからピーマンを受け取りひき肉を詰めていく。
あとは焼いて味付けをしたら完成だ。
焼くのはさくらに任せて、私は調理器具を洗って片付けていく。
「誘って…みようかな」
「図書室?」
「うん。毎日とかじゃなくて、たまに…それこそ週一とかだったらウザがられないかもだし」
「そだね、それくらいのペースなら追瀬君たちが調理部に来るのと同じペースだしいいんじゃない?」
「じゃあ、あとで聞いてみる!」
「頑張れ!」
18時半の調理室。がらっと扉が開いて藤崎君と追瀬君がやってきた。
「おいーっす!今日もごちそうになるぜ!」
「毎週毎週お邪魔します」
「いらっしゃい、待ってたよー」
2人の前にご飯、味噌汁、ピーマンの肉詰め、付け合せを並べていく。
ちなみに2人分の食材はどこから出しているのかと言うと、単に私とさくらが食べていないのだ。
味見くらいはするけど料理が完成する時間は大しておなかも空いていないので問題ない。
「いただきまーっす。んー毎回毎回美味いよなあ」
「水口も朝霞も料理うまいよね。まあだから調理部なんだろうけど」
「あはは、どうもありがと」
「そんなに難しいメニューのときは呼んでないからね」
「多少失敗してても俺らは食うぞ。な、悟!」
「ああ、ちょっとくらい焦げ臭くても俺らは気にしないよ。むしろ毎週押しかけてしまってなんか悪いな」
「気にしないで。他の人に食べてもらえるのって嬉しいから。ね、さくら」
「うん、感想もらえるの助かるから、こちらこそ毎週毎週ありがとう」
実際、作った料理をこうして毎週誰かに食べてもらえるのはすごく嬉しい。
2人は男子高校生らしく結構な量をがっつりと、それも美味しそうに食べてくれる。
その後しばし雑談しながら2人の食べる様子を眺めていた。
片づけも終えて校舎から出るころには外は真っ暗になっていた。
「それじゃ、ごちそうさま!また明日な!」
「ごちそうさまでした、じゃあ」
「あ、追瀬、ちょっとお願いが…」
さくらは勇気を振り絞るように手を握りしめて追瀬君に話しかける。
「ん?」
「あの…よかったらで良いんだけど、明日、放課後図書室で勉強教えてもらってもいい…?」
「ああ、全然かまわないよ。いつも美味いご飯食べさせてもらってるし」
「ホントに?良かった、ありがと」
「いいよ。じゃ、また明日」
「うん、また明日」
追瀬君は待っていた藤崎君と自転車で帰っていった。
「良かったね、さくら」
「うん…良かったあ…」
「明日は頑張れ!」
「何他人事みたいに言ってるのよ、有里依、あんたも来るんだからね」
「え?そうなの?さくら一人で行きなよ。そういう流れだったじゃん」
「無理無理無理」
「…」
「お願い!有里依も来て!」
ぱんっとさくらは手を合わせて私に向かう。
…はあ、とわざとらしくため息をついて見せた。
「しょうがないなあ。明日だけだよ?」
「良かった!ありがと!」
「明日以降は一人で行きなね?」
「うん!頑張る!」
さくらはぐっと拳を握って笑って見せた。
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